「定員3人、軽自動車で運行」というとてもコンパクトな路線バスが、香川県・伊吹島で運行されています。背景には、この島特有の道路事情が存在。軽自動車を選ばざるを得なかったという面もありますが、ある自動車関連の実力者との縁も関係がありそうです。

ダイハツ・ミラがやってきた←路線バスです

路線バスといえば、50~60人乗りの大型車両を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし実際には車両の種類や大きさも様々。香川県では、なんと軽自動車を使った路線バスが走っています。

運転手1名を除くと、定員は3名。おそらく「日本一コンパクトな車体の路線バス」ではないでしょうか。

軽自動車路線バスが走っているのは、うどん出汁に使う「いりこ」(カタクチイワシを加工・乾燥したもの)の生産で知られる観音寺市の伊吹島です。

この“バス”は、島の住宅街をぐるりと一周し、伊吹真浦港のフェリーターミナルでは全便が観音寺港との定期船に接続しています。朝・昼・晩の3往復され、うち朝晩は十数分の間隔で続行便が設定されており、いったん到着した車は、慌ただしく折り返していきます。

なお“バス”車両ではあるものの、普通の自家用車(ダイハツ・ミラ)にマグネットのステッカーを貼っただけ。ナンバープレートは黄色です。このバスが軽自動車で運行されている最大の理由は、島独特の道路事情があります。

結構利用されている? “軽の路線バス”背景にある道路事情

伊吹島の住宅街は急な斜面に張り付くように広がっており、この“バス”が走る道路は、ほぼ全区間が急な坂道です。狭隘な道路の両脇の家並みは、海風を凌ぐために頑丈な塀で守られており、見ているだけでバンパーを擦らないか心配になってきます。

かつ坂道とカーブが続くため、前方の見通しもカーブミラー頼み。一般的にはこういった場所でのバス運行には、小型バスやワゴン車(トヨタ・ハイエースなど)が充てられますが、伊吹島ではそういった車両でも難しそうです。

多くの便の始発となる「荒神社」バス停から港までは1km少々ですが、標高差が80mほどあります。この島ではクルマが通行できる道が少なく、2か所ある途中バス停は、人ひとりの歩行が精一杯という路地が何本も集結、この路地から1人、2人と利用者がひょっこり現れるのです。

運行ルートは、前方が見渡せない急カーブも多く、走行はきわめてゆっくりです。定員3名の“バス”はたまにいっぱいになるそうですが、朝晩なら前述の“次の便”があるので、待てば乗車できます。

こうした地理的条件もあり、島にはタクシー会社がなく、交通機関を整備してほしいという要望が以前からあったそうです。高齢化が進み、最盛期には4000人以上だった人口も600人ほどまで減少するなか、2006年の道路運送法改正で自治体の路線バス運営のハードルが下がった(自治体有償輸送・過疎地有償輸送が成立)こともあり、翌2007(平成19)年に「観音寺のりあいバス・伊吹線」が運行を開始しました。なかでも、坂道を上る戻り便を利用する人が多く、運行開始後の約100日間で735人もの利用があったといいます。

ちなみに、“バス車両”以外も、この島で見かけるのは軽自動車スーパーカブといったコンパクトな車両ばかり。また小回りが効くオート三輪ミゼット」の開発者として知られる伊瀬芳吉氏(元・ダイハツ社長)の出身ということもあって、昭和末期までは至る所で「ミゼット」が駆け抜けていたそうです。

四国本土からの「通勤ラッシュ」が生まれる島

伊吹島は3年に1度の「瀬戸芸」こと瀬戸内国際芸術祭の会場にもなっているため、会期中には島外からの観光客も、たまに“バス”を利用するのだとか。ちなみに、この島で展示された瀬戸芸の作品のひとつには、「伊吹島ドリフト伝説」(島の狭隘な道路をバイクで駆け抜けるバーチャルゲーム)もありました。

そして、瀬戸芸の会期中でなくても眺めが圧巻なのは、漁場に近い平地のほとんどを占めるいりこ工場です。漁船が到着次第、原料となるカタクチイワシ海岸線に伸びる高圧ポンプから工場内へ送り込まれます。

カタクチイワシは鮮度が落ちるのが極端に早く、水揚げ後30分内に加工を始める必要があるとのこと。四国本土側の観音寺港まで輸送していては間に合わないので、漁場に近い伊吹島の工場がいまもフル稼働しているのです。この工場に観音寺港から船で通勤する人々も多く、観音寺を朝6時過ぎに出るフェリーの始発便は、“通勤ラッシュ”と言っていい賑わいぶりです。

伊吹島のいりこは全国でブランド品として販売され、全国には「伊吹」の名前を冠した食堂や、「伊吹島のいりこ使用」とポスターを貼り出しているうどん屋さんも。この島では、東京や大阪で高級品として販売されているものを、はるかに格安で買い求めることができます。

観音寺市のりあいバス・伊吹線の車両。この坂を下りた先に伊吹真浦港とフェリーターミナルがある(宮武和多哉撮影)。