1986年~91年のバブル景気のころ就職した「バブル世代」も、いまや50代。定年を控え、老後の資金繰りに悩んでいる人も多いのではないでしょうか。そこで今回、FP事務所ストラット代表の伊豫田誠氏が、定年直前まで「無対策」で生きてきた59歳会社員K氏の収支シミュレーションをもとに、安心した老後を送るための資金形成について解説します。

“会社一筋”で無対策…定年直前に気づいた「老後資金不足」

「定年退職後は悠々自適な生活が送れる」なんて過去の神話となった現代。バブル期を経験しているK氏は、当時の感覚が抜けないまま定年直前となりました。ふと定年退職後について考えてみたところ、「あてにしていた退職金が思っていたより少なくなりそうで、老後生活が不安」と、筆者の事務所に相談にみえました。

“このまま幸せな生活が送れる”…バブル世代K氏の「油断」

K氏は東京の大学を卒業後、新卒でとある中小企業に就職。当時はバブル期の真っ只中で中小企業でも給料はよく、夏冬のボーナスはもちろん、春の決算ボーナスまであったほどです。K氏もそのときは当然、退職金も十分に出るだろうと感じていました。

仕事は順調で、取引先の関係でNYでの海外勤務も経験。ハリウッド映画さながらの生活を数年過ごしました。その後日本へ帰国し再び東京勤務となりましたが、帰国したタイミングで結婚し2人の子供に恵まれ、40歳のときにマイホームを35年ローンで購入しました。

「このまま幸せな家庭生活が送れる」と思っていたK氏でしたが、バブル崩壊の影響で2000年頃をピークに給料やボーナスが減額。それに反比例して、仕事の忙しさは倍増しました。

ついには、勤めている会社が倒産の危機に見舞われましたが、リストラや給与規定の見直しなどでなんとか倒産は回避することができたそうです。

その後、少ない貯金からなんとか2人の子供を大学に進学させましたが、K氏はここにきて初めて老後資金に不安を感じたようです。

“死ぬまで働くしかない?”退職前の「現実」に危機感

定年を目前に控え、給与規定に記載されている基準に沿って改めて受け取れる退職金の額を計算してみると、おおよそ「800万円」であることがわかりました。

以前、給与規定が変更された際に退職金が減額となったのは知っていたものの、バブルから30年以上経ち物価上昇が進んだいま、「十分にある」とは思えない金額であることに焦りを覚えました。

いままで転職せず、同じ会社一筋で働いてきたKさん。「投資はリスクが大きい」と、資産形成についてまったく考えてこなかったことが悔やまれます。

K氏は59歳の現時点で年収580万円。月収にすると35万円、加えて年間ボーナス160万円の収入があります。定年を迎え再雇用後となると年収は324万円に減り月収は27万円、ボーナスは無くなってしまいます。

定年時にはまだ家のローンが毎月10万円、大学生の子供たちへの仕送りが月10万円あり、再雇用後の給与では生活していけません。また、貯金が500万円あるものの、それと退職金800万円を合わせても、マイホームを繰り上げ返済するには教育費などもかさみ足りない金額です。

また、2人の子供が大学卒業後にもしも会社を辞めてしまった場合、年金は夫婦合わせて月額20万円ほどで余裕がある生活とはいえず、毎月赤字の見込み……「このままでは死ぬまで働くしかない? 家を売らなきゃいけない?」K氏は大きな危機感を感じています。

K氏の収支シミュレーション…75歳まで「働くしかない」現実

一般的な中小企業の退職金平均、中小企業勤務時の平均年収は下記の通りです。K氏の収支と比較してみましょう。

中小企業の退職金平均>

大卒:約1,100万円

高卒:約1,000万円

(出所:東京都産業労働局 令和2年中小企業の賃金退職金事情)

中小企業の年齢別平均月収>

00~19歳……18万8,000円

20~24歳……21万7,000円

25~29歳……23万8,900円

30~34歳……26万6,600円

35~39歳……29万4,600円

40~44歳……31万9,000円

45~49歳……33万9,100円

50~54歳……35万6,400円

55~59歳……35万9,400円

60~64歳……28万8,200円

65~69歳……26万2,500円

70歳以降……26万6,100円

(出所:厚生労働省令和3年賃金構造基本統計調査より)

上記の数字から、再雇用になると、一般的に55~59歳の「35万9,400円」から60~64歳では「28万8,200円」と7万1,200円ダウン、65~69歳では「26万2,500円」と9万6,900円ダウン。月収が年齢を重ねるにつれ減ってしまうことがわかります。

他方、K氏の年齢ごとの収支をみてみましょう。

<59歳収支>

・合計消費支出:44万5,000円

【内訳】

食料:5万円 住居:10万円 光熱・水道:2万円 家具・家事用品:1万円 被服及び履物:5,000円 保健医療:1万5,000円 交通・通信:1万5,000円 教 育:20万円(仕送り込み) 教養娯楽:1万円 その他の消費支出:3万円

Kさんは、ボーナスを含めた「年間580万円(月額48.3万円)」でなんとか生活している状況です。60~61歳で予定される収支はどうでしょうか。シミュレーションしてみます。

<60~61歳収支>

・合計消費支出:34万5,000円

【内訳】

食料:5万円 住居:10万円 光熱・水道:2万円 家具・家事用品:1万円 被服及び履物:5,000円 保健医療:1万5,000円 交通・通信:1万5,000円 教 育:10万円(仕送り込み) 教養娯楽:1万円 その他の消費支出:3万円

教育費が1人分減った状態でも、再雇用後の「月収27万円」では赤字です。もし退職した場合、夫婦の年金20万円でも赤字となるため再雇用が必要であることがわかります。62歳以降はどうでしょうか。

<62~74歳収支>

・合計消費支出:25万5,000円

【内訳】

食料:5万円 住居:10万円 光熱・水道:2万円 家具・家事用品:1万円 被服及び履物:5,000円 保健医療:1万5,000円 交通・通信:1万5,000円 教 育:0円 教養娯楽:1万円 その他の消費支出:3万円

教育費がなくなり黒字で生活できるものの年金だけでは暮らせず、貯金を切り崩していくのも心配なため継続して働くことが必要です。

<75歳収支>

・合計消費支出:16万5,000円

【内訳】

食料:5万円 住居:1万円 光熱・水道:2万円 家具・家事用品:1万円 被服及び履物:5,000円 保健医療:1万5,000円 交通・通信:1万5,000円 教 育:0円 教養娯楽:1万円 その他の消費支出:3万円

75歳になってマイホームのローンが終わり、ようやく年金暮らしができそうです。

ちなみに、総務省の家計調査によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の一般的な生活費の平均は下記となります。K氏の生活費は、平均並みといえます。

<2020年度、65歳以上の夫婦のみの無職世帯>

・合計消費支出:22万4,390円

【内訳】

食料:6万5,804円 住居:1万4,518円 光熱・水道:1万9,845円 家具・家事用品:1万0,258円 被服及び履物:4,699円 保健医療:1万6,057円 交通・通信:2万6,795円 教 育:4円(※) 教養娯楽:1万9,658円 その他の消費支出:4万6,753

※内訳における教育の割合は統計上0.0%

(出所:総務省統計局 令和2年家計調査年報家計収支編)

“老後赤字”まっしぐら…K氏を救う「不動産投資」

近年では、晩婚化などからライフイベントが後ろへ遅れる傾向があり、定年退職までに住宅ローンや教育費などを払いきることができない家庭も少なくありません。

定年退職後、再雇用になって収入が減ってしまうことに備え、繰り上げ返済や学資保険などを前もって準備しておけると理想的ですが、長引く不景気の影響で準備が不十分な家庭も多いのではないでしょうか。

ただ、一見お得に思えるマイホームの繰り上げ返済は、行うと団信(団体信用生命保険)の効果が無くなってしまうため、一概におすすめはできません。

1つの方法としては、マイホームのローンはそのままに、退職金を投資などに運用していくのが効果的でしょう。

不動産投資の場合、リスクを抑えて安定的な収入となるような物件に的を絞り、比較的都市部で駅から近い区分マンションを選ぶのがいいでしょう。駅近なら築年数はそれほど気にしなくても大丈夫です。

たとえばK氏の場合は、貯金500万円と退職金800万円を合わせた1,300万円を用いて、年利8%の区分マンションで運用すると、実質利回り6.0%ほど確保できれば、「年間78万円(月6.5万円)の収入が見込めます。

そうすると、2人目の子供が大学を卒業した62歳から、年金暮らしが可能となります。

実質利回り6%で運用できれば17年ほどで投資額の1,300万円を上回り、79歳以降も長生きすればお得になりますし、最終的に売ればそのときの不動産価格が現金収入となります。子供や孫に相続してもいいでしょう。

この間にもインフレが進み、家賃や不動産価格が上がっていく可能性もあるため、現金を先に使ってしまうような繰り上げ返済や、貯金を取り崩した生活よりも断然有利といえます。

K氏のように定年退職直前ではなく、50歳前後ならもう少し余裕を持った老後資産を準備できる可能性はまだあるので、不安を感じる方はFPに相談してみましょう。

伊豫田 誠

FP事務所ストラット

代表/不動産投資専門ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)