ハリウッドを代表する女優リース・ウィザースプーンが原作小説に惚れ込み、自身の製作会社「ハロー・サンシャイン」を通じて映像化権を獲得して、自らプロデューサーを務めた映画『ザリガニが鳴くところ』(公開中)。1969年、アメリカ、ノースカロライナ州の湿地で、裕福な家の出で、人望ある若者チェイスの死体が発見され、町の人々から「湿地の少女」と蔑まれる女性が容疑者として逮捕されるミステリーである。

【写真を見る】小さな博物館のように、珍しい貝や鳥の羽などが飾られたカイアの部屋

ヒロインのカイア役に抜擢されたニュースター、デイジー・エドガー=ジョーンズの初々しい存在感と、大小の川が迷路のように張りめぐらされた湿地帯の自然豊かな水辺の風景が一体化し、6歳で家族に捨てられ、沼地でサバイブせざるを得なくなった少女の数奇な運命が法廷で徐々に明かされていく。果たして彼女は殺人犯なのか――その展開に息がつけない。

原作を手掛けたのが動物学者のディーリア・オーエンズであるだけに、自然描写の説得力が強い作品だが、これを見事に映像化しているのが、長編映画2作目となるオリヴィアニューマン監督。原作の世界観についての考え方、そしてキャスティングや撮影のこだわりを聞いた。

■「デイジー・エドガー=ジョーンズはなんてことはない身のこなしや息の吐き方がものすごく繊細」

全世界で1500万部のベストセラーとなった原作の魅力について、ニューマン監督は「『ザリガニが鳴くところ』は階級についての物語です。文明から距離を置いて湿地で暮らしてきた人々には様々なサバイブの伝説があり、カイアはその歴史の文脈で語られる存在です。定職に就く街の人々には、電気もガスも通らない場所で暮らすカイアは稀有な存在なんです」と語る。

貝や魚など自然の恵みを収穫し、その収入で暮らすカイアへの畏怖。町の人々たちから向けられる眼差しに気づいている彼女は、湿地で静かに暮らしているが、その美貌と存在にやがて2人の男性が引き寄せられていく。カイア役のエドガー=ジョーンズイギリス出身で、カニバリズムを題材にしたサスペンスホラー『フレッシュ』(22)での怪演も記憶に新しい。彼女を選んだ理由とは? 

BBCのテレビシリーズ『ふつうの人々』を見て、キャラクターに深みをもたらすことができる女優だなって思ったのが最初で、オーディションに来てもらおうとこちらから声を掛けました。カイアという女性は非常に繊細で、内向的で、不器用である。と同時に独りで生きていく力強さもしっかり表現しなくてはいけない。コロナ禍だったのでオーディションはZOOMでやったんですが、デイジーはワンテイクワンカットの長回しでさきほどの両面をとても見事に演じてくれて、見ていて涙が浮かんじゃったんです。なので全員一致で、1回のオーディションで、彼女を起用しようということになりました。実際、撮影に入ってみたら、彼女はテイクごとにちょっとずつ演技を変えていくんです。ドラマチックでない静かなシーンでもすごい演技を見せてくれました。そして湿地で暮らすカイアは、ボートの操縦が上手なうえにダイビングもできるのですが、デイジーはほとんどスタントなしに演じています」。

特に印象に残っているシーンを聞くと、兄の友人であったテイトと仲を深めていく時の演技だったという。

「最初は友達であったのが、どんどんテイトの存在がカイアの中で大きくなっていって、お互いに恋愛感情が芽生えていくわけですけど、この映画、2人の決定的瞬間は描いていません。この瞬間から恋人になりましたという場面は避けて、少しずつ恋愛感情が芽生えていく変化をデイジーには演じてもらいました。その中で印象に残っているのは、カイアがテイトの忘れていったネルシャツを嗅ぐ場面。恋するってこういうことだよねと、ひしひしと伝わってきて。彼の姿はそこになくても、彼が残していったエッセンスをちゃんと味わっておきたいという恋焦がれる感じが伝わってきて、すごく良かった!デイジーはなんてことはない身のこなしや息の吐き方がものすごく繊細でした」。

■「テイトとチェイスの、それぞれの違いを楽しんでもらいたい」

また、幼いカイアを演じたジョジョレジーナもエドガー=ジョーンズに負けず劣らずプロ魂の持ち主だ。

ジョジョは相当な発見でした。あれくらいの年齢で、大人の俳優と同じくらい準備をしてくる子を見たことがなかったので。カイアのトラウマは、家族に捨てられたことにあります。母親が家を出て行ってしまい、父親が母の置いていった絵画や洋服を燃やす場面がありますよね。あの日のジョジョは撮影現場に来た段階ですでに涙目になっていました。お父様がコーチングされていることも関係していますけど、『カイアのパパはなんでこんなに意地悪なの?なんでこんなつらい目に合わなくちゃいけないの?』と訴えてきて、私も一緒に泣いて、すぐにカメラを回したんです」。

レジーナが演じた幼少期が効いていて、エドガー=ジョーンズ演じる成長したカイアの内面に潜む心の傷の物語に説得力がある。ニューマン監督はエドガー=ジョーンズと、成長したカイアの抱えるトラウマについて深くやり取りしたという。そのカイアの心の傷のトリガーを再び引くのは、町からやってくる2人の男。1人は兄の友人で、カイアに文字を教えるテイト(テイラー・ジョン・スミス)と、もう1人はカイアと交際した後、変死体として発見されるチェイス(ハリス・ディキンソン)。2人の男性との出会いがカイアの人生を大きく変えるのだが、この2人の配役の秘訣は?

「まずはチェイスの配役から決めました。チェイスはナルシスト的な人物で、人を遠隔操作しようとする男性。高校時代はアメリカンフットボールのクォーターバック(QB)という花形選手で、つまりは高校時代が人生のピークという人物です。カイアを支配しようとする行動の裏には自分への自信のなさが隠れていて、周囲から自分に課せられている期待に押しつぶされそうになっている点や、いまいち自分が何者であるかわかっていないこと。親の跡を継がねばならず、我が道を選べないつらさなどが隠れていて、複雑な人格を演じてもらわなくてはいけない役だから、何年も前から目をつけていたハリス・ディキンソンを選びました。実はテイト役に選んだテイラー・ジョン・スミスにもチェイス役のオーディションを受けてもらったんですけど、彼はすごく温かみのある人で、現場に来ると彼の周囲に光が差すような印象を与える人で、チェイス役には合わなかったんです。テイトは無条件にカイアを愛するけど、チェイスは父親からの期待と彼女との愛で葛藤する。それぞれの違いを楽しんでもらえればと思います」。

■「部屋の中に湿地が入り込んで、カイアと一体となる様子を美術で表現している」

もうひとつカイアのパーソナリティを形成するうえで大きな要素となっているのが、湿地にポツンと建つ木造のコテージである。原作で描かれた架空の町、バークリー・コーヴの雰囲気を求め、撮影は米ルイジアナ州ニューオリンズ周辺で行われた。美術監督のスー・チャンは撮影のために国立公園内に一軒の家を建築。室内には湿地でコレクションした珍しい貝、石、植物、鳥の羽などまるで小さな博物館のように飾られ、カイアのパーソナリティと直結した空間となっている。

「スー・チャンに求めたのは、湿地の奥の奥にひっそりとあるコテージで、そこには何時間も歩くか、あるいはボートでしかたどり着けない辺鄙な距離感です。映画の中では、こんもりとした森の中にあるように見えますが、実際にはすぐそばに大きな豪邸があり、それを隠すために、樫の木に大量の枝やコケを垂らして目隠ししているんです。スーに依頼したもうひとつの重要な要素は、カイアの一族の歴史を紐解くことでした。もともとはカイアの祖父が湿地に釣りに来るための掘っ立て小屋だったんでしょう。カイアの父と母が結婚し、子どもたちが増えたことで増築し、その時にポーチも作ったという設定にしています。やがてカイアが成長し、身の回りの自然環境への興味、関心、知識が深まるにつれ、部屋の中に湿地から持ち帰ったものがどんどん増えていく。最終的には部屋の中に湿地が入り込んで、彼女と一体となる様子を美術で表現しています」。

カイアの暮らす場所がリアルに再現された一方、湿地での撮影が大変だったという。

ボートでしか行けない場所での撮影が多く、特に撮影チームは絶対に全員そこにいなくてはいけないのでボートの数も多かったし、簡易トイレを乗せたボートも用意しなくちゃいけなかったから大変でした!浅瀬では撮影ができないからそれなりの深さを求めたし、それでも潮の引き潮、満ち潮が予測とはずれて、やむなく撮影中止となった日も」。

映画ではチェイス殺しの判決の行方をスリリングに描くドラマとして構成されているが、ニューマン監督は原作に記述されている、その後のカイアの長きにわたる人生の歩みにも、思いを馳せてほしいと語る。

「カイアは子どもを持つことができなかった人生となりましたが、女性が誰しも母親になるわけでなく、それでいいのだということを原作者のディーリア・オーエンズは描いていて、とても美しい設定だと思っています。自分の子どもは持てなかったけど、年を重ねるごとに、カイアは自分の世界を大きく広げていった。映画で描いたサバイブというテーマと共に原作も楽しんでもらえれば幸いです」。

取材・文/金原由佳

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