(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

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 とにかく驚いた。もちろん、ある程度予想はしていたものの、まさかそんなに出場するのかと、目を丸くした。

 今年(2022年)の紅白歌合戦の出演者が11月16日に発表された。43組の名が挙げられたなか、K-POPグループが5組も入っていたのだ。

 しかも、LE SSERAFIM(ル セラフィム)に至っては、つい半年ほど前に韓国国内でデビューしたばかりで、日本でのデビューを果たしていない状況での快挙である。

BTSメンバーはワールドカップ開会式に出演

 発表の結果は、すぐに韓国メディアにより一斉に報じられた。その日、私は夜まで授業があったために、詳細は翌日の朝の報道番組で知った。

 いくら隣国とはいえ、外国の歌謡番組だ。それなのに翌日の朝のニュースで取り上げる韓国メディアの熱の入れようは、在韓15年を超える私でも違和感を覚えた。

 というのも、このごろの韓国の芸能ニュースでは、BTSに焦点が当てられることが多く、その他の芸能人についてはあまり積極的に報じられることがなかったからだ。

 今回の紅白出場者発表にしても、11月20日カタールの首都ドーハで行われたサッカーFIFAワールドカップカタール2022」開会式での、BTSのメンバー、ジョングクの出演と時期的に重なっている。

 BTSは何と言ってもグラミー賞にノミネートされた実績を誇る実力派グループである。世界的な人気という点では、他のK-POPグループの追随を許さない。しかもメンバーたちの兵役義務の是非について長いこと報道のイシューになってきたうえ、つい最近「軍隊に行きます」と公言したばかりだ。彼らの一挙手一投足が韓国社会から注目を浴びるのは当然である。

 そうした状況の中で、5組の韓国アイドルグループの紅白出場が決定した。そのニュースが、ワールドカップ開会式にジョングクが出演したニュースの陰に埋もれてしまうのは仕方がない状況ではあった。

 さすがにメディアが盛んにもてはやしたのはジョングクのほうだった。だが、紅白をめぐる韓国メディアの取り上げ方は予想以上に大きかった。テレビでの報道は翌日も続き、新聞ではそれ以降もなにかにつけ言及されている。

「これまでにない大ニュース」なのか?

 ただし、かつてないほど大きく取り上げられネット空間が大騒ぎになっているかというと、決してそうとはいえない。

 かつて韓国アイドルの紅白出場が韓国のメディアを賑わせたのは、2018~2019年のことである。

 2018年の紅白にはBTSの出場が噂されたものの、“原爆Tシャツ”を着たことが影響して「落選」した。その時の報道の頻度と比較すると、今年はその半分程度でしかない。

 また2019年にはノージャパンキャンペーン(日本不買運動)のさなか、TWICE(トゥワイス)が韓国から唯一の出場を果たして大きく報じられた(紅白への初出場は2017年)。実は、今年の報道レベルはその時と同程度と言ってよいだろう。

 その意味では、今年のK-POPグループの紅白席捲は、それなりに韓国社会を賑わせてはいるが、これまで以上に大々的に喜び、盛り上がっているわけではないのだ。

韓国では知名度が低いグループも

 その理由は、まず出場グループのメンバー構成だ。

 今年、出場が決まった韓国系グループは、TWICEのほか、IVE(アイヴ)、LE SSERAFIM、NiziU(ニジュー)の4組の女性グループと、男性グループのJO1(ジェイオーワン)だ。どのグループにも必ず1人は日本人が所属しており、とりわけNiziUとJO1は日本人のみで構成されている。これは10年ほど前とは異なっている。当時はKARA少女時代といった韓国人のみのグループが出場していたのだ。

 日本の番組だから視聴者としては日本人が加わっているほうが良いのかもしれないが、どうせならあと1組くらい追加して、韓国人だけのグループを出演させても良いような気もしないではない。

 出場グループの韓国での人気も微妙である。

 TWICE、LE SSERAFIM、IVEは韓国国内でもすでに人気を確固たるものとしており、今回の紅白出場決定のニュースにおいても、これら3つのグループの名前は頻繁に挙げられている。ところが、NiziUとJO1は韓国では知名度が低い。そのために「韓国から5組出場」と報じられても、ほとんど名前が挙げられない。ブログなどでの言及頻度も似たようなものだ。

にわかに注目されている日本人メンバー

 一方、韓国でにわかに注目されているのが、LE SSERAFIMに所属する2人の日本人、カズハとサクラだ。

 このグループは今年5月に韓国でデビューしたばかりだが、2ndミニアルバムのタイトル曲『ANTIFRAGILE』はすぐに国内チャートでトップに躍り出て、10月にはアメリカのビルボード200にもランクインしている。

 カズハについては、バレエオランダ留学中にBTSやBLACK PINKの楽曲に憧れてK-POPアイドルになったという異色の経歴がブログなどで話題になっている。

 また、サクラは元HKT48のメンバーでAKB48のセンターも務めた宮脇咲良(みやわき・さくら)だ。日韓の合同グループであるIZ*ONE(アイズワン)にも所属していたので、もともと韓国での知名度はあった。

『ANTIFRAGILE』は、BTSやBLACK PINKのようなヒップポップ風の楽曲で、これまで宮脇が歌ってきた曲調とは大きく異なる。サクラとしてLE SSERAFIMで見せる新たなイメージが、韓国人のファンにインパクトを与えている。

『ANTIFRAGILE』は、周囲からの圧力で壊れそう(Fragile)な自分に対して恐れずに強く生きていこうというメッセージが込められている。公式ミュージックビデオの最後に「IM FEARLESS」(私は怖がらない)と表示されるが、これはグループ名「LE SSERAFIM」の文字列を入れ替えたものだ。このように仕組まれた力のあるメッセージが、韓国に限らず欧米の若者の心も虜にしているようだ。

民間交流活発化で意見が一致した日韓首脳

 今回のK-POPグループの紅白出場をめぐっては、NHKが意図しているのかとは関係なく、日韓両国の社会にある微妙な感情が見え隠れしないでもない。

 どのグループにも日本人メンバーが必ずいるとか、日本人だけのグループの出場が決まっても韓国での注目度が低いというのもそうだ。

 それに今年は、岸田文雄首相と韓国の尹錫悦大統領が、日韓の民間交流を活発化するという点で意見が一致したとも報じられた。その年に一気に5組というのも、象徴的な出来事と読み取ってしまいたくなる。

 いずれにしろ紅白歌合戦は歌番組なのだから政治的なことは関係なく純粋に楽しみたい。韓国で人気を誇る3グループに限らず、個人的に“推し”のいるNiziUも、日本語の歌詞をラップ調で歌い上げるJO1も、素晴らしいパフォーマンスを期待したいところだ。

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2022年の紅白歌合戦に出場するK-POPグループ「IVE(アイヴ)」(2022年11月12日、写真:Mydaily/アフロ)