私は仕事柄、全国各所に出張することが多い。先日も急な出張があり、九州のある都市に出かけることになった。最初からやや嫌な予感がしていた。お客様の都合もあってミーティングは日曜日の朝。土曜日夜までには現地に入らなければならない。その都市は観光地として有名な街。秋たけなわの季節。そして、世間を賑わせているあの全国旅行支援、通称「全国旅行割」の存在だ。

1泊1万円以上も上乗せするホテル

 土曜日の夕方、羽田発の飛行機。これは驚くほど空いていた。現地到着が夜なのでさすがに観光客のほとんどは現地到着してチェックイン済みなのだろう。土曜日の夜にビジネスで出かけるような奴はいない。拍子抜けしながらも空港からリムジンバスで現地に向かう。その街は仕事で頻繁に訪れているところなのだがいつものホテルが満杯ということで、駅近くのビジネスホテルを予約した。

 チェックイン。事前請求で示された宿泊料金は1泊1万7000円だ。ホテル専門家の私からすれば、どうみても1泊の通常料金はせいぜい6000円から7000円クラスホテル。築年数も経っており、部屋は狭い。もちろん秋の旅行シーズンの週末。現在では多くのホテルでレベニューマネジメントと呼ばれる、宿泊料金のコントロール、つまり季節や曜日、天候など各種条件によって宿泊料金をフレキシブルに変更していることは知っている。それにしても、1泊で1万円以上も上乗せしているのに驚愕した。原因は例の全国旅行割だ。

 苦笑しながらも精算し、同僚と食事に出かける。夜遅くにホテルに戻りシャワーを浴びようと蛇口をひねると、シャワーが出ない。カランからお湯は出るのだが、シャワーにしようと蛇口をひねってもじょぼじょぼと少量の湯が出るだけで全く役に立たない。

 設備は相当に古く、浴室全体もかび臭い。深夜ということもあって抗議の電話をする気がなくなり(そもそもフロントにも誰もいなかった)、その晩は行水して寝る羽目に。出張では数多くのホテルに宿泊する私だが、近年まれにみるコスパの悪い宿泊となったことは言うまでもない。

めて「全国旅行割」とは

 さてこの異常な価格高騰の原因となっている全国旅行割、おさらいしよう。この制度はコロナ禍で苦しんだ宿泊旅行業界を支援する目的で国が税金で支援するもので10月11日からスタート。期限は12月20日まで。具体的には旅行する際の料金が40%割引されるもので、割引の上限額が交通機関利用付きの宿泊プランであれば最大8000円、そうでないプラン5000円までの割引が受けられるというものだ。またこれに旅行の際にお土産購入などで使用できるクーポン券が、平日利用で3000円、休日で1000円プレゼントされる。

 つまりこのキャンペーン期間中であれば、1人あたり最大で1万1000円の旅行補助が受けられるわけだ。季節の良い秋、それは出かけなきゃ損だよね、となる。ちなみにコロナ禍であるために利用者はワクチン接種3回以上の接種証明書またはPCR検査等による陰性証明書の提示が必要となるが多くの国民が接種を完了しているためあまり障害とはなっていないはずだ。

 この制度、発表と同時に各種プランが完売続出となったが、新しい制度というのはどうしても苦情がでるものだ。まずこの制度の仕組みとして、国が予算をもち(この予算は当初国で予定していたGoToトラベルの予算がコロナ禍の蔓延で余ってしまった分をお化粧直ししたと言われている)、各都道府県に配付、予約できる宿泊数分を楽天トラベル、じゃらんなどの予約サイト、JTB近畿日本ツーリストなどの旅行業者、そして各ホテル、旅館に割り振った。

 そのため、予算配分を消化できた都道府県、予約サイト、旅行業者などにばらつきが出る、自治体によって手続きが異なるために現場での手続きが煩雑になり、チェックインに1時間以上かかるなど苦情が殺到した。

論理的には「値上げするのがあたりまえ」

 そしてネットなどで話題になったのが、私も驚愕した宿泊料金の高騰だ。全国旅行割に反応し、多くの国民が一斉に予約に走る。これは経済学的に言えば思い切り需要を喚起することに国は成功したことになる。需要が盛り上がれば、供給サイド、つまりホテル旅館側は価格を上げても大丈夫ということになり、宿泊料金を上げる。今ではレベニューマネジメントシステムを多くのホテル、旅館が導入しているから、システムとして自動的に料金を引き上げにかかるのだ。

 制度の実施とともにあっというまに予約でいっぱいになった地域、業者、ホテルが続出したのはまさに需要の沸騰、したがって論理的には値上げするのがあたりまえだろ、ということになる。

 したがって、急な出張で出かけた私が普段より1万円以上の宿泊料を負担して、シャワーも満足に浴びることができないホテルに宿泊したのは、とんだとばっちりではあるものの仕方がない、運が悪かったと片付けられてしまうのかもしれない。だがちょっと待て、である。

「公平性」が求められるはず

 経済学的には十分説明できる今回の顛末だが、この制度は国民の税金をもとに実施されているものだ。税の使い方には当然「公平性」が求められる。ではこの公平性の観点から制度を今一度見直してみよう。

 まず宿泊業界にとって、今回の国からの支援は干天の慈雨とでも呼ぶべき誠にありがたい施策であった。ホテル業界に関与している私から見ても感謝感激だ。国に対しては業界筋から多くの陳情があったことも耳にしている。コロナ禍を契機とした宿泊業界の壊滅的な業績低下はひとえに宿泊業経営者の責任ではなく、国が国民に対して外出自粛を含めた様々な行動制限を課したためであり、「あの時はごめんね。ちょっとこの制度で一息ついてね」という感覚なのではないだろうか。

 だがこの制度、大手の旅行サイトや旅行業者には多くの割り当てがあったいっぽうで零細業者、ましてや楽天やじゃらんなどの大手サイトに登録できないような零細なホテル、旅館はこの恩恵にあずかれなかったはずだ。ちなみに全国で約6万3000軒ともいわれる宿泊業者のうち、大手楽天トラベルに登録している事業者はその半分程度だ。登録すればよいというかもしれないがこうした旅行サイト経由での紹介にあたっては手数料が非常に高く、登録できない事業者も多いのだ。零細な業者にはそもそも割り当てが少ない、割り当て方法にも疑問、不満が残る。これは広く業界を救おうという税金の使い方として本当に公平性を担保していると言えるのだろうか。

旅行者にも不公平な「全国旅行割」

 旅行者にとってはどうだろうか。国の掛け声で最大で1万1000円もトクしちゃうのだからいざ行かん、と考えて予約したものの、結局宿泊料金が普段の価格より8000円も1万円も値上げされたのでは実質いつもの旅行と変わらない程度の負担を余儀なくされたのではないだろうか。また諸物価の爆騰が続く中、旅行に行くことができない国民が多い中、時間とお金に余裕のある人たちだけが対象となるのは、果たして税金の使い方としてどうなのだろうか。一時的な喚起策といいつつも、政府はこの施策を来年も継続すると発表した。

 このように考えると結局一番大きなベネフィットを得たのは、潤沢な割り当てを受けた大手旅行サイトと大手旅行業者ということになる。特に交通機関利用付き宿泊にすると最大8000円の割引になるがこのプランを選択するには直接ホテルや旅館に予約するのではなく、大手旅行サイトや大手旅行業者を使わざるを得ない構造になっていることがわかる。

「やらぬよりやったほうが良い」は当然だが…

 税金の使い道、公平性という観点から考えれば、こうした配付の仕方にはやや問題があったのではないかと思われる。コロナ禍が大変なのは旅行宿泊業界だけではない。やらぬよりやったほうが良いというのは当然なのだが、ここばかりに支援を継続することに本当に社会的な意義があるのかどうかはもう少し議論をしたほうがよいのではないだろうか。

 国から見れば手っ取り早く経済回復、活性化のための「やってる感」の演出にこの全国旅行割は誠に都合の良いものに映るかもしれない。そしてこの制度に色めき立ち、旅行鞄引っ提げて旅立つ国民も、よくその内容を吟味し、実際にどうなんだ、本当にトクになっているのかも含めて冷静に考えて行動しているのか疑問だ。江戸時代からお伊勢参りに代表される通り旅行好きな日本人だが、何やら国から踊らされている感がなくはない。

 自分で物事を考えきちんと判断することが日本国民はどちらかといえば苦手だ。お上がいえば喜んで従う。今が良ければ、何となく楽しければ、その陰でなんの恩恵にもあずかれない人がいても、それはそれで仕方がないことだと思う。この伝でいけば、1泊1万7000円などという法外な?宿泊料でシャワーも出ないホテルに泊まる私も仕方がないですまされてしまうのだろう。今度はぜひ国には「全国旅行割」ならぬ「全国出張割」を作っていただきたいものだ。

(牧野 知弘)

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