宮台真司さんが白昼、東京都立大学キャンパス内で刺され、メディアネットも蜂の巣を突っついたような騒ぎになっています。

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 右も左も言論封殺だと騒いだり、過去の宮台さんの発言を引っ張ってきて「たられば」の話を振り回したり・・・。

 記事閲覧数はやたら多いようですが、まともに取り合うような内容は非常に限られていると思います。

 事件を整理してみましょう。

 2022年11月29日午後4時20分頃、東京都八王子市東京都立大学南大沢キャンパス内で男性が刃物を持った暴漢に襲われ、顔面を切り付けられているとの110番通報がありました。

 襲われたのは、同大学大学院・人文科学研究科教授で社会学者の宮台真司博士(1959-)です。

 キャンパス内の路上で、背後からまず頭部を殴打されたうえ、刃物で手、背中、首、顔面などに切り付けられ、警官が駆け付けた時点では犯人の男はすでに逃走。

 本稿執筆時点では身柄を確保されておらず、都立大キャンパス内を含むエリアに潜伏したまま、行方が分かっていません。

 宮台さんは病院に救急搬送され、数時間に及ぶ緊急手術を受け重症とのこと。十数か所に切創があり(https://news.yahoo.co.jp/articles/811f59974abe45274e7a9c5e1d068901dc8df91f)の針数を縫ったものの、生命に別条がある病状ではないとの報道。

 翌11月30日の報道で、宮台さん自身は警察の事情聴取に「薄暗がりでよく分からなかったが」「面識のない男だった」と述べているらしい。

 おおまかに、これを超える内容はすべて憶測で、ここで取り上げる意味はありません。

 私と宮台さんとはSNS上で若干会話を交わしたことがある以上の行き来はありません。

 ただ、宮台さんは、東京大学教養学部時代、見田宗介先生のゼミナールの先輩としても聞こえており、長年漏れ聞くことはたくさんありました。

 都会の名門、麻布高校出身者らしいスマートなシティボーイの知性を披歴、会話や原稿には育ちの良さ頭の良さが隠せず、若くして時代の寵児になりました。

 シンプルな数理を活用する彼の博士論文はエレガントで、博士の学位が出にくい「社会学」界隈の悪弊を軽々と乗り越え、クールでスマートな議論が展開できる人です。

 無学位のまま院生指導ができない社会学者が多いなか、後進の指導にもしっかり実力のある、数理を含む精密な議論が展開できるプロのアカデミシャンとして私は一目置いてきました。

 何分、犯人はいまだ逃亡しており、相手を選らばぬ「誰でもいいから人に切りつけてみたかった」的な通り魔の犯行なのか、名指しで宮台さんを狙った確信犯的な犯行なのかも分かっていません。

 そこで、精緻な論理を駆使するゼミの先輩に敬意を表して、それらすべての「場合分け」に応じて、犯行に至った「死角」と再発防止策を検討してみます。

相手を選ばない「通り魔的犯行」の場合

 ネットでは、ターゲットを宮台さんと決めての犯行前提の話題が沸騰している様子です。

 しかし、一大学教官の観点からはむしろ、「誰でもよかった、大学の中で人を刺してみたかった」式の通り魔犯の方が、対策は困難ですし、本格的な警備体制強化が必要とされるので予算面を含めて厄介です。

 というのは、キャンパス内のあらゆる学生、院生、常勤非常勤の教員事務員、技官から出入り業者さんまで、広範に警備対象を広げなければならないから。

 大学が責任をもって関係者の「身体生命の安全に責任をもつ」とは、こうした対策の徹底を意味します。

 報道によれば宮台さんを襲った暴漢は「年齢は20代から30代くらい、黒っぽいジャンパーにズボン姿、身長は180センチくらい(とすると宮台さんよりは頭一つ大きい可能性があります)、髪は短くがっしりした体格」と伝えられます。

「付近の監視カメラ」に残された画像から目撃者情報と突き合わせて、そのような特徴の人物が、キャンパス内を北東の方向に速足で過ぎ去る画像が確認(https://news.yahoo.co.jp/articles/d120663e666dc67210d0b195f59b8dc2393f4010)されているようです。

 また報道はされていませんが、時節柄マスクを着用していた可能性が考えられ、容貌は被害者にもつまびらかでない可能性がある。

「通り魔犯」の再発防止という観点からは「監視カメラ」網の充実、ならびにそれらを用いた防犯警備の強化などが第一に考えられます。

 私が都立大の執行部に関係していれば、年度内の学長裁量予算などを活用して防犯ネットワークの強化を第一に図ると思います。

 かつて私が大学院生だった1990年代、東大本郷キャンパス内で三四郎池近辺だか、どこかの植え込みで女性が暴漢に襲われるという事件があったと聞きました。

 東大本郷に隣接して「警視庁本富士警察署」があり、それ以降、パトカーが構内を巡視するようになりました。

 学園紛争時代であれば「警察をキャンパスに導入するのか!?」と騒ぎになったかもしれませんが、1990年代は静かなもので、一部民青同盟の学生が立て看板を食堂前に立ててパトカー導入に抗議した程度。

 その後は通り魔事件は起きていないように思います。

 逆に、監視カメラではなく「盗撮カメラ」を設置したカドで、学部生だか院生だかが逮捕され、学籍剥奪、放校処分となるケースなど、救いようのない学生犯罪は発生してしまいました。

 今回の犯人と伝えられる人物像は「20~30代の」「短髪の男性」で「黒っぽいジャンパーにズボン」といった風体とされ、これは大学のキャンパス内にいても全く不自然ではない人物像なので、警備側も困ってしまいます。

 東大の場合も、見るからに教授風の風体の人間は実は泥棒で、私など内部の人間はジーンズTシャツサンダル履きでおよそ偉そうに見えない・・・というよく知られた笑い話があります。

 いかにも学内にいそうな風体ながら、手荷物の中に刃物や、場合によると後頭部を殴打する鈍器のようなものを持参しているとすれば、防犯に何らかの技術的な工夫が求められるかもしれません。

 また、大学側の対応も突発的な事件とはいえ、十全なものではありませんでした。午後4時半頃、学内放送があり「キャンパス内に不審者が出没しているので建物から出ないように」との告知がなされたというのですが、すべての建物がカードキーなどで施錠管理されていたのでしょうか?

 そうでない建物(生協食堂などが考えられます)に犯人が侵入していた場合、あるいはセキュリティロックのかかる建物内に、ほかの学生にまぎれて犯人が入り込んでいた場合、教室内に閉じ込められた状態の学生が袋小路で逃げ場を失うケースも考えられたはずです。

 何と「図書館」は施錠され、学生は中に閉めこまれたそうです。

 実際には犯人はキャンパス北側の門から学外に逃走していたことが(https://www.yomiuri.co.jp/national/20221130-OYT1T50182/)翌日になって報じられましたが、当初はそんなことは分かりません。

 もし図書館内部に犯人が入り込んでいて何かあったら、誰も責任など取れません。

 数時間後「集団で南門から帰宅せよ」「館内には残れません」とのアナウンスで学生は外に出されたそうです。

 人並みに紛れて犯人が逃げ去る可能性だってゼロではなく、対策の杜撰さが目立ちます。

 この種のリスクに対する危機管理体制は、およそきちんとしたものが敷かれていなかったらしい。

 もちろん都立大教官事務官はできる限りの奮闘をしたと思います。ただ、従来から爆破予告などもなされていたキャンパス内、十分なセキュリティが敷かれていたとは言い難い。

 学生閉じ込めには、キャンパス内を無人化し、警察の形式的な山狩りをやりやすくした以上の効果はなかったわけです。

 1時間半ほど経過した17時50分頃以降、「安全確保に留意しながら」「集団での下校」を「職員が誘導」したと言うのですが・・・。

(ちなみに大学から「下校」はおかしいです。しかし報道では都立大の「生徒」という表現まで誤用されていました。小学生以下は「児童」、中学高校生が「生徒」、大学は「学生」が正しい表現ですが、マスメディアからしてどうかしてしまっている。「集団下校」ではなく「集団帰宅」が本来ですが、いまや社会は都立大を「学校」通学する人を「生徒」と認識しているということか・・・)

 大学教職員は屈強な男性ばかりと限りません。凶器を持った暴漢が襲い掛かってきた場合、中高齢の職員や女性「誘導者」で対抗ができるとは思われません。

 また若年層の男性職員も、大学から危険手当など支給されているわけがなく、堪ったものではないのが実情でしょう。

 大学教員経験者である舛添要一さんなども含め「学問の府である大学で、起こってはならないことが起こった」といったコメントが出ています。

 ただ、それは対岸の火事向けの話であって、我々大学の人間としては、実際に起きてしまった事件の再発防止を第一に検討せざるを得ません。

 何にせよ、ユビキタス的、またDX的な、大学だからこそ可能な「通り魔対策」のパイロットファーム的にでも、再発防止に取り組む必要があるでしょう。

宮台氏を狙った犯行だった場合

 次に、今回の犯人が「宮台真司教授」個人を特定し、ターゲットを絞って襲ってきた場合を考えてみます。

 これにも、大別して2つの可能性を分ける必要があるでしょう。

 一つは、個人が何らかの動機をもって襲撃した場合。

 もう一つは、依頼者が犯行を計画しヒットマンが凶行に及んだケース

 いずれの場合も考えられますが、いまここではその双方ともに当てはまる、最低限の再発防止策を考えます。

 火曜日、宮台さんは都立大で4時10分の定時まで講義があり、南大沢キャンパスに出講。その後、質問にぶら下がってきた学生と歩きながら会話し、学生が離れたあとのタイミングで襲われた(ttps://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20221130/1000087201.html)と報道されています。

 ちなみにこの日の講義では「護身術」に言及していたそうです。因果なものを感じます。

 宮台さんを狙ったのだとすれば、犯人はあらかじめ教授の行動パターンを知っていて、待ち伏せして犯行に及んだ可能性があります。

 だとすれば、大学当局に第一に求めねばならないのは「対面式授業における、個人所在の、学外者への情報漏洩防止」ということになります。

 新型コロナウイルス感染症の流行以降、シラバスその他の電子化、オンライン化が急速に進みました。

 一応、内部学生がIDとパスワードを用いてログインして、教務情報にアクセスする形式になっていますが、場合によっては学外者に情報がだだ洩れという可能性も考えられます。

 ここで第一に想起したのは、2018年、この連載でも触れた「福岡IT講師刺殺事件」です。

 この事件は、ブロガーとしてネット上では知られた存在だった被害者2018年6月24日福岡県の特定施設を訪問し、ITセミナーで講師を務めることを犯人が調べました。

 個人の去就情報ですが、公開行事だったのでだだ洩れ状態にあったわけです。

 セミナーは午後9時に終わり、建物1階のトイレに寄った被害者ネット上で逆恨みした犯人が襲撃、刃渡り16.5センチほどの包丁で何度もメッタ刺しにして殺害したというものです。

 今回、宮台さんは背中や首など広範に「斬りつけ」られと伝えられますが、「生命に別条はない」と報じられていることから「突き刺す」受傷は少なかったと思われます。

 逆に言えば、同様の刃物で突いていたら、それが宮台さん一人でなく周辺の学生や無関係の第三者も巻き込んでいたら・・・とんでもないでは済まない状況です。

「福岡IT講師刺殺事件」の際、問題になったのは、犯人が一度の対面もない被害者に対して、ネットを介して憎悪の妄想を膨らませ、手前勝手な理由で犯行に及んでいる事実でした。

 ネット上に見える「キャラクター」は、現実に生きて普通の日常生活を送る「個人」とは明らかに別物です。

 芸能人を考えたら分かりやすいでしょう。

 彼・彼女にも私生活はありますが、メディアに露出するのは商品化されたキャラクターで、本当のプライバシーは決して見せません。

 事務所プロダクションも幾重にもわたってカバーシールドします。

 事件の報道直後から「言論弾圧」の何のといった風説が、大はマスメディアから小はネット落書きまであふれ返っていますが、ほとんどすべて「ネット上の存在」としての「キャラクター宮台真司」を巡る憶測にすぎません。

 これに対して、実際に刃物で切り付けられるのは、生身の個人、63歳のおっさんであって、その生物としての存在とネット上のキャラクターを「悪くないまぜにする」のは、福岡IT講師刺殺事件の犯人と同様の誤謬を犯すことになります。

 芸能人であれば、プライバシーは徹底して事務所が守ります。

 35年ほど前、大学の学園祭に坂東玉三郎氏を呼んだことがあります。

 彼がトイレに入る際は、屈強なボディーガードが2人、トイレそのものの前に立ちふさがって、誰もほかの人が使えないよう、つまり歌舞伎役者と連れション状態などにならぬよう、ガチッとガードしていました。

 それを見た私は、「すごいもんだなー」と感心したものでした。

 いま世の中では「ユーチューバーになりたい」という若者が多いようですが、率直にいって気が知れません。

 不特定多数に顔と名を知られ、プライバシーの保護やシークレットサービス的なケアがなければ、いつどこでどんな事件に巻き込まれても、何の不思議もない。

 私のような者ですら、かつてテレビレギュラーを持っていた時は、電車の中で視線をしばしば感じましたし、駅のトイレにも行けませんでした。

 大学の観点から再発防止を考える上では、かつて1991年7月11日筑波大学で発生した「悪魔の詩」訳者殺人事件の経緯も踏まえる必要があるでしょう。

 この殺人事件は、明らか被害者個人を狙った犯行と考えられます。

 そして、極めて残念なことですが15年後の2006年に公訴時効が成立し、犯人は完全に逃げおおせてしまいました。

 今回の事件、またこれ以降も、その時と同じ愚を繰り返すべきではありません。

 先ほども記した通り、学内に設置されたと思しい、目撃証言と一致する「黒いジャンパーの男」が「北東の方向に速足で立ち去ってゆく」画像が残っていた(https://news.yahoo.co.jp/articles/d120663e666dc67210d0b195f59b8dc2393f4010)とのことで、今後警察は、市中の監視カメラで同様の人物を探すことになるでしょう。

(翌日には別の監視カメラが北側の門から学外に逃げ去る姿をとらえていた=https://www.yomiuri.co.jp/national/20221130-OYT1T50182/と報じられました)

 しかし、ちょっとでも頭の回る犯人であれば、キャンパス内のトイレでも、あるいは植え込みの陰でもちょっとした着衣の変更だけで、監視カメラの印象を全く変えられます。着替えコンビニエンスストアトイレなどでも可能でしょう。

 AIというのは莫大な量のデータを短時間にスキャン可能ですが、上着を取り換え、ダウンジャケットなどでシルエットを変化させ、カツラの一つも被ってしまえば、画像認識で同一人物と同定するのは格段に困難になってしまう。

 これに対抗するには、現在の技術水準では。きめ細かな防犯カメラのスキャニングで犯人をトレースし続けるしかなく、変装前と後を抑えるデータテイクが求められます。

 ほかならず、襲撃の「その瞬間」もビデオに残っていないことから、もし周到な犯人が計画を立てるなら、学内の監視カメラ所在を網羅し、死角エリアを特定、記録の残らない場所で襲撃ののち、最も監視カメラに映らないルートをあらかじめ複数準備し、変装などでAI追尾をかわす戦術を立てることも不可能ではない。

「そんな手の込んだことを・・・」などと言えないのは、昨今のウクライナ戦争、先週はベラルーシのマケイ外相が「急死」しましたが、死因は謎に包まれているらしいこと(https://japanese.joins.com/JArticle/298185)や、筑波大学「悪魔の詩」殺傷事件を想起すれば、これが全く大げさでないと分かるはずです。

 予防セキュリティの強化に加え、犯罪が発生した場合、いち早くその事実を把握、犯行の模様を記録するレコーダー、カメラネットワークの拡充など、これまたユビキタス的、DX的な対策を進める必要があるでしょう。

 極めて残念なことですが、日本の大学はすでに昭和の「まるごし性善説」的な前提が通用しなくなっています。

 筑波大学の事件も、刃物を用いた犯行で、イスラム教の処刑に準ずる頸動脈の深い切断などと伝えられます。

 もし今日のような監視カメラレコーダーのシステムがあれば、迷宮入りすることはなかった可能性がある。

 以上記してきたように、今回の事件が「通り魔」的な偶発的犯行なのか、あるいはターゲットを狙っての襲撃なのか、いまだ動機も分かりません。それ以前に犯人が捕捉されていません。

「むしろ大学の中を通った方が、街中よりも監視カメラが少なく、犯人は容易に変装も可能で安全に逃亡できる」などといったことがないよう、いまこそ大学の叡智を再発防止に向けて糾合すべきと思います。

 また私の本務校を含め、ほかの大学も他人事と思うべきではないでしょう。

 あらゆる「かもしれない」犯罪被害が想定可能であり、「だろう」セキュリティホールを突かれて、今回のような凶行を許してしまった。

 何にしろ、まずは宮台さんの怪我の平癒を心からお祈りし、また切れ味のよい論芻と快刀乱麻の健筆の一日も早い再開を願ってやみません。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  日本を食い物にする「ブラックフライデー」暗黒経営の現実

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