久々に観る役者・佐藤健の破壊力は凄まじい――。11月24日より配信開始されたNetflixシリーズ『First Love 初恋』(全9話)を観賞している際、筆者の脳裏によぎった想いだ。本作は、宇多田ヒカルの名曲「First Love」「初恋」から生まれたラブストーリー。佐藤と満島ひかりがダブル主演を務め、1998年から20年以上にわたる恋人たちの数奇な運命を切なく描き出す。出演作品の公開・放送が相次いだ2021年から、少し間を置いて提供された今回の佐藤の新作。本稿では、『First Love 初恋』から見て取れる、佐藤の魅力と進化に迫りたい。

【写真】眠る横顔から自衛官の制服姿まで 『First Love 初恋』佐藤健の場面カット

佐藤健への飢餓感を満たす“ハイブリッド”作品

 実は佐藤にとってNetflixオリジナル作品は初。そして、2021年10月に公開された主演映画『護られなかった者たちへ』からは約1年の開きがあった。同年に公開された『るろうに剣心 最終章』2部作は1年後ろ倒しの公開で、『護られなかった者たちへ』もコロナ禍の影響でスケジュールに変動が生じ、かつ『First Love 初恋』も撮影期間が2021年4~9月、12月~2022年3月の計8ヵ月間に及んだというから(しかも当初の撮影からずれ込んだよう)、さまざまなイレギュラーな事態に見舞われた数年間だったのだろう。

 2022年の年初にはスペシャルドラマ『義母と娘のブルース 2022年謹賀新年スペシャル』(TBS系)が放送され、YouTubeやCM、公式LINEに『佐藤健&千鳥ノブよ!この謎を解いてみろ!』(TBS系)といったテレビ番組等々、露出は数多くあったのだが、(スケジュールの変動により)『るろうに剣心 最終章 The Final』『るろうに剣心 最終章 The Beginning』『竜とそばかすの姫』『護られなかった者たちへ』が連続公開された2021年の大活躍もあり、久々感が漂っていた向きはあるのではないか。そしてそのぶん、ファンの間で『First Love 初恋』への期待&飢餓感が募っていたのは確かだろう(少なくとも自分はそうだった)。そういった経緯があってこそ、先の「破壊力」という感想につながったわけだ。

 つまり、全員ではないにせよ――視聴者心理としては「佐藤健を久々に観られる」とウォームアップが十二分に済まされており、自分から「獲りに行く」感覚で観る方も多かったことだろう。そして、その想いはしっかりと報われたのではないか。『First Love 初恋』は、進化し続ける演技力はもちろんのこと、レアと得意分野がミックスされたハイブリッド佐藤健を楽しめるからだ。

■物語の仕掛けを担う佐藤健の秀逸な演技

 彼が本作で演じた晴道(20代半ば~30代:佐藤、10代~20代前半:木戸大聖)は、北海道で暮らす警備員。航空自衛隊のパイロットになるも退官し、現在はセキュリティ会社に勤める身で、とある理由から離ればなれになってしまった初恋相手で恋人の也英(20代半ば~30代:満島ひかり、10代~20代前半:八木莉可子)のことが忘れられないでいる。しかし、彼には恒美(夏帆)という恋人がおり、結婚の話も出ていた。そんなある日、晴道は也英と運命的な再会を果たすのだが…。

 宇多田ヒカルの「First Love」「初恋」にインスパイアされたとおり、本作で描かれるのは“初恋”だ。ただ、ごくごく一般的な「おっ久しぶり!」という再会ではなく、晴道と也英の間には心痛な試練がいくつも畳みかける。しかも「久々に再会した元・恋人は●●だった」という情報が事前に開示されるのではなく、話数を重ね、也英と晴道の過去と現在が交互に描かれるなかで少しずつ明かされていくという仕掛けが施されており、我々視聴者は現代パートの「タクシーを運転する也英を見つけて衝撃を受ける晴道」「呆然とした表情で涙を流す晴道」等の表情から「何かがおかしい。ひょっとして……」と推察していく。要は、佐藤の“反応”の演技が、物語の序盤の核を担っているのだ。

 あえてセリフで語ることなく、登場人物の表情から物語っていく構造となれば、役者に求められる責任は当然増すもの。視聴者も重要な手がかりとして一挙手一投足に目を凝らすわけだが、佐藤の微に入り細を穿(うが)つ繊細な感情表現が大きく貢献している。特に第2話の也英との再会シーンはほぼセリフがないのだが、驚く→喜ぶ→呆然とする、ショックを受けて肩で息をする→作り笑いを浮かべるも耐えきれず涙がこぼれるという佐藤の見事な(それでいて流れるような)芝居によって、作り手の構造的な意図を凌駕する屈指の名場面に仕上がっている。

 元々こちらのシーンは、観る側を「え、なんで? どういうこと!?」と混乱させ、続きを見たくさせるような役割を担ったもの。真相を知ってからもう一度観ると、すべて腑に落ちるという装置でもあるが、どうしても“あざとさ”が出がちなシーンにもかかわらず、佐藤の表現力によって気にならないどころか没入させられてしまうのは、演出サイドからすると嬉しい誤算だったのではないか。役者・佐藤健のひとつの武器として、身体と感情の表現における連結が突出している点――つまり、心の揺れや動きがダイレクトに身体に現れる上手さ、逆に言えば「こういう感情を示すために自在に身体を操作できる」ところがあるが、そのポテンシャルが最大限発揮されたシーンといえるだろう。

■「カッコよさ」×「素朴さ」の融合で新たな魅力

 もう一点興味深いのは、“一般人感”と“ヒロイック”の融合だ。晴道はもともとちょっとばかし不良少年だが一途な男で、学園のマドンナ的な也英と付き合い、必死に努力して航空自衛隊のパイロットになり――というキャラクター。そうした過去を持つ人物を、華のある佐藤に託せば、ある種“属性”盛り盛りのカッコよさが際立つフィクショナルなものに振る選択肢も取れたことだろう。ラブストーリーとの相性も良く、実際『カノジョは嘘を愛しすぎてる』やテレビドラマ『恋はつづくよどこまでも』等はそうした采配が効いており、多くのフォロワーを生み出した。

 本作でも、アクションシーンやコインランドリーで眠る也英を見つめるシーン、警備服や自衛隊の制服を着こなすシーン、ロング丈のアウターを羽織って街を闊歩する初登場シーン等、佐藤のカッコよさを生かしたシーンは要所にちりばめられているのだが、そこに終始しないのが特徴的。これまで彼は映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』やテレビドラマ『とんび』『天皇の料理番』等で実直で純朴な血の通った人物を演じてきたが、『First Love 初恋』の晴道はこれまでに見せてきた「カッコよさ」と「素朴さ」が融合した人物ともいえ、新鮮に映るのではないか。

 しかも『ひとよ』や『ハード・コア』、或いは『何者』『世界から猫が消えたなら』といったような陰の魅力が光るキャラクターとも異なり、基本的には明るい性格だが現在では前に出すぎず、也英や周囲の人物を見守るポジション。也英と過ごす時間ではしゃいだりほほえんだりする自然体の表情、自分の本当の想いを恒美に告げられずに苦悶するさまなど、人間味あふれる姿が馴染んでおり、佐藤の“受け”の演技の上手さも相まって新たな魅力を開花させている。それでいて、前述したように伏線が効いたドラマのキモとなる見せ場のシーンできっちりとオーラを発揮するのだから、観る者は「破壊力がエグい……」となってしまう。

 視聴者が自分を重ねられるような人間的な“隙”をフックにして、ヒロイックなシーンでさらなるギャップを生み出し虜にする――。2面性が光る『るろうに剣心』シリーズを経て、魅せ方の緩急により磨きがかかった印象を受ける。ある種、常時開放型だったオーラを作品全体で封印するのではなく、カッコ悪さや情けなさ等も織り交ぜながらここぞという場面で一気にスパークさせる手法は、次なる佐藤健の進化を予感させる。

 ちなみに、視聴者と“再会”した本作を経たのちは、『恋はつづくよどこまでも』以来約2年ぶりとなるテレビドラマ『100万回 言えばよかった』(TBS系)が2023年1月より放送予定。井上真央・松山ケンイチと共演する本作ではなんと幽霊を演じるそうで、また新たな表情を見せてくれることだろう。(文・SYO

 Netflixシリーズ『First Love 初恋』は配信中。

佐藤健の破壊力を改めて確認 Netflixシリーズ『First Love 初恋』配信中