(井元 康一郎:自動車ジャーナリスト)

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岸田首相「具体的な検討はしていない」のまやかし

 10月26日に行われた政府税制調査会(税調)で浮上したクルマの「走行距離課税(仮称・以下走行税)」。クルマが走った距離を記録し、それに比例して税を徴収するという考え方の新税である。

 走行税が俎上に乗せられたのは今回が初めてではない。2018年にはすでに自民・公明両党による税制改正大綱に自動車課税に関して「保有から利用へ」という文言が盛り込まれており、その段階で走行税の導入に関して啓蒙的な情報発信がなされていた。

 その後、コロナ禍で税制改正どころの騒ぎではない事態が続いたぶん、2023年度の税制改正大綱は政府にとってはリターンマッチのようなもの。鈴木俊一財務大臣は「中長期的な課題」とマイルドに表現しつつ、来年度の大綱に走行税を盛り込む意欲を示した。

 当然世間からは反発が起こる。平均走行距離が長い地方部では、どこを走っても1kmあたりいくらという高速道路料金のような税金を課されてはそれこそ死活問題。長距離走行が常の物流業界も反対の姿勢を見せる。岸田文雄首相は11月25日の衆議院予算委員会で野党の質問に対し「政府として(走行税の)具体的な検討はしていない」と火消しを図った。

 だが、具体的な検討はしていないという文言を「走行税は導入しない」という意味に受け取る人は誰もいないだろう。ついひと月ほど前の10月26日に行われた政府税制調査会では自動車関連の税制にかかわる財務省総務省が導入すべきという資料を提示し、有識者がこぞってその方針にお墨付きを与えるような意見表明を行っていたのだ。

 政治家や官僚にとって「具体的な」という言葉は制度の詳細設計を指すのであって、基本方針のことではない。そんな文言をわざわざ使った時点で導入の方針自体は本決まりと白状しているようなものである。

 なぜ政府や財務省総務省は走行税の導入にかくも前のめりなのか。狙いはたったひとつ、実質増税である。

 財務省総務省は税調の参考資料でクルマ関連の税収が減っていることを指摘、加えて日本の自動車関連の税負担は諸外国に較べて軽いと力説している。エンジン車のように燃料に課税するのが難しいEV(電気自動車)の台数が増えたり、カーシェアの普及で保有台数が減ったりしたら税収減に拍車がかかるというのも走行税導入の大義名分だ。

 一方で、財務省は2018年度の道路関連の支出が自動車関連の税収を超過したとも主張している。全国の道路の新設に加え、老朽化したインフラの更新や補修にお金がかかるから、自動車ユーザーがその分を負担すべしという論法である。

 たしかに政府、行政にとって税収減が大きな問題であることはわかる。社会の変化に合わせて徴税のあり方を変えていく必要があるということも理解はできる。が、今のような論法で走行税への移行を図ろうというのはさすがに言語道断というものだ。

走行税推進派による言語道断な「6つの主張」

 そもそも何が問題なのか。それは自動車から税金を徴収する理由である。

 かつて、自動車税、重量税、燃料関係諸税などは道路建設や維持の原資にするという名目で徴収する「道路特定財源」だった。それが社会福祉、教育等々、使途を問わない一般財源となったのは2009年のこと。徴収する税の総額が道路建設や維持の費用を大幅に上回るという状況が続いていたため、これを一般財源にすれば国や地方公共団体の会計が潤沢になるということで、古くから目を付けられていた。

 道路特定財源の一般財源化を“骨太の方針”に盛り込み、実現に踏み出したのは小泉純一郎内閣。バトン安倍晋三福田康夫麻生太郎の3首相が受け継ぐ形で制度改革を進め、2009年4月に道路特定財源は消滅した。今日では道路は高速自動車国道など一部を除き、一般財源によって建設、維持されている。政府、霞が関、税制調査会の“有識者”の走行税推進論は、そのことをなかったことにするも同然のものだ。

 彼らの主張のうちいくつかの項目をピックアップしつつ考察してみよう。

(1)道路の建設、維持費用が増大しており、2018年度には自動車関連の税収を超過した

 道路特定財源が一般財源化されるとき、本来より高い税率を課す、いわゆる暫定税率が温存され、当時潤沢とされていた税収の余剰分が他の分野に回されることになった。それを呑んだ自動車ユーザーからみれば、“そんなこと知るか”と言いたくなる事象である。

 そもそもここ10年ほど道路建設費が膨らんでいる大きな要因は、三陸沿岸道路(2021年末に総延長360kmが全線開通)、山陰道(建設中)、東北中央道(建設中)、南九州道など、旧来の一般国道を代替する長大な無料自動車専用道路が急ピッチで進められたこと。

 行政はこれを高規格幹線道路などと恩着せがましく呼んでいるが、もともと幹線道路というものは一般道であっても高規格で作るのが当たり前。道路財源が大幅に余っている間、主要国道を片側1車線の低速道路のまま放置してきたツケが回ってきただけである。

 老朽化した一般道の補修や代替新線の建設は今後も続くであろうが、一般道の受益者ははっきり言って国民全員だ。その負担を高速道路と同様に自動車の使用者に走行税という形で押し付けるのは、「すでに巨額の税負担に応じてもらえているのだから、そこから取るのが一番手っ取り早い」という安直な発想としか言いようがない。先に述べたようにすでに自動車関連税は道路特定財源ではないのだから、道路にお金がかかるから利用者が払ってくださいなどという論法は通用しない。

(2)EVやハイブリッドカーは車体が重いから道路をより深刻に損傷させる

 こんなことを言っている有識者は誰なのか、議事録のアップが楽しみなところである。

 現在、クルマの重さによって税額が決まるものとして自動車重量税がある。EVだろうが普通のクルマだろうが、1トンは1トン、2トンは2トン。EVになると突然1台あたりの年間走行距離が増えるわけではない。それどころか今後10年の充電やバッテリーに関する技術開発のロードマップを見るかぎり、エンジン車より減る可能性のほうがはるかに高い。

 それでもEVが増えればトータルで道路に負担がかかるという見方もあるにはある。道路工学の世界では重量の4乗則という仮説がある。重量2トンのクルマの道路の影響は1トンのクルマの2倍ではなく16倍になるというものだ。

 実はこの考え方には学術的にも異論も出ているのだが、仮にそれが正しいとして負担に正比例した課税を行おうとすると、1トンのクルマは重量税1万円、2トンのクルマは16万円、総重量25トンのトラックは1億5625万円ということになる。

 もちろんそんな話は現実的ではないが、はっきり言えるのは1トンのクルマと2トンのクルマが道路に与える負荷の差など、重量車との差に比べたら誤差の範囲でしかないということだ。しかもEVにしたら車重が2倍になるようなこともない。増えたとしてせいぜい300kg程度。ハイブリッドなら重量差はもっと小さい。そんなものをネタに走行税導入を訴えるとは、よく有識者などと言えたものである。

(3)EVは燃料税をかけることができないから走行距離で課税する

 EVへの使用過程での課税法として走行距離を基準とするというのは、走行税導入論議の中では一番マシな理屈である。現時点ではEVは走行に関しては無税。いくら燃料税が道路特定財源ではないとはいっても、エンジン車に乗る人から見ればフリーライドで公平性がない。

 だが、そこでも走行税方式は良いやり方とは到底言えない。最大の理由は1kmあたりの従量課税だとEVの改良の焦点となっている省エネルギー性能に対するインセンティブがまったくないということだ。

 筆者は複数車種のEV、PHEVプラグインハイブリッドカー)で長距離ロードテストを行ったことがあるが、その経験に照らし合わせると、通常のエンジン車の燃費がモデルによって千差万別であるのと同様にEVの電力消費率もかなりの違いがある。欧州はそれらをすべてゼロカウントとして計算しているが、そういうまやかしは早晩通用しなくなる。

 そこであらためてクローズアップされるのが高効率化を果たす技術開発競争なのだが、走行税方式だとその動機付けがどうしても弱くなる。燃料税も走った分だけ税金を払わなければならないわけだが、課税が燃料1リットルあたりいくらという方式であるため、実際に走った場合の燃費が良くなればなるほど納税額が少なくて済む。

 走行税方式でも電力消費率に応じて課税額を何段階かに分けることでメリハリをつけることは可能だが、ユーザーがどう走ろうが課税額に影響しないとなると、自動車メーカーはカタログ燃費さえ確定すればあとはどうでもいいという姿勢が強くなり、ユーザーの省エネルギー意識も弱くなる。

 そのことを考えると、EVへの課税は走行税方式ではなく、クルマの電力消費を直接ロガーに記録し、インターネットを介して管理できるスマートメーター方式にしたほうが断然いい。スマートメーターならクルマの電力を住宅に供給する分と走行に使った分を別々にカウントすることも簡単。日本政府はDX先進国を目指しているというが、それならこの程度の初歩的なIoTくらい出来て当たり前だ。

(4)カーシェアリングが増えれば保有台数が減り、自動車税の徴収額が減る

 これまた勝手なことを言うなとしか言いようのない理屈だが、現状ではまだカーシェアがどの程度普及するかどうかもわからない段階。とにかく走行税を導入することの正当性を主張するためにカーシェアを持ち出したという感がきわめて強い。

 1台あたりからなるべく多く取ってやれという実質増税の魂胆がミエミエな部分である。もしカーシェアが問題であるなら、カーシェアにだけ走行税をかければ済む話のはずだ。

(5)日本の自動車への課税額は世界的に見て低水準である

 これも実質増税の意図が明らかになる文言にほかならないが、問題は本当に自動車への課税額は他国と比較して低いのかだ。総務省が出した資料によれば、たしかに課税額はアメリカを例外とすれば日本は非常に安いということになっている。が、そこにはカラクリがある。

 税額の比較を排気量2リットル、燃費16.4km/L(1kmあたりのCO2排出量に換算すると144g)、車両重量1.49トンのガソリン車という条件で行っているが、これはCO2課税が高額になる欧州に不利、低額な日本に有利という違いが最も顕著に出る条件で、これをもって日本の課税額が安いというのはいくら何でもご都合主義というものだろう。

 日本の課税額が欧州諸国と比較してたしかに安いと言えるのは燃料課税。日本のガソリン税は高いとよく言われるが、欧州では日本よりはるかに高額である。

 だが、ここにもカラクリがある。海外は高速道路も一部を利用者に負担させながらも、基本的には一般財源で建設、維持している。日本のように受益者負担の名のもとに建設、維持、償還までを全部通行料でまかなうなどというスキームではない。

 ウクライナ紛争で燃料単価が世界的に爆騰している中、欧州人の知人ジャーナリストが筆者に「日本はガソリン価格が安い」と指摘してきた。筆者は「高速道路を走る場合、その料金を合算すると燃費リッター20kmで走った場合でもガソリン1リットルあたり700円くらい払っている計算になる」と返答すると、文字通り絶句していた。

 海外では高速道路が有料な場合も10日で10ユーロ(約1430円)など非常に低廉であるうえ、最高速度90~110km/hと日本の高速道路と同等のスピードで走れる無料の自動車専用道路が幅広く整備されており、クルマでの移動速度は日本の比ではない。欧州の高額な燃料課税にはそういうものがすべて含まれているのであって、それを日本との直接比較に含めるのはミスリードというものだろう。

(6)走行税はすでに欧州の商用車含め、世界的に導入事例がある

 世界の中で走行税が導入されている代表事例といえば欧州の物流だが、これは明確な理由がある。

 欧州では国境を超えて品物が運ばれるのが日常茶飯事で、たとえばオーストリアハンガリーの国境ではさらに隣国のルーマニアナンバーのトラックがチェックポイントに長い行列を作っている。国ごとの道路整備状況によってその大型トラックの通過によって発生する補修費に大差が生じるため、商用車に走行税を課しているだけだ。日本政府が考えているような税収減を補うためのものではないのである。一部の事実を切り取ってあたかも走行税が将来課税のありようとして正当と主張するのは姑息にすぎる。

いい加減で傍若無人な課税ポリシーを阻止できるか

 ここに挙げた政府や省庁の主張はごく一部だが、このほかの主張も似たり寄ったり。とにかく走行税を導入するためだったら何でも言うという印象である。

 だが、先にも述べたように自動車関連の税はすでに道路目的税ではなく一般財源なのだから、走行税の時だけ道路交通インフラを人質に取るようなやり方は断じて許してはならない。これは自動車関連の話だが、こんな話のすり替えを国民が是認してしまえば、ほかの分野でも似たような手法で増税を仕掛け、なし崩しにそれを実現させようとしてくることだろう。

 もちろんこれは課税される側の国民感情であって、政府、行政のほうも言いたいことはあるだろう。それに聞く耳を持ってほしければ、こんな子供を誤魔化すような話を持ち出すのではなく、歳入不足を何とかするためにはどういうグランドビジョンを描くべきかを直球で訴えるべきだろう。

 もっとも、これまで政府、行政がそんな真っ正直な態度を示したことはないので、これからも走行税導入に関してさまざまな仕掛けを行ってくることが予想される。たとえばEVだけ、カーシェアだけ、あるいは物流を担う商用車は税負担を軽くする等々の案を掲げての分断策だ。

 彼らのホンネがクルマの需要減や燃費向上による燃料消費量の減少に伴う税収減をカバーするというところにある以上、走行税がEVだけ、カーシェアだけという限定的なものにならず、いずれ道路交通全体に及ぶものになることは確実。そんな“各個撃破”で外堀を埋めることを了承した日には、必ずや国民全体が丸裸にされてしまうだろう。

 岸田総理が「具体的な検討はしていない」と暗に“導入宣言”を行った今は、かくもいい加減で傍若無人な課税ポリシーを阻止できるかどうか、戦いの最後の局面にあると見るべきである。

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クルマが走った距離に応じて税を徴収する「走行距離課税」導入が検討されている(写真:つのだよしお/アフロ)