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 先日、世界の人口は80億人を突破した。生物進化の歴史という視点で見れば、私たちホモ・サピエンスはほんの数秒のうちにここまで増加したようなものだ。

 もしもまた別の人類であるネアンデルタール人が私たちの祖先との戦いに勝っていたら、世界はどうなっていたのだろうか? 今とは違う世界線では、今頃80億人のネアンデルタール人が地球を支配していたのだろうか?

 ニューヨーク大学の考古学者、ペニー・スピキンズ教授によると、どうもその可能性は低いようだ。

 今日の人口爆発は、他者との交流を好み、資源・技術・知識を共有しあったホモ・サピエンスだからこそ起きた現象だと考えられるのだという。

【画像】 見知らぬ相手に警戒心の強いネアンデルタール人

 スピキンズ教授によると人類が誕生してからの100万年のうち99%は、他の人間と出会うことはほとんどなかったという。

 例えばネアンデルタール人の人口は、どの時点でも1万人ほどだった。ネアンデルタール人1人が住んでいた場所に、現在では80万人の人間が住んでいるくらい、人口密度が低かった。

 また人間は社会集団で生活するため、ある集団から一番近くの集団ですら100キロ以上離れていたと考えられる。

 こうした人口密度や距離を考えれば、当時の人々がよそ者と出会うことはそう簡単ではなかったはずなのだ。

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 しかもネアンデルタール人が家族集団から離れることはあまりなく、見知らぬ相手に対しては警戒心が強かった。

 そのため、もしネアンデルタール人がホモ・サピエンスに勝っていたら、人口密度は今よりはるかに低くなっていただろうと考えられるのだ。

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過去1万2000年間の世界人口の推移(HYDEと国連の推定に基づく)。紀元前1万年頃、400万人だった人類は80億人を突破した / image credit:Max Roser, CC BY-SA

コミュ力の高いホモ・サピエンスだからこそ人口が増えた

 一方、ホモ・サピエンスにはネアンデルタール人にない特徴がある。スピキンズ教授よると、私たちは遺伝的・解剖学的に、家畜化された動物に似ているのだという。

 たとえば、群れで飼育される家畜の牛は、野生の祖先に比べて、狭い空間で密集してもストレスを感じにくい。私たちにもそうした傾向があるし、よそ者に対しても比較的寛容だ。

 ホモ・サピエンスのこうした特徴は、よそ者と交流することで、遺伝子を多様化する役に立った。

 それは病気の予防にもつながる。たとえば、スペインのエル・シドロンで暮らしていたネアンデルタール人の場合、わずか13人から17の遺伝的奇形が見つかっている。このような突然変異は、後期のホモ・サピエンスには事実上存在しない。

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 一方、人口が多ければ、それだけ病気も広がりやすくなる。

 ネアンデルタール人は現代人より短命だったかもしれないが、より孤立して生きただろうことから、ホモ・サピエンスなら多くの犠牲者が出ただろう感染症から守られたかもしれない。

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遺伝的・解剖学的に、ホモ・サピエンス(左上)はネアンデルタール人(右上)に比べ家畜化された動物に近い。左下は家畜化されたイヌ、右下は野性のオオカミ/ image credit:Theofanopoulou C PLoS ONE 12(10): e0185306, CC BY

ホモ・サピエンスの交流ネットワーク

 ホモ・サピエンスは、それ以前の人類に比べ、繁殖率が10~20%高かった可能性がある。

 食べるものが十分にあれば、人口はどんどん増えていく。それを支えたのは、私たちのコミュ力、社交好きな傾向かもしれない。

 スピキンズ教授によると、ホモ・サピエンスの遺伝的な社交好きは、20万年前に形作られたという。その時代以降、道具を作る材料がより広範囲に移動するようになるのだ。

 さらに時代が下り今から10万年前になると、新しい狩猟用道具や貝で作ったビーズのような装飾品を運ぶネットワークが形成された。

 こうしたネットワークを通じて、物だけでなくアイデアも共有された。人々が季節ごとに集まって、儀式や社交を行うこともあった。食料が不足したときに助け合える仲間グループまでいた。

 ペットを飼っている人ならすぐ共感できるように、私たちホモ・サピエンスは人間以外とも心を通わせる。ネアンデルタール人が勝利した世界線では、動物を家畜化して絆を育んだりはしなかったかもしれない。

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photo by iStock

他者との交流がホモ・サピエンスを絶滅から守った

 地球の歴史を振り返れば、動植物の急減や気候の激変など、ひんぱんに環境が変わっていることがわかる。ホモ・サピエンスの人付き合いは、こうした環境の変化を生き延びるうえで重要だったと考えられる。

 グループ同士で資源やアイデアを共有することで、ホモ・サピエンスはより優れた技術を伝え、危機の際には食料を分け合うなど助け合うこともできた。

 2万年前の最終氷期、ヨーロッパの気温は現在より8~10℃低く、ドイツの気温は現在のシベリア北部を思わせるものだった。ヨーロッパ北部にいたっては、その大部分が1年のうち6~9カ月氷におおわれる寒さだ。

 ホモ・サピエンスがこうした気候の変化や危険な状況に適応できたのは、もしもの時にネットワークに頼ることができたことと関係があると、スピキンズ教授は説明する。

 効率的に狩りができる投げ槍、体にフィットし保温性の高い衣服を作れる細い針、食料の保存法、家畜化したオオカミによる狩猟など、さまざまな発明が社会的なつながりを介して広められた。

 またホモ・サピエンスは、初期の人類よりも鹿や魚などの生態を上手に理解し、乱獲に気をつけていたようだ。たとえば、カナダのある地域では、サケ釣りでオスしか狙わなかった。

 だが、こうした生態がわかりにくい動物もいる。

 マンモスは広大な土地を歩きまわるゆえに、当時の人間にはその生態を理解することが難しく、乱獲により絶滅してしまった(なおマンモスの絶滅原因にはついては諸説ある)。

 フランスルフィニャック洞窟では、マンモスが消えた時代に描かれた壁画がいくつも発見されており、当時の人々がそれを嘆いていたらしいことがうかがえる。

 だが人口が少ないネアンデルタール人だけなら、マンモスは生き残っていたかもしれない。

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フランスルフィニャック洞窟で発見されたマンモスの壁画/ / image credit:WIKI commons

ホモサピエンスの社交性の代償

 集団で暮らし、人付き合いが好きなホモ・サピエンスは、やがて80億人を超えるほど繁栄するにいたった。だが、それには代償もある。

 私たちが発展すればするほど、地球に与える負荷は大きくなった。集約型の農業は土から栄養を奪い、乱獲で海の生態系が乱れ、温室効果ガスによって異常気象が増加している。

 もしもネアンデルタール人が勝っていれば、このような事態にはならなかったかもしれない。

 スピキンズ教授は、「はっきりと見える自然破壊の証拠を目にすることで、やがて私たちの意識が変わると期待したい」と述べている。

 私たちはこれまでも、必要に応じて速やかに変化し、環境に上手に適応してきたのだ。

References:8 billion people: how different the world would look if Neanderthals had prevailed / written by hiroching / edited by / parumo

 
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もしネアンデルタール人が生き残っていたら、世界はどのようになっていただろうか?