交通事故の被害者救済を目的とする「自賠責保険」の制度が始まって70年近く経ちます。しかし、最近、自賠責保険の存在が足かせとなってドライバーと交通事故被害者の双方を苦しめているという指摘があります。また、交通事故が減少傾向にあるにもかかわらず自賠責保険料の値上げが決まっており、その原因となった国側の事情が批判を浴びています。本記事では、自賠責保険が抱える問題点について解説します。

自賠責保険とは?補償内容と「任意保険」との違い

自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)は、交通事故のうち「人身事故」への備えとして、強制的に加入することになっている自動車保険です。「強制保険」と呼ばれることもあります。

人身事故で相手方が亡くなった場合やケガを負った場合、損害賠償責任を問われることになります。その場合に、損害賠償金等をカバーするものです。

支払限度額は、被害者1名につき、傷害の場合は120万円、後遺障害が残った場合は4,000万円、死亡の場合は3,000万円と定められています(【図表1】)。

すなわち、自賠責保険がカバーしてくれるのは、あくまでも「人身事故」で「相手方の生命・身体」を侵害した場合のみで、しかも「一定額まで」だけです。

これに対し、任意保険とは、自賠責保険でカバーしきれない部分を補償するものです。

任意保険の基本補償は人身事故を対象とする「対人賠償保険」と物損事故を対象とする「対物賠償保険」であり、いずれも賠償金等を無制限でカバーしてくれます。

しかも、特約(人身傷害保険・搭乗者傷害保険)を付ければ、自分や同乗者が死傷した場合にお金を受け取れます。

そのうえ、自車が事故で損傷した場合や盗難被害に遭った場合に損害額をカバーしてくれる「車両保険」や、交通事故以外で日常生活のなかで他人にケガをさせたりモノを壊したりして損害賠償を負った場合の「個人賠償責任保険」を付けることもできます。

自賠責保険では足りない!損害額は「億単位」もザラ

以上からわかるのは、自賠責保険は、自動車事故で発生しうる損害のごく一部しかカバーしていないということです。しかし、実際の賠償事例をみると、自賠責保険では到底まかないきれないということは明らかです。以下、人身事故と物損事故のそれぞれについてデータを紹介しながら説明します。

人身事故|相手が「ふつうの人」でも損害額は軽く4億円に達する

人身事故の場合、加害者が支払わなければならない損害賠償金に含まれるのは、治療費等の他に、被害者ないし家族・遺族の「慰謝料」と、被害者が働けなくなったことによってお金を稼げなくなった「逸失利益」の損害(消極損害)が対象となります。

交通事故における逸失利益は、実務上、以下の計算式によって算出します。なお、法定利率年3%を考慮します。

収入金額(基礎収入)×労働能力喪失率×ライプニッツ係数

本記事では計算式の詳細には立ち入りませんが、この式における重要な考慮要素は以下の2つです。

・被害者の年収

・被害者の年齢(残りの働けるはずだった期間)

他の条件が同一であれば、被害者の年齢が低いほど逸失利益が大きくなります。また、被害者の年収が高いほど逸失利益が大きくなります。

以上の説明を念頭に、過去の裁判における認定損害額のデータをご覧ください(【図表2】)。最も少ない「21歳男性・大学生(後遺障害)」でも4億円近い額となっています。また、最も年齢が高い「58歳女性・専門学校教諭(死亡)」でも約4.4億円に達しているのです。

年齢、職業別を問わず、賠償額が当たり前に億単位に達してしまう可能性があるということです。自賠責保険だけでは到底足りないのは明らかなのです。

◆物損事故|損害が億単位に達することも

次に、物損事故について解説します。

加害者が負う損害賠償責任の対象には、事故によって損傷したモノ自体の損害はもちろん、被害者がそのモノが使えなくなったことによって被った損害(消極損害)も含まれます。

たとえば、自動車で店舗に突っ込んで店舗の建物、機械設備、商品等を損傷した場合、それらを弁償しなければならないのはもちろん、営業できなくなった期間の逸失利益まで弁償しなければならないということです。

物損事故についても、過去の裁判における認定損害額のデータをご覧ください。場合によっては億単位となることがあります。

自賠責保険はそもそも物損事故が対象外なので、任意保険に加入していないと、損害が1円たりともカバーされないことになります。

任意保険がないとドライバーも被害者も地獄をみる

このように、交通事故においては、人身事故、物損事故、いずれにおいても、損害賠償の額が億単位になることは稀ではありません。したがって、もしも任意保険に加入していないと、ドライバー自身も被害者も地獄をみることになります。

すなわち、加害者は到底支払いきれない莫大な額の損害賠償債務を抱えることになります。また、被害者は賠償金を受け取ることができず、経済的に困窮し、泣き寝入りしなければならなくなる可能性があります。

「4人に1人」が任意保険未加入の実態!

ところが、統計によると、ほぼ4人に1人が任意保険に加入していないという実態があります。

すなわち、統計によれば、2021年3月末時点で、日本全国でみた「対人賠償保険」「対物賠償保険」の加入率は、「対人賠償保険」が75.1%、「対物賠償保険」が75.2%となっています(損害保険料算出機構「2021年度 自動車保険の概況」参照)。

これはきわめて危険な状態です。任意保険に加入していない人のなかには、事故を起こした際に支払うことになる損害賠償金額が億単位に達する可能性があるという認識が乏しいまま、「自賠責保険に加入しているから大丈夫」「任意保険の保険料がもったいない」と安易に考えているケースが相当多いと推察されます。

自賠責保険が被害者救済の「足かせ」に!

以上、まとめると、自賠責保険は、交通事故による損害の一部しかカバーしておらず、しかも、任意保険(対人賠償保険、対物賠償保険)の加入率が約75%程度にとどまっています。

こうなると、現行の自賠責保険の制度は、被害者の救済にとって中途半端であり、むしろ被害者の救済にとって足かせになっているのではないかという指摘が考えられます。

しかも、最近、自賠責保険の保険料の運用益を財務省が一般会計に流用し、返済されていないという問題が指摘されています。しかも、そのせいで、交通事故が減少傾向にあるにもかかわらず、2023年から自賠責保険の保険料が値上げになることが決まっています(詳しくは2022年11月18日の記事「『また搾取か!』自動車ユーザーの悲鳴…『自賠責保険料値上げ』で財務省の失態を国民に転嫁する理不尽」をご覧ください)。

これでは、はたして、自賠責保険がなんのための、誰のための制度なのか、ということになります。

自賠責保険の制度ができたのはまだ自動車が今日ほど普及するに至っていない1955年です。ところが、自賠責保険の基本的な枠組みは67年間変わっていません。「被害者救済」という基本理念に立ち返り、自賠責保険のあり方を根本的に見直すタイミングがきているといえます。

(※画像はイメージです/PIXTA)