芝棟―屋根の花園を訪ねて
『芝棟―屋根の花園を訪ねて』(八坂書房)著者:亘理 俊次

民家の屋根に生える植物の効能と風情

日本の民家には世界にもまれな奇妙な造りがある。それが、この本のテーマの芝棟(しばむね)。

“しばむね”と言ったって聞いたこともないと思うが、ようするに芝を草葺(ぶき)屋根の棟(むね)(テッペン)の上に生やすのである。屋根にペンペン草が生える、という形容は家が落ちぶれはてたことを意味するが、日本の民家にはなぜか好んで屋根に雑草を生やす習いがあった。

僕がはじめて目にしたのは二十年も前の東北地方で、その時は管理不十分から茅葺(かやぶき)屋根に草が生えたとまず思ったが、それにしてはテッペンだけに一文字に生え整っているのはおかしい。明らかに人為的だ。そこで民家の研究者に聞くと、昔は、各地で広く行われ、茅葺屋根の最大の弱点である棟(下から葺き上げていった茅がぶつかり、割れ目が入る)を芝草の根の張りで固め、雨が通らず、かつ風で吹きとばされないようにする工夫だという。具体的には、野芝を山から剝いできて根を外にして二つに折り重ね、茅の上に置いておくと、上の重ねがカバーになって下の芝を守り、やがて根が張り新芽が出るらしい。

なんとも由緒不明、愉快千万な工夫なので誰か本でも出していないかと思い探したが、これをテーマにした本は一冊もなかった。民家の本の中ではたいてい触れられているが正面から取り組んだ人はいない。文献がそうあるとも思えないし、分布を調べるにも足が頼りでたいへんだし、だいいち、重要なテーマにするにはあまりに事態が単純すぎる。とにかく屋根の上に草が生えてるだけなのだから。

そうこうするうち、東北地方でもほとんど見かけなくなった。このまま本も無いまま終わるのかと思っていた矢先、植物学者の亘理俊次氏のその名も『芝棟』(八坂書房)が刊行された。最初で最後の一冊ということになろう。どんなテーマであれこの世に一冊は貴重である。

僕の見たのは芝だけだが、芝以外にもいろんな草花が屋根のテッペンをめざすらしい。スズランヨモギ、アヤメ、キキョウ、時にはカラマツやアカマツ、なぜかアスパラガスも。しかしやはり乾燥に強い種類でないとだめで、日照りの夏には、「芝草の棟は、どこもかしこも、七月の末にはすでに枯色を帯びて、索漠たる光景であった。ヤブカンゾウの棟も黄ばみ始めて……葉はすっかり枯れて、残りの蕾は開かぬままに萎み、混生していたヨモギ、アレチマツヨイグサなどの立ち枯れた姿があった。どうやら緑を保っていたのは、アマドコロにニラ、そしてその間から立ち上がって花を咲かせていたのはオニユリ、コオニユリ、キキョウなどであった。地下に逞しい根茎や肥大した根を持つ植物の強さをはっきり示していた」

植物写真家でもある著者の見事な写真を眺めていると、チョンマゲのように草花を頭に乗せた住まいがかつて日本に広くあり、今もわずかながら残っているのがとてもうれしく思われてくる。

【この書評が収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る
『建築探偵、本を伐る』(晶文社)著者:藤森 照信


【書き手】
藤森 照信
建築史家。建築家東京大学名誉教授。工学院大学教授。1946年長野県生れ。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。1983年、『明治の東京計画』(岩波書店)で毎日出版文化賞受賞。1986年、赤瀬川原平、南伸坊らと路上観察学会を発足。1991年〈神長官守矢史料館〉で建築家デビュー1997年〈ニラハウス〉で日本芸術大賞、2001年熊本県立農業大学校学生寮〉で日本建築学会作品賞を受賞。著書に『日本の近代建築』(岩波新書)、『フジモリ式建築入門』(ちくまプリマー新書)、『藤森照信建築』(TOTO出版)など多数。

【初出メディア
週刊朝日 1991年12月20日

【書誌情報】

芝棟―屋根の花園を訪ねて

著者:亘理 俊次
出版社:八坂書房
装丁:単行本(302ページ)
発売日:1991-12-01
ISBN-10:489694612X
ISBN-13:978-4896946123
芝棟―屋根の花園を訪ねて / 亘理 俊次
民家の屋根に生える植物の効能と風情