身近な女性が学校や仕事を「生理痛で休みたい」と言った時、あなたはどう思うだろうか。「大変だな」といういたわりの気持ちか、「何を大げさな」とあきれる気持ちか、その両方ということもあるだろう。しかし確かなのは、たとえ女性同士であってもその痛みは本人にしか分からないことだ。まして男性には、生理痛の痛みがどういったものなのかを想像することすら難しい。

 記者は男性だが、妻がつらそうにしている様子を見ると「きっと大変なのだろう」とは思いつつも、食あたりみたいな感じなのだろうか、と実感の湧かない想像しかできずにいた。

 そんな時、誰でも生理痛を体験できる装置があるという情報が飛び込んできた。「いい機会だから体験してきなさい」と妻に背中を押され、単身奈良へ向かった。

 そこで待っていたのは、想像をはるかに超える“痛み”だった――。

その名も「月経痛体験装置」が記者を待っていた

 JR奈良駅から降りて、奈良の街を車で10分ほど走ると奈良女子大学が見えてくる。前身の奈良女子高等師範学校から数えると創設100年以上の伝統あるキャンパス。学生が通う研究棟の一室で、その名も「月経痛体験装置」が記者を待っていた。

「この装置は2019年に開催された『国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト』というVRの大会に出す作品として制作しました。2018年に企画を提案した際は書類選考であっけなく落とされてしまい、『自分たちだからこそ作れる作品はなんだろう』と反省したんです。そこで、工学系の大会で参加者に男子学生が多かったので、女性ならではのテーマが良いのでは、と生理痛を体験できる装置を思いつきました」

 こう語るのは「月経痛体験装置」の開発者の1人である麻田千尋さん。麻田さんは既に同大学院を卒業して県外に住んでいるため、オンラインでの取材となった。実際に体験の準備や装置を操作してくれたのは奈良女子大学研究院工学系の佐藤克成准教授である。

 装置を体験する前に、同意書へのサインが求められた。「電気刺激の強さで少しでも耐えられなくなったら迅速にスタッフに報告してください」「参加者に疲労や体調不良、身体的侵害が生じたときには、体験を中断します」といった文言が見られる。痛みを伴う装置なので当然の配慮なのだろうが、これから経験するであろう痛みが生半可なものではないという予告にも思え、にわかに緊張が増す。

 サインが完了すると、装置を体に付ける準備が始まる。電流が流れるシートを張るため、臍を挟んだ左右の腹筋あたりをアルコールシートで拭き取る。苦手な健康診断の採血を連想する感覚に、思わず全身が力んでしまう。シップのような長方形のシートを貼り付けると準備は完了だ。

「80%の出力の痛みが私ともう1人の『普段の痛みと同程度くらい』」

 シートから伸びた2本のコードは装置の本体らしき基板まで延び、そこからさらに10本ほどのコードノートパソコンなどと接続されている。何がどうなっているのか文系の記者には構造が全く理解できない。ただ、仕組みについては「クリスティアーノ・ロナウドが広告塔になっているSIXPADを想像してもらえば大きく間違っていない」と佐藤准教授は話す。つまり、シートに電流を流すことで腹筋を収縮させ、痛みを再現するという仕組みだという。

 この装置は個人に合わせて出力を細かく調整でき、普段は最大出力の40%、60%、80%、そして100%と4段階で痛みを再現している。ちなみにVRコンテストなどの展示体験では80%までしか出力しない。試験的に100%の出力を体験した佐藤准教授曰く、「二度と体験したくない」痛みだそうだ。

 自身の月経痛の痛みを想定してこの装置を作った麻田さんは、装置の設定についてこう話す。

「80%の出力の痛みが、私ともう1人の開発者が『普段の痛みと同程度くらい』と感じたレベルになります。当初は現在の装置でいう80%の単一出力だったのですが、様々な女性に体験してもらう中で『私はいつももっと痛いんですけど』『私はこんなに痛くない』というフィードバックが多く寄せられました。そこで痛みの幅を再現するために試行錯誤を経て、現在のような4段階の痛みを体験できるようにしたんです」

 まずは痛みのレベルが低い40%から体験を始めることにした。「それでは始めますね」と佐藤准教授が装置が接続されたパソコンを操作すると、数秒後に記者の腹筋に異変が現れた。

 感じたのは、激しい腹筋トレーニングをした後の筋肉痛のように腹部全体が強張り、ひりつくような痛みだった。まだ耐えられる程度の刺激ではあるが、思わず顔をしかめずにはいられない。何か見えない手で腹部をわしづかみにされているような感覚だ。電気刺激は数回にわたって断続的に発生し、十数秒後に体験は終了した。

 一番低い出力ゆえか、キツめの筋肉痛と考えれば数十秒ならば耐えられないわけではない。しかし、これが数日にわたって続くことを想像するとかなり憂鬱な気分になる。

「本当の生理痛は子宮の収縮なので、この装置が刺激している場所よりも内側に痛みを感じます。50人くらいの女性に体験していただいた時の反応をまとめると、電気刺激による生理痛は実際の生理痛と比較して、50%くらい(部分的に再現できている)の再現率だと考えています」(麻田さん)

 続いて60%の出力の体験だ。先ほどと同じように腹筋の強張る感覚から始まり、今度は不快感というよりも明確に「痛み」が記者を襲った。食あたりなどの腹痛は腹部の一部に刺すような痛みが走るが、それとは全く別物である。腹筋全体がまるで塊となって記者を苦しめているようだった。

 出力60%が終わった時、まだこの上に出力が2段階がある事に記者は恐怖を抱いていた。すでに相当の痛みである。何とか直立の体勢を保つことはできたが、正直な心境として、これ以上の負荷に耐えられるか不安を感じていた。

出力限界で「全然痛くない。普段はもっと痛い」と言う人も

 これを何度も体験しながら微調整した制作者への敬意とともに、実験に参加した女性たちの献身にも驚きを感じた。ただ麻田さんは、装置の刺激に対する反応は人それぞれだったと振り返る。

「想像以上に、人によって痛みに対する反応が違うのには驚きました。40%で限界だという人もいたし、100%でも平気な顔をしている人もいました。私が限界まで出力を上げても、『全然痛くない。普段はもっと痛い』とケロッとしている人を見た時は絶句しましたね……。女性には普段の生理痛と比較してもらったのですが、あまりにも結果がバラついていて、この装置の痛みが平均よりも痛いのかどうかも断定できないんです。『生理痛の重さは人によって違う』というのは知識として知ってはいたのですが、ここまで個人差があるとは想定外でした」

 さあ、いよいよ出力80%の体験だ。佐藤准教授がパソコンを操作し、80%の月経痛体験が始まる。やがて腹部が強張るような違和感とともにゆっくりと刺激が強くなる。意外と大したことないのかもしれない、と思った直後だった。記者の口からうめき声とも悲鳴ともつかないくぐもった音が漏れた。

「痛い」という言葉すら発することができない。痛みをこらえるために歯を食いしばり、のけぞったり、腹部を抱え込むような姿勢で必死に耐える。腹部を四方から万力でギリギリと押しつぶされているような感覚だ。1回目の痛みの波が収まると、すぐに第2波が襲ってくる。耐えるものの、これがあと何回か続くのかと思うと絶望的な気持ちになる。写真を見返すと、自分でも見たことがない苦悶の表情をしている。

 実際の体験は10秒ちょっとの短い時間だったのだろう。しかし、記者にとっては永遠に感じられるような長さであった。この痛みが数日にわたって腹部にとどまり、しかも毎月それを経験している女性たちは何とタフなのだろうかと思わずにはいられなかった。

「当初の目的は、女性同士の相互理解を深めることでした」

 これは世の男性が生理への理解を深めるいい機会になるのではないか。そう麻田さんに伝えると、開発当初は男性が体験することを目的としていなかったという。

「確かに、男性が生理について知ろうとする今の風潮は良いことだと思います。ただこの装置を作った当初の目的は、女性同士の相互理解を深めることでした。というのも、女性は自分の生理があるのでどうしても他人の生理痛の辛さを、自分を基準にして考えてしまいがちです。しかし女性同士でも生理痛で休みたいのに理解してもらえないことがあるという体験談などを知って、痛みを言語化・数値化できないゆえの理解の難しさを感じてしまいます。

 この装置を体験した女性の中には『こんなに痛い思いをしていたの?』と驚く方もいて、他の人の痛みを想像する指針になったのではないかと思っています。私自身も被験者の方と『私の生理はお腹の痛みと吐き気があって』といった話をしていく中で、本当に人それぞれの生理があることを知ることができました」

 装置の体験を通すことで自他の痛みの差を理解し、他人の痛みを思いやることができる。それならより多くの人が体験するのが理想なのではないか、そう問いかけると麻田さんは「無理強いはしたくないですね」と苦笑いする。

「以前、装置のことを知った女性に『私も経験しなきゃいけないんですけどね』と言われたことがあるのですが、生理について『知らなきゃいけない』と強制する社会にはなって欲しくないんです。何よりこの装置は痛みを伴うので、強制すると拷問器具になってしまいます。それでも最近は生理について分かりやすく解説した漫画や記事も増えていて、数年前よりも生理を理解するハードルは下がっていて、その中でもっと生理を知りたいと考えた人の選択肢の1つになればいいなと思います」

「ここ数年で風潮が変わってきたように感じます」

 長らく、日本の性教育の中では生理はタブーに近い扱いをされてきた。記者の学生時代は、保健体育の時間に女子生徒だけが集められて生理の授業を受けていた記憶がある。麻田さんも生理を語ることを避ける空気を感じていたが、ここ最近は変化を感じているという。

「この装置の開発期間には、『生理ちゃん』という生理を扱った漫画が炎上したことがあったり、まだ生理を公に扱う事への風当たりが強いと感じていました。それが、ここ数年で生理を理解しようという風潮に変わってきたように感じます。生理で我慢していた人が上司に相談しやすくなって、痛みを無理して我慢せずに休める社会になってほしいですね。この装置もそのきっかけづくりになることを願っています」

 この日は、80%の時の反応に鑑みて、出力100%での体験は中止することになった。ほっとしなかったと言えば嘘になるが、それを毎月味わっている人がいるということは決して忘れないようにしようと改めて感じた。

 折しも、より多くの体験希望に応えるため商品化を進めているという。「痛み」という個人的な体験をある程度再現し、共感の手助けをする。道徳の授業の絵空事と思われていた未来が、もしかしたらすぐ近くまで来ているのかもしれない。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

生理痛を体験する「月経痛体験装置」のパッド部分 ©文藝春秋 撮影・山元茂樹