「日本はだいぶマシ」と、イギリスの深刻なエネルギー価格高騰について語るジャスティン・マッカリー記者
「日本はだいぶマシ」と、イギリスの深刻なエネルギー価格高騰について語るジャスティン・マッカリー記者

少し落ち着き始めたかに見える「急激な円安」。だが、為替レートは1ドル≒140円前後と、この1年足らずの間に3割近くも下落。この急激な円安がエネルギーと食料の多くを輸入に頼る日本経済を直撃し、そこにウクライナ戦争の影響も重なって、庶民の暮らしに深刻な影響を与え始めている。

2022年に入り、アメリカやEUなど欧米諸国の中央銀行がインフレ対策で「利上げ」に転じる中、日銀は「異次元緩和」を継続。欧米との金利差がさらなる円安を招き物価高を生む日本の現状を、日本で活動する外国人記者はどう見ているのか? イギリス紙「ガーディアン」の記者、ジャスティン・マッカリー氏に聞いた。

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──この一年で急激に進んだ円安を、日本で暮らすマッカリーさんはどう見ていますか? お給料は「英ポンド建て」だから、個人的には円安で収入アップ?

マッカリー いや、実はそうでもないんです(笑)。というのも、日本の皆さんは普段、「米ドル/円」や「ユーロ/円」の為替レートに注目していると思うんですが、実は英ポンドもドルやユーロに対して、大きく下げているんですよ。

今年9月、辞任したボリス・ジョンソンに代わって、イギリスの首相に就任したリズ・トラスが極端な財政引き締めや減税政策を打ち出したことが原因で、英ポンドも急激に下落して、イギリス経済に大打撃を与えてしまったんです。

幸い、トラス首相がわずか45日で退陣して、リシ・スナクが新首相に就任したことで、英ポンドのレートも少し持ち直しましたけど。「英ポンド/円」で見ると、もちろんポンドが以前よりは少し上がったとはいえ、急激な円安というほどでもなく、最近は1ポンド≒160円前後で推移しているので、残念ながら僕の収入も「急激な上昇」ということにはなっていないんです。ちなみに、僕が日本で今の仕事を始めた頃は、1ポンドが240円だったので、今よりもだいぶポンドが高くて良かったんですけどね......。

──円安はイギリスでも注目されているのですか?

マッカリー イギリス国内の問題が山積みなので、円安自体はそれほど注目されていないと思います。僕は円安関連のテーマで、「日本政府は円安で海外からのインバウンド需要の高まりを期待」とか、「コロナ禍で大きなダメージを負った観光業界が円安に期待」とか、「円安で輸入品の価格が上って庶民の生活を直撃」というような記事は書きましたけどね。

──日本はエネルギーや食糧の大半を輸入に頼っているので「急激な円安」は即、エネルギー価格や食料価格の上昇に繋がりますし、ウクライナ戦争の影響も重なって、物価が上がり続けています。もちろん、インフレウクライナ戦争によるエネルギー、食糧価格の高騰はイギリスを含めた欧米の経済にも深刻な影響を与えていると思いますが、そこに急激な円安という要素が重なる日本の状況は、よりマズイのでは?

マッカリー 必ずしも、そうとは言えないと思います。僕は経済の専門家ではないので、日本の通貨政策についてはなんとも言えませんが、インフレという点に関してはOECDのデータを見ると、日本のインフレ率は3%程度なのに対して、イギリスなどヨーロッパ諸国は軒並み10%前後ですから、日本の現状はまだだいぶマシじゃないでしょうか。

もちろん、日本は30年近くもデフレに苦しんできたので、そこから急にインフレに転じたショックは大きいと思いますし、ずっと賃金が上がっていないため、単純にインフレ率だけで生活への影響を比べられないとも思うのですが、少なくとも現時点で、ロンドンと東京、どちらで生活したいかと問われれば、断然、東京を選びます。その理由は今、イギリスを始めとしたヨーロッパ諸国で起きている、急激なエネルギー価格の上昇です。

──日本でも電気料金が昨年比で2~3割上がるなど、エネルギー価格の値上がりが続いていますが、イギリスはもっと深刻なんですか?

マッカリー つい先日、イギリスに暮らす両親とも話したのですが、イギリスのエネルギー価格高騰は日本とは比較にならないほど深刻です。ちょっと信じられないかもしれませんが、この1年余りで電気代が以前の6倍とか7倍に跳ね上がっているんです。 

──えええっ! 1年で6倍って......マジですか?

マッカリー そうなんです。文字通り「異次元のエネルギー価格高騰」でしょう? そのため今、イギリスでは貧しい人たちに食料を支援する「フードバンク」だけじゃなく、電気代やガス代が払えず、暖房を使えない人たちが温まりにいくための「ヒートバンク」が増えているんですよ。

ウクライナ戦争の影響で、電気料金やガス料金の記録的な高騰はフランスドイツなどのEU諸国でも起きています。ただし、EUが以前からこうしたエネルギー安全保障上の問題に関して準備や対策をしていたの対し、イギリス政府はちゃんとした備えをしてこなかったので、イギリスへの影響はより深刻だと思います。

腹が立つのは、そうした中、イギリスの大手エネルギー関連企業が過去最高の収益を上げていることで、それに対してもイギリス政府はきちんと対処してこなかった。急激なエネルギー価格の高騰はイギリスだけの問題ではないけれど、ブレグジットイギリスのEU離脱)と、それを選んだアホな政府の無策が、結果的に今のイギリスの状況をさらに悪化させていることは間違いないと思います。

──イギリスは北海油田を持つ「産油国」でもあるし、インフレは起きているけど同時に賃金も上がっている。しかも、今起きている急激な円安のような「自国通貨安」には晒(さら)されていない分、てっきり日本よりは遥かにマシな状況だと思っていたのですが、実はそうでもないと。

マッカリー 少なくとも、今のところはそうだと思います。ただし、ウクライナ戦争の今後が見通せない中で、この先も世界的なエネルギー不足は続くでしょうから、今、イギリスで起きているのと同じようなエネルギー価格の高騰が、将来、日本で起きても不思議ではない。その場合、自前のエネルギー資源を持つイギリスやアメリカなどと比べ、エネルギー自給率の低い日本は非常に厳しい状況に追い込まれる可能性が高いかもしれません。

驚くのは、そうした中で日本政府が原発再稼働へと動き出していることです。正直、「11年前の事故をもう忘れちゃったの?」と感じます。先日、原発のある宮城県の女川へ取材に行ってきましたが、現在停止中の原発再稼働に関しては立地自治体でもさまざまな異なる声があり、仮に再稼働するとしても、その前に乗り越えるべき政治的な課題が非常に多いので、簡単には実現しないだろうと感じました。

そう考えると、日本は再生可能エネルギーの利用を広げるしかないと思うのですが、日本政府や経済産業省は、今のエネルギー危機を理由に、なんとしても原発再稼働や原発新設の方向に持っていきたいようですね。

いずれにせよ、資源の多くを輸入に頼る日本が、エネルギー安全保障や食料安全保障の面で大きな不安を抱えていることは事実ですし、そこに円安という要素が加われば、問題がより深刻になるのは間違いない。そしてそのとき、最もネガティブな影響を受けるのは、社会的に弱い、貧しい人達ですから、日本でも「ヒートバンク」が必要になってくるかもしれません。

ちなみに、仮にこの先、英ポンドに対して円安が進んで、ポンド建ての僕の収入が円換算で5割増えたとしても、それと同時に日本の光熱費イギリスみたいに5倍になって、物価高で食費が大幅に値上がりしたら、日本で暮らす僕にとってもマイナスのほうが大きくなると思います。

ジャスティン・マッカリー 
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙『ガーディアン』『オブザーバー』の日本・韓国特派員を務めるほか、テレビやラジオ番組でも活躍

取材・文/川喜田 研

「日本はだいぶマシ」と、イギリスの深刻なエネルギー価格高騰について語るジャスティン・マッカリー記者