舞台公演の記録映像を未来に残そうと、2020年にスタートしたEPAD(緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業)。MOVIE WALKER PRESSではカルチャーを愛するすべての人へ、舞台芸術の楽しみ方を「EPAD」と一緒に提供するスペシャルサイトを展開中。映像をより有効活用すべく、「撮る、のこす、使う!〜舞台公演映像の利活用をめぐるシンポジウム〜」が12月1日にオンラインで開催され、教育者や識者、研究者による意見交換が行われた。本稿ではその様子をレポートする。

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シンポジウムは二部構成となっていて、第一部のテーマは「教育・研究の現場から」、第二部のテーマは「国際交流の現場から」で、これまで撮ってきた舞台公演映像を教育、研究、国際交流の各現場でどう利活用していくべきかについて、具体的な方法や可能性を模索していった。

■教育者たちが語る教材としての映像の課題と、“観察者”の視点という発想の転換

第一部に参加したのは、アングラ演劇を専門とする演劇研究者で、近畿大学准教授の梅山いつきや、早稲田大学演劇博物館館長で文学学術院教授でもある岡室美奈子のほか、玉川大学芸術学部演劇・舞踊学科の准教授、多和田真太良、日本大学芸術学部演劇学科准教授の松山立で、モデレーターは跡見学園女子大学マネジメント学部専任講師、国際演劇協会日本センター事務局長代理の横堀応彦が務めた。

この3年間でEPADは、約1300本の舞台公演の映像を収集できていて、そのうち配信可能な280本は、3分間のダイジェスト映像も用意されている。今年度は新たに430本を収録予定であり、これらの映像は事前予約制で、早稲田大学演劇博物館(演博)で閲覧することができ、デモンストレーションも行われた。

横堀は映像を使用するうえでの課題として、二次使用の許諾を得ることの大変さを挙げる。

「本当に自力でやるのは大変なので、EPADではこの許諾を得る作業を弁護士などの専門チームの方にお手伝いをしてもらっています。また、今年からEPAD実行委員会が事務局となり、主要な舞台、アーカイブ関係者や、デジタルアーカイブに関わる有識者の皆様との連携会議を立ち上げました。これは、業界の理解を広げ、権利処理やシステム構などの様々なノウハウを共有していくことを目的としています」。

続いて演博の館長である岡室が、EPADが収集した舞台公演映像の情報を検索できる情報検索サイト「ジャパン・デジタル・シアター・アーカイブズ(JDTA)」について解説。3分間のダイジェスト映像についてもプレゼンされたが、岡室は「やはりダイジェスト映像を作ってらっしゃる団体は少なく、基本的にこちらで作ったのですが、任意に取り出した3分なので、そこが特にいいシーンというわけではないのが問題です。今年度はEPADさんの方で3分映像を作っていただいているので、そこは改善されるのではないかと」と課題も語った。

梅山は問題点を2点指摘。「教材として考えた時、参照したい作品が必ずしも、その作家の代表作であるとは限らないこと。もう1つが時間の問題です。舞台芸術は“時間芸術”でもあり、ライブでの上映時間というものが、映像でどこまで再現できるのかというジレンマもあります」とコメント。

多和田はコロナ禍での授業における実習講演やオンライン配信のZOOM演劇、無観客でのライブ配信などの苦労を語りつつ「いままであまり考えてこなかった監督的な立場が必要になってきました。観る側、映像を作る側にとってのアーカイブが、以前とは違う役割を果たすようになり、作り手も舞台芸術のあり方を再考したのではないか」と指摘する。

松山は、アーカイブ映像について「演劇の映像をフルバージョンなり、3分映像で観ることは、もはや劇場に行く観劇体験の代替行為ではないかと。むしろ個人として映像を見る利点や活用方法を考えていかないといけないです。作品自体と距離を取り、分析を加えたり、観察者として観たりする立場が強まってきたので、教鞭をとる私たちの意識も変わっていくしかかないと思います」と持論を述べた。

岡室もこの意見に共感し、8Kで舞台映像を観た時の感想を交えて「生の舞台を観ると、俳優さんたちを追ってしまい、ストーリーに没入してしまいますが、8Kの映像で観た時、機械の目は全体をくまなく追うので、私たちも同じようにくまなく観て、生の舞台で見落としてしまう点を観ることができます。これまでは、生の舞台と映像は別物だとネガティブな文脈で語られてきましたが、いい意味で別の体験をするものだと感じました」と価値観を切り替えたとか。

さらに岡室は「デジタルアーカイブのいいところは、外に開けることですが、もっと言えば、いかに開いていけるかが大切です。システム構築には、お金と手間がかかりますが、最終的にはやっぱりデジタルアーカイブって社会を良くするものだと思うので、教育利用は重要かと。また、その舞台を作る文法とは違う、舞台映像を作る文法を身につけた人を育てなければいけないので、演博ではそういった人材を育てるドーナツプロジェクトというものを今年度から始めました」と新プロジェクトについてもアピール。

また、アングラ演劇や野外演劇集団に精通する梅山は「1960年代、70年代の古い映像にも今後は力を入れていただきたい。ある分野に特化して映像を収集する場合、私たちのような研究者との連携も図っていっていただきたいです。オープンになってない資料もたくさんあるので、それらをみんなで共有し、もっとオープンにしていく場になれば」と、専門家との協力体制を強めるべきだと提案した。

多和田は「多くの学生にとって、舞台芸術そのものは触れたことがないジャンルなので、その入口として入りやすいツールになっていただければいいんじゃないかと。その後、利活用の仕方が分かっていって、アプリみたいに常に持ち歩けるような身近なツールになってくれたら」と、未来像について語った。松山は「舞台芸術や美術、権利も学べる映像があるので、赤ん坊の脳の中で新しいシナプスがつながっていくように、それを利用する学生や研究者たちがまた新たなつながりを発生していけるような起爆剤になれば」とEPADの将来に期待した。

■国際交流の現場から語る多言語配信の意義と国境を超える交流の広がり

第二部のテーマは「国際交流の現場から」。国際交流基金が始めたYouTubeチャンネル「STAGE BEYOND BORDERS」では、日本を代表する舞台作品を7言語字幕付きで無料配信する取り組みを行っていて、EPADはそのうち、演劇・舞踊・伝統芸能など50作品を提供。歌舞伎、落語、能などの伝統芸能だけでなく「刀剣乱舞」といった2.5次元ミュージカルの人気作品も公開され、国内外から好評を得ている。

第二部の登壇者は、京都国際舞台芸術祭KYOTO EXPERIMENTの共同ディレクターである川崎陽子や、国際共同制作作品や海外ツアーなどにおける海外フェスティバルや劇場との渉外業務を担当してきたSPAC-静岡県舞台芸術センター芸術局長の成島洋子のほか、緊急事態舞台芸術ネットワーク/ゴーチ・ブラザーズの伊藤達哉、先日パリ公演を終えたばかりの劇団「贅沢貧乏」制作の堀朝美。モデレーターはEPAD2022の事務局長、三好佐智子が務めた。

コロナ禍となった2020年、2月26日の政府による自粛要請を受け、舞台公演の中止延期が相次ぐなか、舞台のライブ配信や、オンラインでのイベントなどを展開していった実績を、識者たちが振り返りつつ、意見を交わし合った。三好は最初にEPADについて「アーカイブしたものを未来に継承することと、配信をしたいのであれば、こういう条件が必要です、というところをお手伝いしてきました。今年度からはドキュメンタリー映像も収集しています」と紹介。

続いてEPADの実行委員である伊藤が、日本の優れた舞台公演作品を海外に向けてオンライン配信するプロジェクト「STAGE BEYOND BORDERS」の現状を報告。「最大7言語つけた舞台映像を111か国で視聴できています。主要なところだと『贅沢貧乏』さんが12万再生、『刀剣乱舞』さんが119万再生、『ままごと』さんが26万再生といった数字を上げてくれていて、現在50作品でおよそ累計1000万再生を突破しています」。

伊藤は舞台芸術を映像に残すことについて「舞台演劇に携わるものとしては、演劇自体が消えゆく美学というか、消えゆくことを誇りにしているところがあります。でも、そこを粘り強く話を続けてきたなという2年半でした」と振り返り、「無料で多くの人に見せてしまうと、劇場に来る人が減るのではないかという懸念もありましたが、この2年半の経験で、それはむしろ逆であることが実証されました。海外でもそうだったと聞いていて、このマインチェンジは大きかったです。また、映像の最大のメリットは、時間と空間を超えること。過去から未来へ、そして地域を超え、海外へ広がること。さらに障がいのある方や劇場に来れない方へも届くこと」と映像配信ならではの利点も強調した。

専用の劇場や稽古場を拠点に、専属の俳優、専門技術スタッフが活動を行なうという文化事業集団「SPAC-静岡県舞台芸術センター」で芸術局長を務める成島は、「コロナ禍を経て、リアルで集まるための映像の利用が大切になりました。上演場所も含め、唯一無二のものは撮影をしておき、映像権利を活用できるようにしておくことがとても大事だと実感しました」と語った。

京都国際舞台芸術祭KYOTO EXPERIMENTを手掛ける川崎は、舞台映像を撮影するコストについて「上映することと記録することとのバランスのせめぎ合いというか、なにに対してどこまでどういうふうにかけるのかというのが問題です」と言う。「1カメで撮ったものは、見返してみると、おもしろい映像にはなっていなくて。だからフェスティバルの演目についてはカメラ台数を多くし、編集もちゃんとするけど、いろんなところで上演してきた作品は本チャンで頑張って撮るといった、メリハリをつけた記録に変化してきた気がします」。

また、川崎は「コロナ禍を経て、海外とのオンラインでのやりとりはスムーズになりましたし、海外のオンラインイベントへのオファーも増えました」と言うと、皆もうなずく。「STAGE BEYOND BORDERS」についても「ライブ市場主義でしが、使い方によって、いろいろな魅力もあるなと、ここ数年で本当に痛感しました」と語った。

劇団「贅沢貧乏」制作の堀は「10年間で16作品ぐらいの舞台を作ってきましたが、舞台映像を残せて使えた作品は9作品ぐらいです」と言ったあと「撮れたけど残せない4作品」と「撮れず残せずの3作品」について「一軒家を舞台にしたものや、3面客席の東京芸術劇場で上演した作品は、お客様の映り込みがありました。また、2階建ての劇場や野外で上演した作品は、撮れず残せずの3作品です。カメラの設置場所が難しかったり、人手や予算がなかったりして写真しか残っていません」と具体事例を挙げると、全員が興味深く耳を傾けた。

堀はEPADで配信したことの利点について「多言語の字幕付きで配信してもらったので、いろんな国の方に観ていただけたことや、作品やアーティストを知っていただける機会が増え、Twitterなどでお客様が感想をいただけたことがすごくうれしかったです。また、YouTubeを観たあと、大学などから授業で上映したいというお話もいただけましたし、生徒さんと交流する機会も設けていただけました。権利関係や配信契約料もわかりやすかったのでとても助かりました」と喜びを口にした。

三好はこれを受け「アーティストにとっては、彼らを遠くに連れてってくれる作品が1、2本あると、作品がそのカンパニーをも導いてくれるという一つの良い事例だなと思っています」とうなずく。

最後に、これからの舞台映像への期待や豊富をそれぞれが語った。伊藤が「EPADでは8Kを定点で収録し、そのまま上映するということを実験的に行っています。これは営利非営利とともに広がりを見据えています。ぜひそれを一般の視聴者の方にもご覧いただきたいです」とアピール。

堀は「贅沢貧乏は小劇場のカンパニーで、劇場さんやフェスティバルさんとは全然予算規模が違うのですが、EPADさんのおかげで、配信にチャレンジできました。映像を撮るスキルもどんどん溜まっていったし、映像を撮るといろんな場面で活用できると思うので、おすすめです」とEPADの魅力を再度語った。

川崎は「これまでに、映像はたくさんあるけど、置くところがないという問題を抱えていましたが、プラットフォームができたことで、すごく違うなと思っています。クリエーションしているプラットフォームとしての記録もちゃんと残せていけることに、とても意味を感じています」とEPADの意義を強調した。

成島も「プラットフォームに置かれることで、人に観てもらえる機会が増えたのは、本当にありがたかったです。また、今後はドキュメンタリー的な部分をどう残していくのかも課題かと。稽古などのプロセスを公開していくことで、ファンを獲得することもできると思うので、そういったジャンルの動画も残していく価値があると考えると、そういう資料も蓄積されていくのかなと思っています」と語った。

教育者や研究者、現場の制作者たちによる熱いトークが展開されたシンポジウムを通して、舞台芸術を記録し、未来へ受け継いでいくことがいかに有意義なことかも再認識できた。今後のEPAD事業の発展にも大いに期待したい。

取材・文/山崎伸子

「撮る、のこす、使う!〜舞台公演映像の利活用をめぐるシンポジウム〜」がオンラインで開催/撮影/菊池友理