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■どんなクルマ?

1979年に誕生した初代は、極東の島国のベーシック・カーであることに徹し、いたずらな高級化に向かっていた当時の軽自動車を再定義した。日本国民はこれを大きく支持した。その多くは女性だったけれど、もちろん男性もいた。のちの直木賞作家、故・景山民夫が47万円という激安価格に驚嘆し、キャッシュで買って帰った、というエッセイを残している。アルトスズキの大看板モデルとなり、国内累計販売台数は483万台に達している。月販1万台×35年で420万台だから、イチロースズキに匹敵する、かどうかは別にして、スゴイ数字だ。

そんなアルトの8代目となる新型を構想するにあたって、開発陣は「“最高の実用車”を目指した」。なにより重んじられたのは経済性で、それには「ガソリン車No.1の低燃費」という称号がおそらく絶対必要条件だった。新型アルトはJC08モード37.0㎞/ℓでもって、この高いハードルをクリアした。ハイブリッドカーアクアと同じ数字を手に入れたのである。賞賛されてしかるべきであろう。

エンジニアの仕事は当然、多岐にわたった。最も注目すべきは、今後のスズキを担うことにもなるプラットフォームを刷新したことだ。まずはアンダー・ボディの主要構造、部品配置を変えることで、剛性、静粛性、衝突性能、走行性能等を飛躍的に向上させ、さらに大幅な軽量化を達成した。なにしろ、より少ない部品点数で、より大きな成果を得たという。知恵のみで解決したわけである。

ボディは高張力鋼板の使用を広げ、樹脂フェンダースズキとしては初採用、さらに足まわり、パワートレインの軽量化にもつとめ、従来モデル比で60㎏のダイエットに成功した。主力モデルで650㎏という車重は、いかにも軽い。

一方で、まげ・ねじり剛性は先代アルト エコ比30%向上。前後サスペンションは一新され、リアはようやく固定軸からトーション・ビームに進化した(もちろん、デキの悪い独立懸架より、デキのよいリジッドのほうがエライのだけれど)。

エンジンは従来からあるR06A型を大幅改良して使い、52ps/6500rpmと6.4kg-m/4000rpmを発生する(5MT車と商用車は49psと5.9kg-m)。このR06A改にCVTと「エネチャージ」を組み合わせた2WD車のすべてがガソリン車No.1の低燃費を達成している。価格は、84万7800円〜122万9040円。

■どんな感じ?

メガネがモチーフというフロント・フェイスも、自慢のプロポーションも、昔のフィアット・ティーポみたいなリアの造形も、なんだか古臭いように私は思えた。好きになるのに1秒もいらない。好きにならないのも1秒、嫌いなものはたいてい一生である。ところが、走り出したら、好きになった。1秒もかからなかった。なにより、軽快なのだ。小さなクルマを駆る歓び、シトロエン2CVにも通じるようなベーシック・カーを走らせるオモシロさを直感的に感じた。一般道をそこそこの速度で走っただけではあるけれど、ハンドリングが楽しい。コーナーで粘る。アンダーステアが出ない。

吸排気にVVTを備えたR06A型エンジンとCVTの組み合わせは、0.66ℓ自然吸気とは思えぬほどの活発ぶりだ。十分速い。ウカツを絵に描いた人間であるところの筆者は、これはターボであるか、と思い込んだ。先月、木更津で試乗したダイハツ・ムーヴワゴンRのライバルのトール・ワゴンであるにしても、あちらのムーヴXは車重820㎏である。舞浜で試乗中のこちらのアルトXは650㎏で、170㎏も違う。軽いってスバラシイ!

この軽さの見返りに、エンジン音もロード・ノイズもそれなりに大きい。エンジンは回すと盛大にうるさい。それが、ナチュラルなことに感じられる。だから、むしろ元気が出る。自動車が走れば、騒音が出るのは当たり前だ。

乗り心地は、小さいクルマなりにがんばっている。小さいクルマだから、当たり前である。路面のうねりや凸凹に敏感に反応する。これこそ自動車のライブ感である。

室内は十分広い。とりわけ前席のヘッド・ルームは全高が先代より45㎜低められたことがまったく影響していない。ホイールベースが60㎜拡げられた恩恵で、後席も大人がちゃんと座れる。小柄な人だったら苦情は出ないだろう。

室内のデザインは、シンプルにしようという気持ちはわかるけれど、やっぱりキティちゃんが似合いそうなカワイイ系である。どうして昔のソニーのような、あるいはジョブズ時代のマックのようなデザインができないんぢゃ、と思うわけだけれど、それができれば苦労はない。

■「買い」か?

試乗車は、アルトのFFの最上級グレードのXで、価格は113万4000円である。176万円以上するアクアよりはるかに安くて、元気が出る、と私は思う。すなわち買い!である。

ちなみに、こちらはどうなのか? より安くて、スズキ乗用車初の5AGS(オート・ギヤ・シフト)、84万7800円と、商用のアルト バンの5MT、69万6600円もチョイ乗りしてみた。どちらもCVTから乗り換えると、10年、20年前のクルマに乗っているような感覚があった。5AGSは変速が遅くてモッサリしており、5MT はストロークが大きくてガサツなのだ。これを味として楽しめるかた用である。今春発売のターボ・モデルに5AGSが設定されていたら、和製イタリアンの味が期待できる……かも。

(文・今尾直樹 写真・高橋 学)

スズキ・アルトX

価格 1,134,000円
最高速度 NA
0-100km/h加速 NA秒
燃費 37.0km/ℓ
CO2排出量 62.7g/km
乾燥重量 650kg
エンジン 直列3気筒658cc
最高出力 52ps/6500rpm
最大トルク 6.4kg-m/4000rpm
ギアボックス CVT

スズキ・アルトX