映画『THE FIRST SLAM DUNK』の人気がすさまじい。12月3日に封切られると、公開9日間で興行収入30億円、動員数は202万人を超える大ヒットを記録。SNSには劇場に足を運んだファンによる絶賛の声が相次いでいる。公開前は不安や否定が大多数を占めていた状況だったが、なぜここまで反応が変化したのか。実際に見た感想とともに、公開前後の変化の顛末を書いていく(※この記事はネタバレを含みます。ご了承いただける方のみご覧ください)。

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■ファン同士の対立を生み…荒れた公開前

 劇場公開まで、作品情報をほとんど出さなかった本作。公開前に分かっていたことは、湘北高校バスケ部スタメンの声優と、作画がCGであること。このほか、公開前の予告映像やCM映像から、バスケ部2年のポイントガード宮城リョータが中心人物になるらしく、また山王戦の試合は少なくとも描かれるだろうと予想はできた。原作のどのエピソードを取り上げるのか、CGのキャラクターがちゃんと芝居をするのか。どれも当然気になってはいたが、正直に言ってしまうと、出来上がりがどうこうではなく、純粋に楽しみだった。

 なぜなら、これまで映画化を断り続けてきたという原作者の井上雄彦自らが監督・脚本を担当し、それだけでもすごいことなのに、もしかしたら連載終了から26年を経た、今の井上雄彦が描く新しい『SLAM DUNK』を見ることができるかもしれないのだ。新作を諦めていたファンにとって、これは奇跡のようなことだった。

 原作の連載中、待ちきれない気持ちを抑え妄想しながら次号を待つ…そんな気持ちで純粋に本作の公開を楽しみにする一方、ネットでは違う反応も出た。

 テレビアニメ版に対する作品愛と声優キャスト続投への期待は、想像以上に大きいものだった。声優一新をきっかけにSNSのコメントは悲嘆だけでなく不満の色が濃くなり、キャスティングを揶揄するような投稿動画も続出する事態に。そこに映画肯定派が反論を始めたことで、ファン同士の対立構造が生まれてしまった。作品を敵視するアニメファン、自分と違う考えを排除しようとする肯定派。あくまで全体のごく一部の反応ではあるが、ファン同士で敵意を向け合う状況に、なんだか切なくなった…。

■アニメではなくバスケットを 実写のような試合描写

 期待と不安渦巻く中で迎えた公開日。肝心の本編はどうだったか。まず、劇中で描かれた湘北高校と山王工業のバスケットの試合描写に圧倒された。不安視されていたCG作画については、むしろCGでよかったとさえ思う。想像以上に漫画らしいタッチは、原作のキャラクターがそのまま動いているようだった。

 赤木剛憲と河田雅史、三井寿と一ノ倉聡、宮城リョータと深津一成、流川楓と沢北栄治、桜木花道と野辺将広。コート上の選手全員が、それぞれ自分の役割を全うしようと動いている。なんとなく配置されているわけではなく、画がしっかり芝居をしている。見せ場では時間の流れに緩急をつけるなど臨場感を上げる演出は要所で使われてもいるが、必要以上に派手な演出はない。アニメというより、まるで本物のバスケの試合を見ているようだった。

 その中で、度肝を抜かれた表現がある。それは桜木の、素人同然ゆえに経験者のなかでは浮いてしまう動き、そして素人同然なのに経験者を圧倒する身体能力の高さの表現だ。

 素人同然の動きは、具体的に経験者とどう違うのか。また、桜木の超人的能力、例えばゴール下で他の選手が1回飛ぶ間に2回以上飛ぶ、これは具体的にどう動いているのか。漫画ではコマとコマの間を想像で補うしかなく、脳内でいまひとつぼやけていたモーションがスクリーンで、完全に補完されていく。この感覚には本当に鳥肌が立った。

 挿入曲を極力排除した音楽面の演出も印象的。バッシュとボールの音、応援がやけに響く。余計な音がなく、アニメとしては不自然なほど静かに試合が進行していくからこそ、見せ場での効果音や音楽がより強く生きる。

 原作の特徴でもあったコメディタッチの画がないことには寂しさも感じたが、メリハリを効かせながら可能な限りリアリティを追求した動きと音は、アニメではなくバスケットを見せようという意図のようにも感じられた。

■大胆な構成で追加された新エピソード

 劇中で描かれる試合は、後半がメイン。50話を超える大ボリュームで描かれた原作の試合をそのまま見せるのではなく、前半を大幅に削ることで原作では描かれなかったエピソードにかなりの尺を割いている。

 追加シーンの中心は宮城リョータ。原作では、中学以前の描写がほとんどなかった宮城だが、幼少期からの家族とのエピソードが丁寧に描かれていく。父と母、妹、そして尊敬する兄。全国大会からリストバンドの色が変わった理由。先輩・三井との意外な出会い。このほか、高校No.1プレイヤー・沢北の新たなシーンも追加されている。ケタ違いの実力を持つ沢北がライバルに飢え、涙を流す様子も印象的だ。

 逆に、原作の名シーン“ワルモノ見参”、“魚住のかつらむき”、“見てるか谷沢”、“感情的になるな”など、それまでの人間関係の説明が必要な場面は大胆にカット。新しいシーンの見せ方が独特で試合のテンポが分断されるという印象もあったが、噂されていた『ピアス』の要素を矛盾なく組み込み、本作でフォーカスする“痛み”が丁寧に表現されていた。

■新しい視点で描きたかった『SLAM DUNK』 「その人なりの正解があっていい」

 「自身にとっての作品とは、キャラクターと向き合うことだ」と明かす井上。キャラクターの“必然”が描けていれば、展開がどう転んでもドラマになるという。現在でも『SLAM DUNK』のキャラクターが自分のなかで生きており、「こういう奴なんじゃないか?」「あ、こうなのかもな」といった新発見があるようだ。

 井上はまた、『バガボンド』『リアル』を経て、歳を重ねたことによる視野の広がりとともに、描きたいものも広がったという。今回の映画化に際しても、「原作をただなぞるより、新しい視点で描きたかった」、また「価値観はひとつじゃないし、いくつもその人なりの正解があっていい」とも語っている。今回、この『SLAM DUNK』を現在の井上が捉える新作として見ることができたのは幸せだった。

 もちろん、原作そのままの内容で見たいと願うファンも多いだろうし、テレビアニメがあるのだからそれを踏襲してほしかったという気持ちも理解できる。漫画、アニメの感動から長い年月を経て、理想の『SLAM DUNK』が個々の中に出来上がっていたのだろう。

 それでも、井上が黒板に描いた「あれから10日後」を除けば、突然の連載終了から26年かかって、ようやく新しい物語が井上自身から公式に語られたのだ。

 物語、作画、構成、演出。既存のアニメらしさに捉われない感覚、そして「続きを読みたい」という連載当時の気持ちを呼び起こしてくれる新しい視点、それらが大ヒットスタートにつながった『THE FIRST SLAM DUNK』。作品を見たうえで合わないことも当然あるが、見ずに悲しむのはもったいない。『SLAM DUNK』のファン同士、まずは新作を喜び、楽しむ気持ちで劇場に足を運んでみてはいかがだろうか。(文・二タ子一)

 映画『THE FIRST SLAM DUNK』は現在公開中。

『THE FIRST SLAM DUNK』前評判を覆す大ヒット(※イメージ画像)