ロシア軍の侵攻から9か月が過ぎた。この間、ハルキウ~イジューム、へルソンがウクライナ軍に奪還された。
東部では、ロシア軍が果敢に何度も攻撃するもののウクライナ軍に撃破されている。
南部では、両軍の砲撃は続いているが、ウクライナ軍は攻勢準備中で、ロシア軍は防御のための壕を構築している。
この期間のロシア軍の損失(ウクライナ軍参謀部発表)をみると、兵器の種類によって、損失の多い時期が異なっている。
基本的には侵攻当初が最も多いのだが、その後減少して、7か月後から増大しているものもある。また、兵員の損失も同じような傾向がある。
この増減は、主に戦いの様相が変わったことによるものである。
地上軍の戦車・装甲車、火砲など、および兵員の損失に区分して、損失の変化と理由、充足の可能性および今後の戦闘の予測について考察する。
1.消耗激しいロシア軍の戦車・装甲車
ロシア軍は、侵攻当初には月に500両を超える戦車の損失を出した。
その後は、再編成後の攻撃、東部南部での一進一退の戦闘、ハルキウ~イジュームでの撤退、へルソンでの撤退の攻防があり、200~400両の損失を出している。
合計2900両の損失だ。
その損耗は、投入数(充足数の90%、筆者算定)約7900両の37%を占めている。
装甲車は、約5800の損失であり、投入数8400両の約70%だ。
ロシア地上軍の戦車の損失は月間約300両、装甲車の損失は月間650両の損失が継続的に出ている。
侵攻後、戦車の月毎の損失数
侵攻後、装甲車の月毎の損失数
(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイト=https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73107でお読みください)
現場の戦車や装甲車化の部隊長としては(部隊長は死傷していなくなり代理の部隊長かもしれないが)、半数の兵器が破壊され、兵員の半数が死傷している場面を見ている。
ドローンの映像を見れば、ゲーム感覚かもしれないが、現場の部隊長や兵士たちにとっては、悲惨で壮絶な状況であろう。
今後の戦車兵の戦いはどうなるのか。
大きな損失が出ても、戦いを強要される部隊長や兵士たちは、壕の中に入り、防御をするようになる。とても、攻勢に出ることはできない。
2.侵攻7か月後から急増した火砲等損失
戦車・装甲車の損失は、侵攻開始から1~3か月間の損失が最も多かった。
だが、火砲等(榴弾砲・迫撃砲・多連装砲)は、侵攻開始から3か月の間も多かったが、6か月後に徐々に増加し始め、7~8か月後には350門/月を超えるほど急激に増加した。
この損失の推移の特色は、火砲等だけである。
火砲等の月毎の損失数は、平均250門、9か月後は約2300門である。投入数約4000門の60%を占めている。
侵攻当初は、ウクライナ軍の火砲、航空攻撃、自爆型無人機による攻撃の成果である。
その後、航空攻撃や火砲の射撃はできなくなり、ロシア軍火砲等の損失は、いったん減少した。
その後の火砲等の損失数の増加は、欧米から供与されたHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=高機動ロケット砲システム)などの長射程精密誘導ロケットや砲の射撃成果が現れている。
グラフには現れてはいないが、ウクライナ軍は、HIMARSなどでロシア軍の弾薬庫を多数破壊している。
兵士へのインタビューで、「侵攻当初、こちらが火砲の射撃をすると、10倍以上の火砲の反撃があった。最近では、ロシア軍の反撃は少なくなった」と発言していた。
下のグラフにあるとおりの結果が、戦場兵士の言葉にも現れている。
侵攻後、火砲等(榴弾砲・迫撃砲・多連装砲)の月毎の損失数
今後の砲兵の戦いはどうなるのか。
ウクライナ軍のHIMARS等の射撃は続くであろう。壕に隠れていても発見され攻撃されて、投入された火砲は、近いうちに射撃ができなくなる。
保管されている火砲が、戦場に導入されるだろう。問題は、使える兵士がいるかだが、砲を操作できる兵士を育てるには時間がかかる。
3.再び増加し始めた兵員の損失
ロシア軍兵員の損失は、侵攻当初の1か月間が最も大きかったのだが、5~6か月後から徐々に増加し、9か月後には当初の記録を上回った。
傾向としては、戦車・装甲車、火砲の損失と似ているが、9か月後が特に目立って多い。8か月後から7000人増加して、約2倍に近い数字だ。
侵攻後、兵士の月毎の死者数
その理由は、ウクライナ軍が反撃に出ていること、ロシア軍の撤退時の混乱があったこと、HIMARS等の兵器の効果があったからだ。
だが、他の兵器ではなかった9か月後に最も多いということは、別の理由も考えられる。
新たに招集された兵士が、訓練も十分に受けずに戦場に行かされていること、そして、東部で無謀な攻撃をさせられていることがうかがえる。
へルソンからクリミア半島にかけて、ロシア軍は塹壕を掘り、兵士や戦車などを守る戦法を取っている。
だが、東部では、無謀な攻撃を何度も何度も繰り返して、兵士たちが死傷しているのだ。
4.保管する戦車・装甲車を投入できるか
(1)屋外に置かれ錆びついた戦車・装甲車を戦場に投入できるのか
ロシア軍は、前述した戦車等(戦車・装甲歩兵戦闘車)・装甲車、火砲等および兵員の損失を補えるのだろうか。
これらの損失を補うのには、戦場に送り出して使用できる予備の兵器があるか、また、予備役兵がいるのかどうかにかかってくる。
ロシア軍の予備の戦車等は、ミリタリーバランス2017~2021のデータによれば、約1万0200~1万7500両(内訳、T-55:0~2800両、T-62:0~2500両、T-64:0~4000、T-72:7000両、T-80:3000両、T-90:200両)、装甲歩兵戦車8500両が保管(in store)の状態となっている。
装甲車は約6000両もある。
数値に差があるのは、関係する分析担当者が、これらはもう使えない兵器として換算すれば、「0」と見なして数値を決定するためだ。
敵国の陸上兵器の数量を詳細に算定するのは、極めて難しい。
その数量を見ると、戦車が2万6000両で、投入数の約3倍以上、装甲車は6000両で、まだその70%もある。
これらが実際に使える状態にして保管されているのかどうかだ。
ソ連軍が解体された時期の写真では、保管のT-72およびそれより旧型の戦車等は、広い駐車場のある一角に置かれ、キャンバスが上から被せられていただけのもので、放置に近い状態だった。
特に、戦車の砲身内部は塗装されていないので錆びやすい。大きな腐食があれば、爆発の強い圧力で砲弾を発出することができない。
腐食の部分で、砲口内破裂が発生するからだ。
砲塔部分は回転できなければならないが、回転部分が錆びていれば、砲身を敵戦車に向けられない。
一番大きな問題は、エンジン部分だ。
エンジンが車体にそのまま据え付けられて放置されていれば、腐食で使えない。つまり、ロシア軍の保管されている戦車・装甲車等ほとんど使い物にならないと見てよい。
この時期から現在までは、30年ほど経過している。
私の記憶では、動かされた、整備されたという情報は全くなかった。
将来使用することを考えた保管は、エンジン、砲身内部、その他の可動部が錆びないようにしなければならない。
例えば、エンジンは1週間に1度は駆動させる。もし気温が零下に下がれば毎日実施する必要がある。
また、月に1度は油を付けてブラッシングする。可動部は、錆で動かなくなるので、定期的にグリスを注入することが必要だ。
ロシアの保管状態の戦車等をもしも復帰させようとすれば、20~30年間分の錆を落とし、分解して部品を交換し、作動させなければならない。
エンジンは、整備によって復帰させることはほぼ不可能に近い。
これらのことから、保管されているロシア軍のほとんどの戦車は、錆がひどくて、整備しても復帰させられることはないだろう。
(2)保管されている戦車・装甲車が他国に横流しされている可能性
保管されている戦車・装甲車が使えないのには、腐食のほかにも理由がある。
一つの理由は、ロシア軍の戦車等が横流しされていて、旧型の戦車が実際に軍参謀部が記録しているだけの数量がないのではないかということだ。
北朝鮮は旧ソ連時代から、T-55やT-62戦車、PT-76軽戦車を引き渡され、現在約4100両保有している。
これよりも新型は、約10両しかない。
また、装甲車を約2500両保有していることになっている。ほとんど旧ソ連(中国は一部)から導入したものだ。
ソ連邦崩壊から現在でも、ロシア軍の旧式戦車は北朝鮮に渡っている。また、シリア、中東の国の反政府組織に秘密裏に渡っているという情報もあった。
これと併せて弾薬も密売されているようだ。
ソ連邦崩壊後、弾薬庫が原因不明火災で爆破するという事故が多発した。その理由は、弾薬を盗んだ者が、その事実を隠すために、弾薬庫に火をつけたということだった。
もう一つの理由は、ロシアで保管されている新型のT-80は、戦場に投入できないということだ。
例えば、ロシア軍がウクライナの戦場で使用している戦車(装甲歩兵戦闘車を含まず)は、T-62/64数量不明、T-72戦車1900両、T-80戦車450両、T-90戦車350両から一部残して投入されたものだ。
この数値にあるように、T-72戦車が主力だ。
それよりも新しいT-80戦車約3000両は保管状態にある。本来であれば、数量が最も多くて新しいT-80戦車が主力戦車であってもよいはずだが、実際の戦場ではそうではない。
これはかなり不思議なことだ。なぜなのか。分析担当官の誤りなのか、それとも特別のからくりあるのだろうか。
ロシア軍に余裕があるから新型の戦車を投入していないのか、あるいは、ロシア本土防衛のために残しているのかもしれない。
しかし、なぜロシアはせっかく獲得した領地が奪還されている段階でも、新型戦車を多数投入しなかったのか。
それは、保管されているT-80戦車は、使えないと考えると次のことが浮かび上がってくる。
情報がないので100%の推測なのだが、軍の保管敷地内にあるのは形だけの戦車であって、重要な部品、例えば、エンジンや照準装置などは外され、友好国に輸出され、新型戦車に組み込まれているのではないかということだ。
T-80は比較的新型なので、腐食は少ないはずだ。また、機能的にも優れているはずなので、速やかに戦場に投入してもよいはずだが、そうではない。
使えないという可能性が高い。
5.保管の火砲等を戦場投入できるのか
ロシア軍の予備の火砲等(榴弾砲・多連装砲・迫撃砲)は、ミリタリーバランス2017~2021のデータによれば、約2万2100門(内訳、自走榴弾砲約4300門、牽引榴弾砲約1万2000門、多連装砲3200門、迫撃砲約2600門)が保管(in store)の状態となっている。
その数量を見れば、投入数約2600門の約9倍で、無尽蔵にあるという感じだ。
だが、それらは約30年間、野ざらしにされた結果の腐食があり、ほとんど使い物にならないか、もしも使える可能性があっても、使えるまでに回復させるには多くの時間と部品が必要になる。
例えば、自走榴弾砲はエンジンと砲身の腐食、牽引榴弾砲は砲身と射撃の緩衝装置の腐食、自走多連装砲はエンジンの腐食が、回復できなくしているだろう。
迫撃砲は、砲身の腐食が少なければ回復が早い。
回復には、優秀な整備員や部品が確保されているかどうかだ。
ソ連軍が解体されたときに、多くの研究者や整備員が失職した。私が、約30年前にモスクワを訪問した時に、聞いたことだが、中高年の男達は、工場に行って、何もしないで酒ばかり飲んでいるという話があった。
それから約30年が過ぎ、現在その30年前の火砲を修理・整備できるだろうか。私は、一部を除いて、ほとんど不可能だと見ている。
ロシア軍の火砲は、戦車等と同様に、かつて北朝鮮や中国に供与された。
現在、保管されていることになっている火砲は、近年、北朝鮮に横流しされている可能性がある。
なぜ横流しをしているのかというと、整備兵たちの給与が少なかったり、支給されなかったりした期間があったために、兵器を横流しして利益を得ていたというのだ。
ソ連邦が崩壊した後には、このような情報は至る所にあった。
火砲そのものも他国に横流しされているが、火砲の部品も同様だ。
古い火砲を使わないのであれば、火砲そのものから部品を外して、あるいは倉庫にある部品を横流ししても、表面上は何も問題はない。
かつて、兵器の部品が密輸されている情報も多くあった。
このようなことで、保管されている兵器をロシアの軍倉庫から出して、次から次へと戦場に送り出すことはできない。
野ざらしにされている兵器を戦場に復帰できる数量は、かなり少ないだろう。
6.長期戦になればロシアが有利なのか
ウクライナとロシアの戦いは、「消耗戦になる」「ロシアは長期戦に持ち込めば勝利できる」という情報があるが、どうなのだろうか。
ロシア政府指導部やロシア軍参謀部はこれまで、「多くの損失が出ても、保管している兵器が十分にある」「補充できる兵士はいくらでもいる」と考えているかもしれない。
これまで述べた損失をどう見るか。
ロシア政府指導部特にウラジーミル・プーチン大統領はこう考えているのかもしれない。
「ロシアには、強大であった旧ソ連軍が残してきた多くの兵器がある。戦車がまだ63%も残っていて、保管場所には投入した兵器の何倍もの数の兵器がある」
「兵員も招集すれば数百万人いる。これらを投入して、持久戦に持ち込めば勝算はある」
強大な旧ソ連軍の遺産は、軍の解体、予算の削減、給与未払いで、保管兵器は野ざらしで腐食し、そればかりではなく軍の組織、兵員の気力までも蝕まれてしまった。
野ざらしにされた大量の兵器が、戦場に送り出されているという情報はない。
兵器の心臓部が錆びで腐食し、回復に時間がかかっている。あるいは、もう回復できない状態にある。
ソ連邦が崩壊して、兵士に給与が支払われない時期が長期間続いた。それを埋め合わせるために、北朝鮮・中国や紛争国に兵器・弾薬を引き渡し(横流し)てきた。
現役や建造中のソブレメンヌイ級駆逐艦やスクリュー音の静粛性が高いキロ級潜水艦でさえも、中国に引き渡してきた。
戦場の部隊長は、戦車が3分の1、装甲車が3分の2以上損失、合わせると半数が撃破され、多くの兵士が死傷している現場を見ている。
負傷した兵士を助けることもできないでいる。
この9か月間に死傷した兵士のほとんどは、兵器を使いこなせる古参の兵士たちだった。彼らがいなくては、兵器があっても使用できない。
新たに招集された兵士は、せいぜい銃の取り扱い、壕を掘ることや警戒しかできない。
ロシア地上軍の兵器の実情から、ロシアは今後、大きな攻勢に出られるという期待はほとんどない。
作戦は、防勢にならざるを得なくなってきている。その防勢が上手くいかず、さらに撤退を余儀なくされる地域も出てくる。
ロシアはこれまで、ウクライナの領土だけで戦っていればよかったが、これからは、ロシア国内への攻撃の可能性もあると考え、モスクワおよびモスクワに至る都市を守るための準備をせざるを得なくなる。
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