福島 香織:ジャーナリスト)

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 習近平政権は12月に入り明確に動態清零(ゼロコロナ政策)からウィズコロナ政策に転換した。11月下旬に一気に広がった「白紙革命」「反ゼロコロナ抗議」の勢いに習近平政権が譲歩したという見方が強い。

 だがこれを、民衆の抵抗運動の勝利だ、とか、いよいよ中国経済の復活だ、と諸手(もろて)を挙げて喜ぶ状況ではないようだ。

 今、あまり予防効果がないという中国製ワクチンしか接種できていない中国人民の間で感染が急拡大している。さらに今後、クリスマス、元旦、春節休みに伴って人民の大移動が起きれば、全国同時に新型コロナアウトブレイクに見舞われる可能性も出てきた。そうなれば、医療システムの崩壊が起こり、弱毒性といわれるオミクロン株でも、高齢者、基礎疾患をもつ人々は生命の危機に直面するかもしれない。

人々が歓喜の声をあげて封鎖地区の外に

 12月7日、国務院の聯合防疫コントロールメカニズム当局は「新十条」と呼ばれるゼロコロナ政策緩和の10項目を打ち出した。

 簡単に内容を列挙すると次の通りである。

(1)封鎖する場合は正確にハイリスク地域に絞って勝手に拡大しない。いきなりロックダウンはしない。
(2)PCR検査対象を縮小し少しずつ減らしていく。病院、養老院、託児所、小中学校など特殊な場所以外はPCR検査陰性証明提示を要求しない。
(3)無症状陽性者、軽症者は家庭で自主隔離か集中隔離施設かを自分で選択。
(4)ハイリスク地域封鎖は、5日間、新規感染者が出なければ解除。
(5)薬局は勝手に営業をやめない。薬の購入に勝手に制限を設けない。
(6)高齢者のワクチン接種を加速。
(7)基礎疾患者に対する分類管理。
(8)非ハイリスク地域の人的流動、生産・営業を停止してはならない。社会の正常運転、基本的生活物資、ライフライン供給など保障。
(9)消防車両の通り道やコミュニティのゲートなどを封鎖しない。
(10)学校の防疫工作の最適化。感染の起きていない学校の正常な開放、など。

 これは11月半ばに打ち出したゼロコロナ政策最適化20条に続く、ゼロコロナ緩和の通達となるが、11月には一向に言うことを聞かなかった地方の現場が今回はあっという間にPCR検査ステーションを閉鎖し、建設したばかりの強制隔離用のキャンプを解体し、「大白」と呼ばれる防疫職員の姿も消えた。

 さらに健康コード、行程コード、PCRコードなどゼロコロナ政策において人民の監視に利用されてきた様々な管理統制アプリを廃止することも発表。多くの場所で、それまで健康コードを提示してグリーンでなければ乗れなかった高速鉄道の移動も解禁された。

 広州や上海、成都など厳しいロックダウンに見舞われていた地域では、封鎖されていたゲートが撤去され、閉じ込められていた人々が歓喜の声をあげて外に出てくる様子、爆竹を慣らして祝う様子などがSNSで拡散されていた。

気のせいではない感染急拡大、火葬場では遺体を放置

 だが、このゼロコロナ政策転換によって、中国社会は新たな試練に直面することもまもなく判明。つまり、北京ほか各都市で今、急激な新型コロナ爆発感染が発生しているのだ。

「病院の霊安室がいっぱいだ」「病院の外来診療窓口がパンクしている」「コミュニティの全員が感染した」・・・といった大量の小道消息(噂、伝聞)がSNSに流れ、風邪薬漢方薬、生活物資の買い占めが起こっている。「缶詰の桃がコロナの症状を緩和させる」といったデマが広がり、スーパーの棚から桃缶が一瞬で姿を消す現象も起きた。

 中国当局が公布する新型コロナ新規感染者12月2日の6万2439人から12日の8847人へと急減しており、あたかも順調に新型コロナ感染状況から脱しつつあるようにもみえる。だが、多くの人はこの数字を信じなかった。要は、PCR検査をしなくなったから陽性者の数が減ったのだ。12月13日からはPCR検査を行っていないという理由で、無症状感染者数の公表も停止した。これで本当の感染状況がますます不明になった。

 市民は強制隔離の恐怖に怯える必要はなくなったが、体感として近所や知り合いの感染が急増しており、不安に駆られ始めている。

 こうした不安は気のせいではなく、12月12日、北京市衛生健康委員会副主任の李昴は記者会で、「発熱外来の患者数および流感様の感染者数が11日だけでのべ2.2万人となった。1週間前の16倍だ」と語り、新型コロナ感染急増が事実であることを裏付けた。

 市民の感染拡大により、機能マヒに陥る地域が多く、たとえば北京市朝陽区のあるコミュニティ(社区)では、職員20人全員が感染し、清掃やガードマンなど含めて住民も数百人が感染し、コミュニティ内の衛生や安全管理ができてない状況も発生しているという。また、葬儀場、火葬場が非常に混雑し始め、12月11日、12日に北京の葬儀館の職員の感染が続出したことにより、予定通りの火葬が進まず、遺体が火葬場に放置される状況が起こっていると、北京中医薬大学東方医院の職員がSNSの微博で発信していた。

 北京の主要な病院では、新型コロナ感染により、高齢者の死亡が増えており、霊安室がいっぱいで、遺体を安置しておく場所がないという悩みを微博で発信している遺族も少なくない。ネットには、遺体を火葬場に運ぶ黒い霊柩車が延々と並び、渋滞している様子の写真や、抗原検査薬や風邪薬、N95マスクなどが売り切れていることを示す薬局の看板の写真などがあふれていた。

 華字ネット・ニュースサイトのアポロネットや大紀元では、中国問題専門家のゴードンチャンのコメントを引用して、「中国はおそらく、感染症の『核の冬』に直面する。(ゼロコロナ政策という)予防に失敗したら、中国共産党にはもうプランBがない」「この冬、100万人が感染症で死ぬかもしれない」とし、中国共産党が有史以来の極めて厳しい試練の一つに直面する、と予言した。

死者が増えても経済回復を優先

中国新聞週間」誌によれば、中国疾病予防コントロールセンターの元主任で、国務院の聯合防疫コントロールメカニズム専門家チームの一人でもある馮子健は12月6日、清華大学主催のオンライン討論会「いかに理性的にオミクロンに対応するか」の中で「最終的に我々の80~90%が感染するだろう」と語ったという。

 馮子健は、感染予防策がどのように調整されても、我々の大多数が一度は感染することは免れない、としている。その上で3つのうまくやらねばならないことがあり、それは感染ピークを適切に制圧する措置、ピークに対応するための医療システムの事前準備、さらに基礎疾患と高齢者に対するワクチン接種の加速である、とした。

 またゼロコロナ施策の緩和を示す新10条の措置については、公共衛生専門家として、緩和に従って大規模な感染拡大の衝撃に直面すると見ている。「大規模感染は1、2カ月内に出現する」として、オミクロン株の感染性の高さに加えて元旦、春節休暇の人民大移動により今後数カ月は全国同時大規模感染が起こり、ピーク時は医療システムと社会的弱者が厳しい試練に直面するだろう、と指摘した。

 香港大学バイオ医学学院教授でウイルス学専門家の金冬雁は個人的発言として、「個人で感染防護をしっかりすれば感染を避けられる。もし感染しても平常心で対応し、家で抗原検査して、5~7日、自主隔離すれば正常な暮らしに戻ることができる」と指摘し、冷静さを保つように呼び掛けている。。

 その上でハイリスクな医療関係者や高齢者らに対する4回目のワクチン接種を急ぐこと、春節休みに帰郷する場合、ピーク時の移動を避けること、帰郷途中は出来る限りマスク着用などの防護を厳重に行い、もし旅の途中に体の不調を感じた時は速やかに旅程を取りやめ、人の多い場所にできるだけ行かないなどの行動をとることが重要だとした。

 共産党は強制的に行ってきた隔離措置を廃止し、人民は自分で防護策を考え自分たちの判断で安全を守るように、という西側的な自己責任論に切り替えたというわけだ。

 結果として、高齢者や弱者の死者が百万人単位で出たとしても経済回復に必要な措置をとる、という決断を下したといえる。

医学生の怒りがデモの形で爆発

 こうした厳しい試練を覚悟の上で、ゼロコロナ政策の転換を打ち出した中国だが、その最大の理由は、大学で拡大する「白紙革命」の勢いに習近平自身が譲歩せざるを得なくなったからだという見方が強い。

 だが少なからぬ大学では、こうした習近平政権側の譲歩によって完全に落ち着いたとはいえない。

 12月11日夜、四川大学華西臨床医学院では、約100人の学生が、安い賃金で病院にバイトを強要されたとして、キャンパス内で「同工同酬(同じ仕事に同じ報酬)」「(春節休みの)帰省させよ」「ダブルスタンダード拒絶」「脅すな」などのスローガンで抗議デモを起こした。

 さらに12日も、同様の理由で、わかっているだけで江西医学院、四川省川北医学院、雲南省昆明医科大学、江蘇省徐州医科大、南京医科大学、福建省福州大学の6つの医学系大学でもデモが起きている。彼ら医学生は実習の名の下に月額1000元という正規の医療従事者の10分の1以下の報酬で、N95など必要な防護装備も与えられない状況で、長期にわたりハイリスクな医療現場で医療雑務に従事させられていることへの不満を、デモの形で爆発させたのだった。

 昆明医科大学では私服警官がキャンパス内に入りデモ隊と衝突し、流血の騒ぎも起きたという。だが、ほとんどの大学当局は学生たちの要求を受け入れる形で解散させたらしい。

 これら医学生デモは「白紙革命」と違い、政治的なメッセージはスローガンにない。だが、大学における白紙革命が共産党当局の大きな譲歩を引き出した成功体験が招いた新たな学生デモといえる。とすると、今後、学生たちが次々と、要求をデモと言う形で当局にぶつけていく可能性もあるのだ。

 習近平は第20回党大会で政敵派閥の共産主義青年団派(団派)をパージし、また団派の長老、胡錦涛を党大会閉幕式で強制退席させるなどして、団派の政治的影響力の低下を国内外に印象づけた。ところがその一方で、団派の根底を支える大学で習近平の予想を上回る大きさの抵抗運動が広がったことは興味深い。

 北京をはじめとした中国大都市における新型コロナの新たな嵐と、地方の大学における学生運動の広がりが来年(2023年)3月の全国人民代表大会までにどれほど習近平独裁体制の足元を揺るがすことになるのか、要注目である。

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