「米国が長い年月をかけて築き上げてきた伝統が崩れつつある」

JBpressですべての写真や図表を見る

 米首都ワシントンに住む友人の教育者が、悲痛な声色で言った。いったいどんな伝統が崩れつつあるのか。

 話を聴くと、まず大学の価値が変化してきているという。

 同時に、多くの学生は学費を支払うために借金をし、返済のために仕事をせざるを得ない状況が以前より強まっているのだという。

 さらにナショナル・パブリック・ラジオ(PBS)の調べでは、過去8年間で大学への入学者数は11%も減少した。当時の新入生数と比較すると、230万人以上も減っている。

 前出の教育者によると、「小規模の私立大学にとっては痛手であり、閉鎖に追い込まれるケースもでている。危機に瀕しているといっても過言ではない」と事態の深刻さを口にする。

 学生数が減っている理由はいくつかある。

 第1の理由は米大学の授業料が極めて高いことである。

 教育問題の特集記事に定評がある米USニュース&ワールド・リポートによると、2022年から23年にかけての米私立大学の平均年間授業料は3万9723ドル(約540万円)。

 4年間の総授業料は16万ドル弱となり、かなりの富裕層でない限り私立大学に通わせることは難しい。

 16万ドルという値段は中西部では一軒家が買えてしまう額である。

 2021年の米年間所得の中央値が7万9900ドル(約1090万円)であることを考えると、子供2人以上が同時に私立大学にいくことはかなりの負担になる。

 ちなみに、公立大学の年間授業料は1万423ドル(約141万円)。

 米国と単純比較した場合、日本の大学授業料は良心的といえる額であろう。

 お金についての専門情報メディア「マネージャーナル」によると、日本の私立大学の授業料は入学料などを含めても4年間で平均469万円だ。

 米国の1年分の授業料よりも安い。

 なぜ米大学の授業料はここまで高騰してしまったのか。冒頭の教育者はこう説明する。

「米国の学生の多くは学生ローンを借りて授業料を支払う。卒業後、返済していくのだが、それが米国の教育文化の一つになってしまい、学校側はコストを抑えようというインセンティブが生まれなかった」

 こうした学費高騰の中で、高等教育を受けることに「費用に見合うだけの価値が本当にあるのか」との疑念が一部で生まれている。

 さらに過去数年、米経済状況が悪くなかっただけに、「好況時は大学入学者数が減る」という傾向がみられた。

 現在の米失業率は3.7%で悪い数字ではない(11月)。不況に見舞われた2011年は9.9%だったので、その時と比較すると就職に苦労する学生は減っている。

 景気が良くなれば失業率は下がり、大学に進学するより仕事に就く人が増える。

 逆に不況になると、大学で学んで学位を取得し、就職に有利になるような環境づくりを考える。

 全米学生クリアリングハウス・リサーチセンターによると、2022年春学期の米公立・私立大学全体の入学者数は前年同期比で4.1%減の1620万人。

 学生数減少のさらなる理由は、「米国はいま人口動態の課題に直面している」ということなのだという。

 これはどういうことかといえば、ミレニアル世代が大学を卒業した後、若者世代の人口が減っているのだ。

 米教育問題に詳しいジェフ・マジョンカルダ氏は次のように話す。

「いまは一定の逆風が吹いている状況。ミレニアル世代が終わったので、入学者が減るのは必然」

「一方、インドラテンアメリカ諸国、またアフリカの国々をみると、学生数は増えているので、入学者減少というのは米国ならではの現象なのです」

 それでも、米国の有名大学への進学は依然として根強いことに変化はない。有名校や就職がいい大学は相変わらず高い入学率を維持している。

 学生数が減るもう一つの理由は、10年前にはなかった「ハイブリッド教育(オンライン教育と対面型教育の融合)」を、10代の若者がより効果的に試せるようになったことで、大学に行く必要性が薄れたのである。

 教育の多様化・自由化が様々な形で現実のものになり、大学に進学しなくとも多くのスキルを学び、より良い報酬を得られる道筋が出来上がってきた。

 これは新型コロナウイルス感染症というパンデミックのおかげでもあるともいえる。

 オンラインコースで学位取得ができるプラットフォームが提供されているため、自身のやりたい方向性が定まっている若者は、大学という場にこだわらなくとも自宅にいながらにしてオンラインコースに集中できる。

 例えば、スタンフォード大学コンピューターサイエンス学部の教授が設立した「コーセラ(Coursera)」という教育技術習得の団体は、世界のどこにいても受講できるトップクラスのオンライン教育サービスを提供している。

 有名大学が提供している授業だけでなく、グーグルIBMといった一流企業が主催する7000以上の講座をオンラインで受講することもできる。

 こうした講座は大学の学位につながるものでもあり、認定証や修了証明書は大学卒業と同じ価値を得ている。

 今年5月時点で、世界8700万人以上がコーセラで学習しており、この流れは今後、主流になる可能性が高い。

 つまり物理的に大学に通って限定的な授業を受講するより、数千に及ぶ講座をオンラインで選択する方が手軽で、効率よく学べるからである。

 こうした背景もあって、先週発表された米大学の過去1年間の入学者数を眺めると、前年比で1.1%の減少になっている。

 新型コロナウイルスの蔓延という理由もあるが、コーセラのような新しい教育の形が米国発で世界に広がりつつのは事実だろう。

 コーセラのCEO(最高経営責任者)ジェフ・マジョンカルダ氏によると、リモートワークは今後、ある意味で「労働の標準」になるという。

 柔軟な労働条件が採用されて、社員をオフィスに来させる雇用者の要望より、リモートワークを求める社員の要望の方が強くなってくる。

 同氏が米メディアに述べている。

「雇用主は、労働者を職場に戻すことをコントロールできないのです」

 教育にしても仕事にしても、今後は自宅が生活の起点になっていくのかもしれない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  プーチンの2段階作戦でウクライナ軍全滅の危険性も

[関連記事]

プーチンの次は習近平、米軍トップが鳴らす警鐘の中身

米国はITや金融だけではない、強い製造業が地方に4000社

米国の大学生が減っている原因は学費高騰だけではない(写真はスタンフォード大学)