12月13日、先端半導体の新企業「Rapidus」が、国産半導体の量産化に向けIBMとの共同開発を発表する記者会見を行いました(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221213/k10013921611000.html)。

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 社長の小池淳義氏は早稲田大学大学院から日立製作所に入社、東北大学大学院で電子工学の学位を取得。日立OBの方からは、小池氏がエンジニアの中のエンジニアだとうかがっています。

 しかし、悲しいかなNHKの報道は、例によってですが、表面すらも撫でられておらず、何を言っているのかさっぱり分かりません。

トヨタ自動車NTTなどが出資するRapidus2027年をめどに先端半導体の量産化を目指していますが、日本には現在、そのための技術がありません」

「新会社では、今月6日にベルギーの研究機関とも技術協力に向けた覚書を交わしていて、優れた技術を持つ海外勢との連携を積極的に進めようとしています」

 この2つのセンテンスで、何か意味ある内容を把握できる読者がいるとすれば、関係者か超能力者でしょう。

 官僚が書くプレスリリースが無内容なのは、その官僚自身が内容を理解していないことに原因があることが大半です。そのプレスリリースを書き写したような報道には報道機関としての責任感が全く感じられません。

 そもそも、この文章中にある「優れた技術を持つ海外勢との連携」という記述からして社会常識を欠いて無意味です。

 普通、先端技術を持つ企業や研究機関は海外に技術漏洩するのを極度に警戒します。どうしてそうした海外勢との連携が図れるのか、と真っ先に疑問が生じます。

ベルギーの研究機関」ではなく、なぜ「世界の先端大学が協力して超微細電子工学と情報技術分野で世界を牽引するする「Interuniversity Microelectronics CentreIMEC)大学際微細電子工学研究センター」と書かないのか。

 関連する内容を扱っている大学の一教官として極めて不本意です。

 また、「日本には現在、そのための技術がありません」の文章に至っては、あまりに間抜けな話です。技術がないのにたった5年でキャッチアップできるのでしょうか。

 日本は1980年代「電子立国日本」だったはずです。どうしてそれが「技術がありません」にまで零落したのか。

モノづくり産業政策を放棄した日本

 この謎を解くカギは2000~2001年「同時多発テロ」直前頃の政策転換にあります。

 この時期、日本は米国から毎年「年次改革要望書」を突き付けられるようになります。官僚はこぞって、これに沿って政策案を書けば国会を通過しました。

 私は1999年東京大学に着任したので、このありさまをリアルタイムで見るのみならず、御用学者の末端として、研究教育の政策立案にも携わりました。

 正確には「産業政策」周りを回避して、基礎研究、教育だけに集中するように自らの道を選んだ。何しろあまりにもひどい内容だったから。

 一言でいうと小渕恵三政権末期から森喜朗小泉純一郎政権初期にかけて、日本は独自の「ものづくり産業政策」を放棄したわけです。

「もはや輸出などと言っている時代ではない」「これからは内需拡大、インバウンド重視」など、旗印は結構なのですが・・・。

 世界に冠たるシェアを持つ商品や産業は、ごく一部の例外(車やゲーム、アニメなど)を除いて、ことごとく消えてしまった。

 半導体は日本で育った技術が完全に芽を摘まれ、移植された先の韓国サムスンや台湾TSMCが天下を取りました。

 かつては「電卓戦争」で熾烈な争いを勝ち抜いた「ビジコン」東北大学出身の嶋正利が世界で最初のマイクロプロセッサを設計し、マルチウインドウ型のOSも大阪大学でその原型が開発されたはずでした。

 しかし嶋さんのチップは発足したばかりのベンチャー、米インテルが製造、マルチウインドウ型OSも米アップルとマイクロソフトが独占してしまった。

「技術で勝ってビジネスで完敗」が20世紀末年日本のパターンでした。

 その技術も根絶やしにされかかったのが、21世紀に入ってからのここ20余年だったわけです。

 皮肉なことに2022年、ウクライナで戦争が勃発、米中関係を軸に東アジアにも各種の緊張が走る中、むしろ台北やソウルよりは人件費が安くなってしまった日本の地方で、自由主義圏のモノづくり復活というのが、グローバルに見た日本の現状と言えるでしょう。

 では20世紀「電子立国日本」当時と、21世紀第3ディケードの今日と、エレクトロニクスは何が変化し、日本は「その技術がない」状況になってしまったのか?

 一言でいうなら「ナノテクノロジーものづくり(ファブリケーション)」を支える「ヒト」「基幹技術」そして「設備と組織」が「ない」のです。

 そこで、ここ20年「IT」だ「データ・サイエンス」だと表層的な情報応用に執心して、日本が完全に乗り遅れてしまった「ナノテクもの作り」について、端的な例を挙げて物性物理の観点から平易に示してみたいと思います。

「ナノテクもの作り」に乗り遅れた日本

 Rapidusの記者会見に先立つこと4日の12月9日、世界最大手の半導体受託生産メーカTSMC(台湾積体電路製造)は、3nm世代のCMOSロジックLSI製造技術の確立を発表(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/07475/)しました。

「新しい3nm世代LSIは、トランジスタとしてFin-FETを採用、配線は15層でシングルパターンのEUV極端紫外線露光装置でエッチング」などとプロセシング用語を並べてもわけが分からなければ意味がありません。

 トランジスタというのは「スイッチ」です。

「ゲート電極」に電位が掛かると「ソース電極」と「ドレイン電極」の間にチャネルが開かれ電気が流れる。

「ゲート信号によって、ソース→ドレイン間の電流を制御するスイッチング素子」というのがトランジスタの実体です。

 これを単位に論理回路を組み立てることで、CPUやメモリーなどの半導体素子、チップが作られます。

 一言でチップといっても、種類は様々で、すでに確立されているGPUから、私たちがいま創成を目指している「脳型半導体(ニューロモルフィックLSI)」など、種類は豊富です。

 今日、多くの半導体素子が電界効果トランジスタ「Field-Effect Transistor(FET)」と呼ばれるシステムを基本ユニットとして採用しています。

 これはゲート電極にかけた電圧(電界)が半導体内部の状態を変化させ、電気が流れたり流れなかったりを制御する仕組みになっている。

 発明された当初、FETはゲート電極「面」がソース~ドレインに「面」で密着して「電界効果」を与えていました(図のPlanar FET)。

 これを薄型化することで、高速で動作するFETを作ることができます。

「ナノ薄膜」加工によってFETのサイズは数十ナノメートル・スケールまで極小化し、低いスイッチング電位、低消費電力で高速動作する素子を作ることができました。

Planar FET、Fin-FETとGAA

 ところが、一定以上サイズを小さくしてしまうと、ソースとドレインの間が近づくためにゲートが本来の「扉(gate)」の役割を果たさなくなり、ショートしてしまうなどの難がありました。

 この点を克服するためゲートとソースの接触面積を増やしてスイッチング素子としての性能を高めたのが「Fin-FET」背びれ型電界効果トランジスタと呼ばれる、ナノファブリケーションです。

 それまで膜面を2D積層していたナノ薄膜形成を「3D」化し、3面で接することで、0.5Vの動作電圧でも作動する、高速半導体素子の創成に成功しました。

 現在では「Fin FET」が最先端半導体では主流になっています。

 つまり「半導体ナノシート」のプロセシングで実用に供する歩留まりが出ているといことになる。

 しかしこれがうまくいったのはスケール5nmまでで、4nm以下では動作電圧を下げにくいことが分かり、さらなる高速化に向けてサムスン電子などが注力したのが「Gate All Around(ゲート・オール・アラウンド=まわりがゲートだらけ)」という新しい構造でした。

 一番右に描いた図で分かるように、ゲートの中に直径1ナノメートルほどの、極めて細いソースやドレイン「細線」が埋め込まれています。

 だから「まわりがゲートだらけ」となり、より低い動作電圧でも正確に作動するのです。

 ただ、導線の断面積が小さいので電流量が稼げない。

 そのマイナスを補うために細線が並列つなぎになっている。これがGAA構造と呼ばれるもので、実用に供する歩留まりで「ナノワイヤー」を製造する技術が求められます。

 そして、これらの技術が「日本にはない」。

 冒頭のNHKの報道だけでは、わけが分からないのは、こうした「ナノテクノロジー」の精密なアプリケーションの認識が一切ないまま、ただ単に「最先端」の何のと、意味の希薄な代理店的惹句を並べて終わっているからにほかなりません。

 また、プロでないと気付きにくいですがTSMC12月9日リリース(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/07475/)ではFin-FETの構造で3nmスケールを実現したとしている。

 これは従来はできなかったのではないか・・・という物質科学、材料物性の議論を無視した考えになります。

 量子細線は顕著な物性を持ち、高速で動作もしますが、何分扱いが面倒で歩留まりにも難しい面が考えられる。

 その点「Fin 背びれ」は十分枯れた技術になっており、側面積が広いだけでなく断面積も稼げるので、すでに実用に供している。

 Finでの3nmの背景には、知財としていまだ伏せられているのかもしれない物性物理の成果、量子力学的な効果が秘められている可能性も考えられます。

 という、こうしたモノづくりの全体を「2027年までに」「日本で」「実現」できるかと問われたとき、言えるのは、まず先進圏(この場合は台湾や韓国)から技術委譲を受けながら、それを活用できる「人材」活用の有無が、成否を分けると言えるでしょう。

 先に結論を記します。

 現在の日本の半導体モノづくりは、国策の変化に伴って20年にわたってシステムと人材、そして人材育成のスキームを完全に破壊、根絶やしにしてしまいました。

 歴史と伝統を誇るはずの旧帝大工学部電気電子工学科でも、もはやアナログ回路を教えなくなってしまった。

 カリキュラムは「データ・サイエンス」一辺倒。企業の求人ニーズはそちらにある、というのですが・・・。

 その実は、数年で使い物にならなくなる浅い統計応用、その表層を撫でさせただけで社会に送り出される学生の割合を増やしているだけ。

 いま、我が国で独自の集積回路を設計、実装できるしっかりした「ナノテクもの作り」の人材育成システムは、本家本元の大本山でも、少数の例外を除いて、現在はほとんど稼働していない状況なのです。

 単に「先進国」台湾・韓国に頼るのでなく、日本が半導体モノづくりで再生するか否かは、「人づくり」、2027年の新卒や現在10代・20代以下の若者をどう育ていかにしてモノ作りのプロとして世界で戦える学術技術戦力にブラッシュアップするかに掛かっている。

 それは2010年代までの目新しそうなスキーム(例外なく失敗し続けてきました)ではなく、本命再登場、保守本流「電子立国日本」の新たなオーソドキシーである必要があります。

 しかし、国内を改めて見渡せば、2009年以降、日本の高等学校では行列も複素数もまともに教えていないという亡国の人材欠乏の実態がある。

 高校で複素数を教えず、大学でも実数化したコンピューターの計算で間に合わせているから、かつてはアマチュア無線少年だって通暁した「複素関数論」は完全に学生たちの手に余り、演習のテストでは零点平野のほうき草。

 その複素関数論を駆使する交流理論など、LSI設計に必須不可欠な電子回路技術は「算数」のレベルから人材が払底し、日本は到底自前のチップを設計実装不可能になり、かつての「負うた子」韓国・台湾の後塵を完全に拝する立場まで零落し、人材面からの立て直しに見通しはありません。

 足腰が「弱い」のではない、自力で歩ける足がないのです。超スローモーなカタツムリ、ナメクジ状態。

 そんな若い世代を作り続けてしまった「ゆとり以降」の教育制度「怪革」まさに国難と指摘せねばなりません。

 過去30年ほどの文科省初等中等局スタッフOBOGには深刻な反省を求めねばならないでしょう。

 この国難をいかにして乗り越えていくかについては、稿を改めて現実的な施策を考えてみたいと思います。

「モノづくり大国」として、戦後の焼け野原から25~40年ほどで「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と世界に讃嘆された「電子立国日本」を再生する上で、ウクライナ戦争の続く2022~23年は最大で最後のチャンス、転機を迎えていると思います。

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