いよいよ佳境に入ってきたサッカーワールドカップ(W杯)。開催国のカタールは今回の成功をステップに、2036年夏季五輪誘致に乗り出す方針を固めたとの報道も飛び出した。大会の盛り上がり同様、まさにイケイケドンドンである。

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 日本のメディアは惜しくもベスト8入りを逃した日本チームの動向を追い続け、巷にはサッカー情報があふれ返っていた。しかし、その裏で、W杯期間中にこの国のエネルギー情勢を左右しかねない“不気味な動き”が進行していたことはほとんど報じられていない。

小国ながら「オイルマネー」で潤うカタール

 日本国民の多くがW杯中継にくぎ付けになっていた11月下旬以降、カタールのLNG(液化天然ガス)関連の2つのビッグニュースが飛び込んできた。

「中国シノペック、カタールとLNGの長期契約を締結」
ドイツ カタール産LNG購入へ 15年契約調印」

 世界的なスポーツイベントの真っ最中に、熾烈な資源獲得競争が展開されていたのだ。一連の報道が日本とどう関わるのか、まずは日本とカタールの関係からみていこう。

 カタールは建国が1971年と若い国で、タミーム・ビン・ハマド・サーニ首長が率いる首長制国家。人口約300万人、面積は秋田県ほどの小国である。しかし、資源力は侮れない。原油埋蔵量は約252億バーレルで世界シェア1.5%。それよりもすごいのは天然ガスで、埋蔵量は約24.7兆m3で世界シェアの約13%を占めている。

 人口構成は1割がカタール人で、9割が外国人労働者ら。その外国人労働者を巡る人権問題がクローズアップされているのは周知のとおりだ。

 いわゆるオイルマネーで潤っている国なのだが、小国ながら世界の国際競争力ランキングでは18位と、34位の日本よりも上位だ(IMD『世界競争力年鑑』2022)。

 日本は1971年イギリスの保護下にあったカタールが独立したことから、翌年、大使館を設置。1978年には福田赳夫首相(当時)が総理大臣として初訪問。1993年10月にドーハで行われたW杯アジア最終予選の日本vsイラク戦は「ドーハの悲劇」としてあまりにも有名だ。

 2011年4月には、東日本大震災を受けてカタール政府が1億ドルの資金提供とLNGの追加供給を表明。2019年5月にはカタール初の鉄道「ドーハメトロ」が開業し、日仏5社が受注(車両は近畿車輛)したプロジェクトで、三菱重工、三菱商事、日立製作所も関わっている。

 対カタールの貿易(2021年度)は、輸入1兆3547億円(前年度比55.5%増)、輸出1168億円(前年度比14.7%増)で1兆円以上の貿易赤字となっている。在留邦人は約700人。

日本がLNG長期購入契約を更新しなかったワケ

 日本にとってカタールは、エネルギー政策上、極めて重要な国の一つである。

 2021年度のLNG総輸入量は、7146万トン。そのうち706万トンがカタールからで、豪州、マレーシアに続く3番目。依存率は約1割である。かつて日本はカタールのLNG最大輸出国だったが、2017年に中国にその座を奪われた。ロシア情勢が混沌とするなかで、この先LNG争奪戦の激化は必至だ。

 ところが、そんな状況下で、日本とカタールの関係が怪しくなってきているのだ。

「今年9月、日本が主催した『LNG産消会議2022』で、カタールのエネルギー担当者は“もはや主要なLNG供給者でなくなった今、日本が主催する会議で発言することは、素直に言って少し奇妙に感じる”と意味深な発言を行ったのです。

 その背景には、昨年暮れに期限がきたカタールとのLNG長期購入契約を日本側の企業(JERA)が更新しなかったため、カタール側が態度を硬化させているとみられています」(エネルギー業界関係者)

 では、日本側はなぜ長期契約をそのまま継続して締結しなかったのか。W杯直前に『日・カタール関係とLNG争奪戦─FIFAワールドカップを機に考える』とのレポートを発表したニッセイ基礎研究所の主任研究員・小原一隆氏はこうみている。

「(昨年10月に閣議決定された)第6次エネルギー基本計画において、2019年に37%あったLNG火力の比率を2030年には20%とするとの方針が示されています。カタールとの長期契約の期限切れ直前でした。こうした動きがあるなかで、LNGの長期契約にコミットすることに買い手側が躊躇したと言われています。

 2050年カーボンニュートラルを掲げ、脱炭素社会に向けて進んでいく社会状況のなかで、20年、25年というロングタームの契約のリスクを飲み込みきれなかったということでしょう」

 LNG契約のなかには厳格な転売制限条項があり、脱炭素化が進むなかで余剰を抱え込みたくないという経営判断が働いたとの指摘もある。脱炭素の呪縛のもと、日本側が長期契約を嫌った結果、友好的だったカタールとの関係がギクシャクし始めた。

 しかも、その数カ月後にロシアウクライナ侵攻が起こり、世界のエネルギー事情が一変した。経済制裁の対象となり、政情不安が見込まれるロシアへのエネルギー依存を断ち切ろうとする国が相次ぎ、LNG需給は世界的に逼迫。国際的な資源争奪戦に突入したのだ。

世界で厳しさを増すLNG争奪戦

 ロシアウクライナ危機を予見できず、カタールとの関係にひびが入った日本の今年のLNG輸入実績はどうなっているのか。今年1─10月のトータルは6039万トンで、前年同期よりも約100万トンの減少だ。カタールからの輸入量は236万トンで、前年同期(731万トン)の約3割の水準に落ち込んでしまった。

 そんな日本を尻目に、中国はシノペック(中国石油化工集団)が昨年3月の契約(年間200万トン、期間10年)に続き、今年11月には年間400万トンのカタール産LNGを27年間にわたって調達する長期契約を締結した。

 そして、ロシアへのエネルギー依存からの脱却を図るドイツも同じく11月に、2026年から15年間、年間200万トンの供給を受ける契約に調印したのである。ライバルのしたたかな動きの前に、日本は完全に蚊帳の外に置かれてしまった。結果的には、日本の“オウンゴール”と言えるかもしれない。

 資源エネルギー庁の最近の資料のなかに、「世界で激しさを増すLNG争奪戦」として中国、韓国、欧州各国の資源獲得の動きを紹介しているページがある。

 そこには〈現状2026年までに供給を開始できる長期契約は全てSold Outと言ってよい。LNGの調達環境は一変。調達も戦時状態と言える〉との日本企業の声を掲載している。なんだか評論家みたいなコメントだ。

日本にとってカタールとの関係修復が不可欠

 カタールは今年に入り、2つのガス田の拡張プロジェクトに着手し、LNG大増産を図っている。数年後には年間生産能力が現在の年間7700万トンから1億2600万トンに増加する見通しとも伝えられ、国際的な存在感を高めている。

 日本の巻き返しは可能だろうか。

カタールはいま、2030年までに同国を先進国へと変貌させるための『カタール国家ビジョン2030』を掲げ、自国の発展維持と国民、将来世代に高い生活水準を提供することを目標にしています。

 日本はこれまでカタールインフラ整備でさまざまな形で協力してきました。今後はハコモノだけでなく、ビジネス環境整備や人材育成など、ソフト面でのサポートといった従来とは違った協力を強化していくことでプレゼンスを高めていく必要があるのではないでしょうか」(前出・小原氏)

 日本(三井物産、三菱商事)は、ロシアの石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」への継続参画を決めたが、ロシアの政情はこの先どうなるか全く見通せない。供給拒絶などのリスクも払しょくしきれない。

 その意味で、カタールとの関係修復は中長期的なエネルギー政策では不可欠だろう。民間のアプローチだけではおのずと限界がある。外交手腕が問われるところだが、なんの指導力も発揮できない岸田政権にはとても期待できそうにない。

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サッカー・ワールドカップが開催されているカタール(写真:PA Images/アフロ)