経営者のなかには、内心「女性は結婚や育児などで離職してしまいそうで不安」と思っている人もいるのではないでしょうか。しかし、4つの歯科医院を経営し、多くの女性スタッフを抱える村瀬千明氏は、女性の離職が多い職場について、結婚と同じかそれ以上に大きい要因が存在するといいます。女性スタッフを採用するうえで工夫したい求人方法と、女性スタッフの離職を防ぐ方法について、村瀬氏が解説します。

女性スタッフ採用のために…工夫したい「求人方法」

女性スタッフの採用において「求人情報」は非常に重要な役割をもっています。それを見て応募するかどうかを決めるので、女性スタッフ獲得のためのインターネットの重要性は今後ますます大きくなります。

各医院が採用専用ホームページを作ったり、ホームページのなかに採用専用メニューを設けたりするのは、人材が歯科業界内だけではなく、他業種との奪い合いにもなっているからです。

通常のホームページは患者様向けの情報が主になっており求職者の求める情報とは異なります。そのため採用専用のホームページが有効になるのです。

競合は「歯科業界」だけではない

女性スタッフの人員獲得の競合相手としては、その地域の他業種も視野に入れなくてはなりません。国家資格をもっているから歯科衛生士を一生続けるという考えの人ばかりではなく、歯科衛生士以外の職を求めて転職活動をする人もいるからです。

日本歯科衛生士会が2019年に全国の歯科衛生士を対象に行った調査によれば、転職または現在の勤務先を変えたい場合、歯科衛生士以外で「考えたことがある」と答えた人は14.9%、「現在考えている」は5.2%となりました。歯科衛生士以外の職へ変えたい人は全体の2割であることが分かりました。

厚生労働省によると、働き手世代である生産年齢(15〜64歳)人口は、1995年ピークにその後は減少しており、今後も減少していくことが予想されています※ 厚生労働省平成14年版厚生労働白書」

女性スタッフの採用が難しい要因は幾重にも重なっています。働き手世代の人口減少、歯科衛生士の求人の超売り手市場、さらに全体の2割の現役歯科衛生士が他業種への転職を考えているのです。

このような状況では女性スタッフを募集しても応募すら来なくなる可能性もあります。歯科医院は女性スタッフの獲得に本腰を入れなければ、医院の維持さえ危うくなるのです。

女性の離職が多い原因は結婚よりも「人間関係」

女性スタッフを採用できたとしても、経営者が女性スタッフとの日々のコミュニケーションに問題を抱え、それが原因で離職されるケースは少なくありません。

日本歯科衛生士会の調査では、勤務先変更の理由として「結婚」が29.3%、「経営者との人間関係」は29.0%でした。歯科医院に勤める歯科衛生士に限っていえば、「経営者との人間関係」は38.8%にもなっています

※ 日本歯科衛生士会「歯科衛生士の勤務実態調査報告書」(令和2年3月)

特に男性歯科医師や経営者は、女性だからという理由で気を使って叱れない、辞められると困るから嫌われないようにしなくてはいけない、または夫や子どもを理由にされると強く言えないなどの悩みをもっていると思います。

例えば「指示しなければ動かない」女性スタッフがいても、注意をすると機嫌を損ねられることを恐れて、当たり障りのない言い方をしたりします。体調面のことを言われれば強く言えないですし、夫や子どもが理由で早く帰りたいと言われれば了承してしまいます。

1人に了承すればほかの女性スタッフにも同じように了承しなくてはいけなくなり、女性スタッフが急に休んだり早退したりすると予約患者様を安定して診ることができません。そうなれば経営にも影響が及びます。

女性スタッフにものが言えない、ノーと言えない、さらに医院内の規律が乱れるといった状況は、そもそも経営者と女性スタッフの両者がお互いに意思疎通を図れていない、コミュニケーションが成り立っていないということです。

うまくコミュニケーションを取れず信頼関係をつくることができなければ、女性スタッフを採用しても辞められてしまいます。人員確保と離職防止ができなければ経営安定の道はないも同然なのです。

女性に限らず…歯科衛生士の半数が「2回以上転職」

女性スタッフを採用しても「すぐに辞める」「定着しない」と悩む歯科医院の経営者は多いと思います。

実際に日本歯科衛生士会の調査によれば、「勤務先を変わったことはない」と回答したのは22.2%で、転職したことが「1回ある」は21.4%、2回以上ある人は55%となっています。歯科衛生士の7割以上は転職を経験し、5割は2回以上勤務先を変えていることになります※ 日本歯科衛生士会「歯科衛生士の勤務実態調査報告書」(令和2年3月)

せっかく採用できたとしても、定着しなければ採用コストや教育なども無駄になってしまいます。

スタッフの入れ替わりが頻繁にある職場は、ほかのスタッフにも良い影響はありません。女性スタッフのなかには「あの人が辞めるなら私も辞めよう」と便乗したり、同僚や親しくしていた先輩が辞めることでモチベーションが下がったりする人もいます。

毎日一緒に働く誰かの退職が自分の将来について考えるきっかけとなり、他医院への転職や職種を変えることを考え始めるのです。そして治療に集中できなくなればミスもしやすくなり診療に影響が出ます。

患者様に対しても「人の入れ替わりが多い」医院は信頼を落とすことになりかねません。いつ行っても同じ顔ぶれの女性スタッフに出迎えてもらえることは、患者様にとって安心して通えることからリピートの一因となるのです。

それは医療サービスに限ったことではなく、店舗でもホテルでもどの業種でも同じことがいえます。

単に採用するだけではなく採用したスタッフが定着して初めて人材が確保できたことになります。定着にも採用と同じくらい力を入れて取り組まなければならないのです。

採用してもすぐに辞められることが繰り返されるようであれば、経営者はいつも採用業務に追われていなくてはいけません。

たった1人の女性スタッフの離職は、ほかの女性スタッフの心を揺るがし、患者様からの信頼にも影響し、経営者を多忙にさせる要因となるなど、その影響は想像以上に大きいものがあります。採用したスタッフの離職はなんとしても防がなくてはいけないのです。

村瀬 千明

歯学修士

日本矯正歯科学会認定医

(※写真はイメージです/PIXTA)