よく「理屈では人は動かない」といいます。「語る」ことで人を動かすには、相手の感情に働きかける必要があるわけです。経営コンサルタントの井口嘉則氏が著書『リーダーのための人を動かす語り方』(日本能率協会マネジメントセンター)で解説します。

人は情報の80%以上を視覚から得る

■「語り方」に必要な4つの要素

「語り方」には場面や状況によっていろいろなパターンがあることをお話しましたが、では、その「語り方」に共通する重要な要素とは何でしょうか?

「語り方」についての古典の一つが、古代ギリシャの三大哲学者の一人、アリストテレスが著した『弁論術』があります。

当時都市国家アテネにおいては、直接民主制が取られていましたから、民衆に向かって語り掛ける弁論が盛んでした。中にはデマゴーギーと言って、民衆を扇動するような者もいました。そこでアリストテレスは、説得力のある優れた弁論を行うにはどういうことが重要か、ということで『弁論術』をまとめたのです。

そして、そのエッセンスは、以下の3つの要素だとしました。

(1)エートス…「人柄によって」(倫理観/信頼性) (2)パトス…「聞き手を通して」(感情移入)(情熱・熱意) (3)ロゴス…「言論そのものによって」(論証性・納得感)(論理)

まずは、その人及びその人の言っていることが信用できるかどうか(エートス)、続いて熱意・情熱によって人の感情に働きかけること(パトス)、そして話の中身の論理性や納得感(ロゴス)となります。いかがですか? これらのことは、現代でも通用する事柄ですね。

もう一人、これは現代の人ですが、コンサルタントサイモン・シネックがいます。彼は、「ゴールデンサークル」という考え方を提唱し、人を動かせる「本物のリーダー」と、人を動かせない「形式上のリーダー」の違いを、アップルのスティーブ・ジョブズやライト兄弟を引き合いに出して、その話し方の順番にあるとしました。

彼の言うには、本物のリーダーは、WHY(なぜ)から話を始め、それからHOW(どうやって)、WHAT(何を)の順に話をしていくとしています。

一方「形式上のリーダー」は、その逆で、WHAT(何をすべきか)から入ってしまうので、WHY(なぜなのか)が腑に落ちず、人々を動かすことができない、としています。彼のTEDというWeb番組の動画の再生回数は、2009年にアップされて以降5千万回を超えていて、超人気動画となっています。

シネックの考え方の根拠の一つに、人間の脳の構造があります。つまり、人間が物事を判断する意思決定中枢は、大脳辺縁系という感情のホルモンを分泌するところの近くにあり、人間は感情が動かないと行動を起こさないというのです。

例えば、私たちは何かがあって「あっ!やばい!」と感じると行動を起こしますね。その時、やばいという感情が湧きおこって、それで行動しようと意思決定したわけです。一方、理屈を理解する部分は、大脳新皮質といって脳の表層にある人類が高度に進化させた部分ですが、WHAT(何をしなければならないか)は、ここで理解します。ただ、理解するだけでは、「分かった。」と思うだけで、行動には繋がらないのです。話をして理解してもらっても、やってくれないのはこのためです。

よく「理屈では人は動かない」といいますね。地球温暖化も、工業化で温室効果ガスがたくさん排出されて、それで気温が上がって大変なんだ、と言われても、なかなかピンときません。一方、「年々台風の被害が大きくなってきている」とか、「日中の最高気温が30度を超える日が当たり前のようになって、エアコンなしでは暮らしていけないようになった」など、実感を伴った話となると、はじめて「これはいけない」と真剣に考えるようになってきました。

ですので、「語る」ことで人を動かすには、相手の感情に働きかける必要があるわけです。ただ、アリストテレスが言うように、語っている人が信用できなければ話になりませんから、こちらの人柄及び言っていることを信用してもらわなければなりませんし、話している理屈も筋が通っていなければならないのです。

そして、もう一つ重要な要素に「イメージ」があります。人間の五感による知覚の割合は、視覚83%、聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1%といわれていて、視覚から得る情報は8割以上を占めます。人はその大半を占める視覚情報を使って物事の理解や判断を行いますから、視覚情報は重要です。

ですから、マスメディアの媒体が、文字(新聞)から、音声(ラジオ)、写真(雑誌等)、動画(TV、ネット動画)等へと移ってきたのは頷けます。インターネットも動画中心になってきていますね。写真や動画のインパクトは大きいわけです。

ただ、「語り」は、声、音声によるものですから、感情や論理を伝えることはできても、イメージを伝えるのが難しいように思えます。しかし、「語り」によってイメージを伝える方法があります。それが、場面イメージが浮かぶストーリーテリングです。

「物語を語る」と人の理解は深まる

■ストーリーテリングとは「物語を語る」こと

ストーリーテリングは、英語のStorytellingをそのままカタカナにした言葉ですが、読んで字のごとくいわゆる物語を語ることです。

おとぎ話や偉人伝、創業者の話、自分の思い出話などを語ることは、みなストーリーテリングの一種です最近でこそ、映画やTV、インターネット・YouTube等いろいろなビジュアル媒体が使われていますが、それは、20世紀になってからのことで、我々人類は、まだ文字のない原始時代から、言い伝えの形でストーリーテリングを使ってきました。

あっちに行ったら川があって、獲物の魚や動物たちがいっぱいいたぞとか、向こうは崖になっていて危ないぞとか、この用水は、昔の人が手掘りで掘って、近くの川から引いたもので、その人たちのお陰でこうして水田が作れるのだとか、いろいろなお話があります。それを語るのがストーリーテリングです。そして、私たちは、語られた物語を聞くことによって頭の中にイメージを形成し、ビジュアルに理解してきたのです。

絵本には、絵が描いてありますが、あれは、小さな子供はまだ経験が少ないので、言葉で表現されたものだけでは、頭の中にイメージを湧かせにくいため、イメージを掴みやすいように、絵を添えてあるわけです。

最近は論理的思考、データ分析が流行っていますが、それは、事実や論理を大脳新皮質で理解するのには役立ちますが、イメージや感情は湧かせにくいので、それだけでは人を動かしにくいのです。

人間、理屈分かりする部分は、左脳的な機能がつかさどっていますが、意思決定中枢は、感情などが湧き起こる大脳辺縁系にあると言われていて、「嬉しい」とか「欲しい」とか「やばい」等の感情が湧き起こらないとなかなか行動に繋がりません。その感情が湧き起こるためには、理屈だけでなく、右脳的機能がつかさどるイメージや大脳辺縁系がつかさどる共感といったものが必要となります。

そうした要素がストーリーテリングには含まれているのです。ですからストーリーを聞いて心が動かされ、行動に結び付くことがあるのです。最近流行りのクラウド・ファンディング等も資金を募る人の想いや活動のストーリーに共感してお金が集まってきているわけです。

近年、この古くから行われてきたストーリーテリングの効果が見直されるようになってきています。 なぜなら、ストーリーテリングには、①感情や②論理、そして③イメージという人の説得、人を動かすのに重要な要素がすべて入っているからです。そして、そのストーリーに嘘偽りがなく、④語っている人が信頼できれば、4つの要素がすべて揃うことになるのです。

最近、ナラティブアプローチという手法も出てきました。ナラティブというのは、英語のnarrative(物語・語り口)から来ていて、心理療法等のカウンセリングの現場で使われてきています。患者自身に患者サイドの物語を語ってもらうことで、客観的な事実よりも、患者がどのように自分の置かれた状況を「解釈」しているか、また、周囲の人のことをどう「思って」いるか等が分かってきます。そしてそのことにより、本人自身が悩みごとの原因を見つけたり、解決の糸口を見つけたりすることにも繋がります。

最近この手法がコーチングなどビジネスでも使われるようになってきています。このナラティブアプローチにも、物語を語るという意味で、ストーリーテリング的な要素が使われているわけです。

井口 嘉則 オフィス井口 代表