これまで幾度となく停戦交渉が行われてはいるものの、一向に収束の気配がみえないウクライナロシア戦争。この背景には「ウクライナ側が掲げる目標」と「ロシア側が掲げる目標」の違いにあると、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏はいいます。では、両国はそれぞれ、戦争の末にどのような戦果を求めているのでしょうか、みていきます。

戦況をさらに悪化させるドイツのショルツ首相発言

2022年4月に至って、ロシアドイツの関係が急激に悪化している。引き金を引いたのは、ドイツのショルツ首相だ。4月19日ベルリン発のロシア国営「タス通信」は、次のように伝えた。

オラフ・ショルツ独首相は、ウクライナロシア軍の勝利を許してはならないと呼びかけた。このことをショルツは、火曜日(19日)に西側諸国指導者が参加したビデオ会議の結果についての記者会見で述べた。

会議にはジョー・バイデン大統領アンジェイ・ドゥダ・ポーランド大統領、エマニュエル・マクロン仏大統領クラウス・ヨハンネス・ルーマニア大統領ボリス・ジョンソン英首相、岸田文雄日本国首相、マリオ・ドラギ伊首相、シャルルミシェル欧州理事会議長、イェンス・ストルテンベルグNATO事務総長、ウルズラ・フォン・デア・ライデン欧州委員会委員長も参加した。

「EU並びにNATOにおけるパートナーと共にわれわれは、この戦争でロシアが勝ってはならないとの見解で完全に一致している」とショルツは述べた。ショルツはプーチン大統領に以下の言葉で呼びかけた。「ウクライナの都市への攻撃を止めなさい。直ちに和平を実現し、兵士を引き上げなさい。この恐ろしい戦争を止めなさい」

ショルツはウクライナにおけるロシアの特別軍事行動を「無意味な戦争」であり、「国際法に対する深刻な侵犯だ」と決めつけた。現状においてモスクワは西側の結束を計算していないとショルツは考えている。「国境と領土の一体性に対する不侵犯がヨーロッパ安全保障の基本原則である」と首相は強調した〉

ショルツ首相の発言のうち、ロシアを刺激したのは〈EU並びにNATOにおけるパートナーと共にわれわれは、この戦争でロシアが勝ってはならないとの見解で完全に一致している〉という表現だ。

これまで主要国の指導者は、ウクライナにおける戦争の勝敗ラインを明確にしなかった。ショルツ首相が述べる「ロシアを勝利させない」が西側諸国の目標ならば、当面、停戦は不可能になる。

ロシアとウクライナ、それぞれの獲得目標は違っている

2022年4月16日ウクライナゼレンスキー大統領は「われわれは領土と国民については取引はしない」と述べた。ゼレンスキー大統領が言うところの獲得目標と、プーチン大統領の獲得目標は異なる。

ゼレンスキードネツク州やルハンスク州のみならず、クリミアからもロシアを追い出したい。そこまでの目標を達成して初めて、ウクライナの勝利があるとゼレンスキーは考える。

ロシアウクライナの軍事力と国力を考えれば、ウクライナだけの力でこの目標を達成することはとうてい不可能だ。アメリカ軍を含むNATO軍がウクライナに直接介入しなければ、ゼレンスキーの目標は達成できない。ショルツ首相が述べる「ロシアを勝利させない」という目標は、NATO軍の助けなしには達成不可能だ。

NATO軍がウクライナ戦争に介入する事態になれば、核戦争のリスクが現実味を帯びてくる。ショルツ首相の不用意な発言は、第3次世界大戦核戦争を誘発しかねない危険な内容なのだ。

ロシアの戦争(ロシアは「特別軍事作戦」と呼ぶが、実態は戦争だ)の目標は、2月24日の軍事侵攻開始にあたってプーチン大統領が述べた三点だ。

第一に、ロシアは「ドネツク人民共和国」と「ルハンスク人民共和国」の住民を保護したい。ロシアの論理では、二つの「人民共和国」は独立国だ。両「人民共和国」憲法は、ドネツク州とルハンスク州の全域を自国領と定めている。

従って、ウクライナにはもはやドネツク州もルハンスク州も存在しない。ロシア軍の侵攻は、両「人民共和国」の「人民警察」(実態は軍隊)を支援して、ウクライナの武装集団を排除し、ドネツク州、ルハンスク州の全域を両「人民共和国」の実効支配下に置くことだ。

第二に、ロシアウクライナを非軍事化したい。しかし、非軍事化の内容がどのようなものであるかは明確になっていない。ウクライナがNATOに加盟せず、中立を維持するとの方針を示せば、ウクライナが軍隊を維持することは認めるとの含みがある。

第三に、ロシアウクライナを非ナチス化したい。具体的には、一時期、ナチス・ドイツと協力したことがある反ロシア主義、反ユダヤ主義、反ポーランド主義を掲げて実践したウクライナ民族主義者ステパン・バンデラを英雄視する勢力を、ウクライナの政治から排除することだ。その中にはゼレンスキー大統領も含まれる。

ロシアの要求は露骨な内政干渉であり、国際法に違反する。

ショルツ首相の発言の前までは、ドネツク州、ルハンスク州のうち、親ロシア武装勢力が現時点で実効支配している領域に関してロシアの主張を認め、ウクライナが中立化すると約束をすることによって停戦の可能性があった。

NATO、EUの認識としてショルツ首相が「ロシアを勝利させない」という目標を明確にしたため、このような条件での停戦の可能性はなくなった。

一般論として、いつまでも続く戦争はない。ウクライナにおける戦争もいつかは終結する。その際には停戦がなされる。来るべき停戦を少しでも有利にするために、ロシア軍ウクライナ軍は死闘を展開する。

その過程でロシアは、当初の目標であったルハンスク州とドネツク州の全域を制圧することに留まらず、目標を拡大するだろう。

現在、ロシア軍が一部地域を支配下に置いている東部のハルキウ州、黒海に面した南部のザポリージャ州、ヘルソン州、さらには南西部のオデーサ州へと制圧地域を拡大すべく腐心している。停戦が遅れることによって、無辜の住民の犠牲が増大していく。

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官・同志社大学神学部客員教授