新日本プロレスアブドーラ・ザ・ブッチャーを引き抜き、全日本プロレスタイガー・ジェット・シンスタン・ハンセンを抜き返すという、熾烈な引き抜き戦争が繰り広げられた1981年。年末にハンセンを抜いた全日本が逆転勝ちという印象が強い中、新日本は82年早々に仕掛けた。

 それまで日本のプロレスは全日本の正月2&3日の後楽園ホール2連戦で幕を開けるというのが恒例だったが、82年のスタートは新日本後楽園ホール元日決戦。創立10周年記念興行として「新春スーパーファイト」を開催したのだ。

 猪木の師匠であり“プロレスの神様”と呼ばれるカール・ゴッチが愛弟子・藤原喜明相手に5年ぶりの試合を行い、必殺のジャーマン・スープレックスで快勝。1年半後に維新軍を結成することになる、長州力とアニマル浜口が壮絶な両者リングアウト。前年81年4月にデビューして爆発的な人気を呼んだタイガーマスクは、宿敵ダイナマイト・キッドとの王座決定戦を制してWWFジュニア・ヘビー級王座を初戴冠した。

 セミファイナルではヘビー級に転向した藤波辰巳(現・辰爾)がWWFヘビー級王者ボブ・バックランドに挑戦して惜敗。そしてメインイベントでは、猪木が78年11月25日ドイツシュツットガルトで敗れたヨーロッパ最強の男ローランド・ボックと1ラウンド5分10回戦のヨーロッパ・ルールで戦い、不本意な反則勝ちで“シュツットガルトの惨劇”のリベンジとはならなかったが、緊張感ある試合で大観衆を沸かせた。

 なお、主催者発表の観客動員数は、何と超満員3300人。後楽園ホールのキャパシティは1600人程度だが、この興行を振り返って当時のリングアナウンサー・田中秀和は「あの大会は精算上も3000人でしたよ。当時は消防法もうるさくなかったですしね。あの元日興行は正真正銘3000人。入れたのはいいけれども、階段にビッシリ人が座って、当時は通路のところに扉があったんですけど、その通路にも人がビッシリといて、どうやって観るんだっていう。本当に音しか聞こえなかったと思いますよ」と証言する。

 正確な数字はともかく、後楽園ホール史上最高の入場者数だったことは間違いなく、前年夏の田園コロシアムからの新日本ブームは根強く、ハンセン・ショックを払拭した大会だった。

 当時の両団体の関係がいかにシビアなものだったかは、1月4日東京プリンスホテルで行われた「プロレス大賞授賞式」でもわかる。例年だと、どんなに険悪な関係になっていたとしてもジャイアント馬場アントニオ猪木が笑顔で1枚の写真に納まっていたが、この82年は馬場が「所用のため」に欠席したのである。猪木と顔を合わせることを拒絶したのだ。

 全日本は例年通りに2&3日の後楽園ホール2連戦で「新春ジャイアント・シリーズ」をスタートさせ、第11戦の1月15日木更津市倉形スポーツ会館からスタン・ハンセンが登場。来日第1戦では阿修羅・原をウェスタン・ラリアットでなぎ倒し、わずか2分25秒で勝利すると、大熊元司、石川隆士、天龍源一郎プリンストンガグレート小鹿ロッキー羽田の中堅どころを次々に血祭りに上げて全日本のファンの期待感を高め、同時に観客動員に貢献した。

 ハンセン獲得で勢いに乗る全日本は、木更津大会からハンセンだけでなくミル・マスカラスも投入。さらに第23戦の1月29日愛媛県民館大会からAWA世界ヘビー級王者ニック・ボックウィンクルを特別参加させ、新日本との興行戦争に意欲を見せた。

 元日決戦を大成功させた新日本の「新春黄金シリーズ」は1月8日後楽園ホールで開幕。シリーズの外国人エースはブッチャーで、準エースとして全日本に80年10月まで4回来日していた“狼酋長”ワフー・マクダニエルが初参加。これも引き抜きと言えよう。猪木とブッチャーの対決だけでなく、ブッチャーとワフーの抗争もシリーズの目玉になった。

 さらに元日に続いてキッドが参戦したことで、ジュニア戦線はタイガーマスクキッド名勝負数え唄が売り物になった。

新日本は、全日本のように札束では引き抜かない。猪木イズムに惚れ、共鳴するレスラーを猪木のポリシーで引き抜く。今年も過激に仕掛けます」(新日本・新間寿取締役営業本部長)と新日本は強気な姿勢を崩すことはなかった。

 そして新春シリーズの天王山で、馬場も猪木も大勝負を迎えることになる。まず猪木が、1月28日の東京体育館でブッチャーと初めての一騎打ち。ブッチャー参戦からじっくりと半年間温めてきたカードだ。

 一方の馬場は、2月4日の東京体育館で「鉄は熱いうちに打て」と早くもハンセンと一騎打ち

 同じ会場で、しかも1週間違いでの大一番。82年の日本プロレス界は、馬場と猪木の両巨頭の勝負から本格開戦となった。

小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。

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