箱根の芦ノ湖では「海賊船」が3隻運航されています。ただ架空のデザインではなく、イギリスの武勲艦「ビクトリー」など帆船軍艦を再現したもの。ミリタリー・船舶ファン目線で見ると、ちょっとニンマリするかもしれません。

18世紀の軍艦を再現している「海賊船」

箱根ロープウェイの終着駅、桃源台は箱根観光の拠点ともいえる場所ですが、その桃源台港から「海賊船」が運航されています。小田急グループの箱根観光船が運航する通称「箱根海賊船」です。箱根町港および元箱根港までを25~40分で結びます。一見、遊園地などにある架空のデザインかと思いがちですが、そうではありません。

「海賊船」には、18世紀の帆船軍艦を模した「ビクトリー」「ロワイヤルII」と、楽しい内装の「クイーン芦ノ湖」の計3隻があります。実はミリタリーや船舶ファンの目線で見ると、「おおっ」と思える部分が多々あるのです。

「ビクトリー」は1778年に就役したイギリスの100門1等戦列艦がモデル。本物は1805年のトラファルガー海戦でネルソン提督が旗艦としています。フランススペイン連合艦隊と交戦し祖国を勝利に導いたことからイギリス国民の誇りとされ、1922年より記念艦になっています。2012年からはイギリス海軍武官の最高ポスト「第一海軍卿」の旗艦とされ、世界最古の現役艦としても知られています。

箱根海賊船の「ビクトリー」は、観光船なので側窓があり、船内も観光向けとなっていますが、3列に分かれて備え付けられた大砲や3本マスト、船尾構造、「ネルソンチェッカー」と呼ばれる黒と黄色の横縞塗装などが、雰囲気をよく再現しています。

「ロワイヤルII」は、フランス海軍の備砲120門第1級戦列艦「ロワイヤル・ルイ」がモデルで、1680年代に建造されました。1780年の改造後はフランス艦隊司令官の乗艦として、ブルボン王家の旗を掲げていたそうです。当時のフランスルイ16世の統治下。フランスは新大陸アメリカに領土があり、大西洋で活躍していた時期でした。

水戸岡鋭治氏、鉄道だけでなく船デザインも

「ロワイヤル・ルイ」は「ビクトリー」と同じく、備砲を3列に分けて配置した軍艦でした。「ロワイヤルII」では、この備砲配置や船内外の装飾、船体後部の回廊部分などで雰囲気を再現しています。なお、船室には舵輪や船員の人形も配置されているほか、豪華な椅子も設けられ、フランスらしさを感じられます。

「クイーン芦ノ湖」は、九州新幹線クルーズトレインななつ星 in 九州」の車両デザインで知られる、工業デザイナー・水戸岡鋭治氏が手がけた観光船です。コンセプトは「心ときめくクルーズ」。水戸岡デザインらしい、多彩な色・形・素材を組合せた装飾性豊かな船内で、クラシックなデザインが特徴です。

なお「箱根海賊船」には1964(昭和39)年以来、海賊船「パイオニア」を皮切りに、イギリス戦列艦「ソブリンオブシーズ」をモデルとした「ビクトリア」や、初代スウェーデン国王グスタフが建造した戦列艦をモデルとした「バーサ」が就役しています。

さて筆者(安藤昌季:乗りものライター)は2022年10月、箱根町港から「ロワイヤルII」に乗船しました。ちょうど隣に「ビクトリー」が停泊しており、帆船軍艦が並ぶ風景はまるで18世紀のようでした。

箱根海賊船」は特別船室と一般船室に分かれています。600円の追加料金を支払うことで、ゆったりしたソファを備えた特別船室が利用できるわけです。総トン数315トンの小さな船ですが船内には売店もあり、箱根山の天然水やホットコーヒーなどドリンクメニューも提供されます。

特別船室へ

特筆すべきは、乗船時が晴天とはいえほとんど揺れないことです。「最新技術で作られた帆船軍艦」という不思議さを実感できます。

特別船室は白いソファが並ぶ贅沢な空間であり、展望もよく快適。さらに展望デッキも使えます。最上甲板に出ると、船首部分の見晴しのよい空間を独占できます。ちなみに、あちこちに樽や船員、模擬の小銃まで装飾されており、いかにも海賊船といったところ。乗船時は特別船室の方が空いていましたから、人が密になっている後方の一般客室からのデッキより、景色を眺めやすい印象でした。

船は10分で元箱根港に到着しました。ここで、船客がかなり入れ替わります。10分停泊の後、桃源台港へ向けてさらに25分の船路です。途中、水戸岡デザインの「クイーン芦ノ湖」とすれ違い、その黄金の船体を興味深く眺めていると、ほどなく終点の桃源台港に到着。

箱根ロープウェイ桃源台駅と接続しているため、「箱根フリーパス」を持つ観光客が大挙して乗り換えていきました。ちなみに桃源台駅は、新宿からの高速バスも運行されているので便利な立地です。観光地・箱根を巡る中で、ちょっとした海賊気分を味わえる「箱根海賊船」。なかなか楽しい船旅でした。

「箱根海賊船」の「ロワイヤルII」。フランス海軍の戦列艦「ロワイヤル・ルイ」がモデル(安藤昌季撮影)。