2022年7月8日参院選応援演説中の安倍晋三元首相(享年67)が公衆の面前で銃撃を受け暗殺された。

 手製の銃で安倍氏を撃ったのは母親が入信している統一教会世界基督教統一神霊協会2015年世界平和統一家庭連合に改称)によって人生を破壊されたと主張する山上徹也容疑者(41)。多額の献金などによって自己破産し家庭が崩壊してもなお、教団の教えを妄信しマインドコントロール下にある母親。一家を崩壊に追い込んだカルト教団への恨みは、教団フロント団体のオンライン集会へビデオメッセージを寄せ教団最高権力者・韓鶴子(ハンハクチヤ)総裁へ最大級の敬意を表した安倍氏への凶弾として暴発した。

事件の「2つの背景」

 事件の背景として報じられたのは大きく分けて2点。

 まずは統一教会政治家との関係だ。多くの国会議員に教団との接点が指摘された。根拠となったデータの多くは私のそれまでの調査報道から掘り起こされたものだった。自民党国会議員を中心として政権中枢の政治家が第2次安倍政権発足以降、この稀代のカルト教団と緊密な関係性を築き裏取引を行っていた疑惑が浮かび上がった。

 そして最も可視化が進んだのが教団の2世に纏わる問題だ。統一教会の2世たちがどのような境遇にあり、深刻な葛藤の中に置かれてきたのかということを多くの人が知ることとなった。山上容疑者自身は教団の信仰を持っていたとは言えず「元2世信者」の括りには入らないが、教団被害者セカンドジェネレーションという観点においては「2世問題」の範疇にある。

「祝福2世」と「信仰2世」の明確な区別…想定されていた「2世問題」

 我々、カルト問題に取り組んでいた者にとって2世問題が噴出することはある程度想定されていた。なぜなら、統一教会による霊感商法や偽装勧誘といった社会問題のひとつとして合同結婚式(国際合同祝福結婚式)の問題があったからだ。

 教団の核となる教義においては、アダムエヴァに嫉妬したルーシェルエヴァと姦淫したことにより、全ての人類がサタンの血統とされる。その原罪を解消するには様々な「蕩減条件」を積み、神の選んだ相手との祝福結婚式の場で聖酒を飲むことによって血統転換がなされる。そのカップルから生まれた子どものみが原罪のない神の子とされる。

 そんな2世は「祝福2世」と呼ばれ教団内では特別な存在とされる。一方、親が入信する前に生まれていた子どもは信仰2世と呼ばれ明確に区別されてきた。

 著名な芸能人などが参加し連日ワイドショーで報じられた1992年の3万双合同結婚式、95年の36万双合同結婚式カップリングされた信者夫婦が数年後に「家庭出発」し、多くの「神の子」が生まれた。そんな「神の子」たちが思春期を経て成人を迎える時期に「2世問題」が爆発的に増えると見込まれていた。

貧困に感情のケア…求められる救済

 多くの統一教会2世の家庭に共通するのは貧困である。親が教団にエンドレスな高額献金を行うためお金がなく、子どもの教育資金にまで手を付けるケースも多々報告されている。

 貧困からいじめに遭うケースも多い。家庭や自身の生活が破綻してもなお、献金を続ける構造自体が常軌を逸しており、「破壊的カルトによるマインドコントロールの問題」だと解る。

 さらに伝道活動などの教団の活動に邁進することによるネグレクトも起こっている。祝福2世を出産後、時を置かずして海外伝道に行かされるケースも多々報告されている。

 この教団に特徴的なタブー(禁忌)が自由な恋愛の禁止だ。教義上、神の選んだ相手と祝福を受ける必要があるため、恋愛感情自体が否定される。人を好きになるという自然な感情を否定され、抑圧されていくのだ。

 そもそも2世たちには「信仰しない自由」がない。生まれながらにして自由な意思決定を侵害されており、親の教育権や監護権と2世たちの基本的人権が対立構造にある。

カルト規制先進国では何が起こっているのか?

 国も法務省による「旧統一教会」問題関係省庁連絡会議が電話相談窓口を設置するなど対応をとった。だがこれで2世に関する問題をカバーできたとは到底言えない。実務的な救済や支援の体制作りが求められているなか、2世の救済に繋がると言われているのがカルト規制先進国フランス2001年に施行された「反セクト法」だ。

 危険性の判断基準の指標には以下の10項目がある。

〈・精神の不安定化を導く行為

・法外な金銭要求

・元の生活からの意図的な引き離し

・身体に対する危害

子どもへの教えの強要

・反社会的な説教

・公共の秩序を乱す行為

・重大な訴訟問題

・通常の経済流通経路からの逸脱(高額な物品販売など)

・公権力への浸透の企て〉

 フランスではこの指針に基づき政府が監視、有罪判決が複数回出された団体の解散を裁判所が命じることも可能となる。

 頭ごなしに行政側が特定団体をセクト(カルト)認定するのではなく、個々の被害事例の積み重ねから対象団体に規制をかける方式であり、対象は宗教団体に限らない。

 一方、日本では既成の法律を援用することで対処可能との意見も根強い。だが、ここまでカルト被害が拡大した背景を見ると団体自体を直接取り締まる法律があった方が摘発も容易であり、被害拡大の早期食い止めも可能だ。

 反セクト法にはマインドコントロール罪と言われる「無知・脆弱性不法利用罪」という犯罪も創設されており、直接カルトの行う“悪行”を取り締まることができる。歴史的な背景は異なるもののカルト規制先進国に学ぶことは多く、より踏み込んだ法整備が求められるところだ。

 SNSに溢れる2世受難の声が少なくなっていくことを望む。

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2023年の論点100』に掲載されています。

(鈴木 エイトノンフィクション出版)

安倍晋三元首相が銃撃された現場付近を調べる警察官ら ©時事通信社