「これだけ?」

まるでクリスマスプレゼントのような時間を届けてくれたドラマ『silent』(読み:サイレントフジテレビ系)。


最終回は、過去のシーンやセリフがどんどん繋がって幸せに回収される見事さに感動を覚えたものだが、改めて見てみると、その回収の上で大切にしたいと思ったのは、一見「これだけ?」と笑えるくらいささやかで、涙が出るほど温かい誰かを思う気持ちだった。27日(火)から31日(土)の5日間にわたってフジテレビ(関東ローカル)では全話再放送。ドラマの余韻にもう少し浸っていたい。


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「お花は音がなくて 言葉があって 気持ちがのせられるんだよ」

どうしてこの言葉がこんなにも心をじんわり温めるのだろうか。SNSでも「グッときた」「素敵すぎてなんだか泣きそうになった」「心に残った」と反響のあったこのセリフは、主人公の紬(川口春奈)や想(目黒蓮(Snow Man))の言葉ではなく、奈々(夏帆)が花屋の店員と筆談でおしゃべりしていて店員から教えてもらったこと。それを聞いて奈々は思わず買ってしまった花束を春尾(風間俊介)に「おめでとう」と言って渡す。
もちろん、言葉そのものの素敵な気づきや納得感もあるのだが、これまで『silent』で伝えられてきたメッセージがそこに詰まっているからこそ心の奥に湧き上がる感情があるのではないだろうか。


高校生のとき、紬は黒板の前で想から急に言われた「紬」が嬉しくて、もう一度言ってほしくて「え?(名前の)何が珍しい?私の何が珍しい?」とわざと聞いた。想もまた、イヤホンをしたまま音楽を止めて紬に話しかけれらることをこっそり待っているくらい、紬の声を聞くことが幸せだった。8年後、想は耳が聞こえなくなり、再会した紬は一生懸命手話を覚えてまた寄り添おうとする。想は少しずつ前を向きながら、友達や家族との関係を修復していったが、紬の声が聞こえないことだけがやっぱりつらい。


最終話、大人になって訪れた学校の教室で、二人は黒板にチョークで文字を書いて話す。紬の声が聞こえないことがつらい、という想の気持ちを聞いてから、紬は声を出さずに手話だけ、もしくは目の前で文字を書いていくことで想に気持ちを伝える。紬がチョークで「声ださないよ」と書いて想が手で消し、紬が「笑わない」と書いて想が消し、紬が「電話しない」と書いて想が消し…。感情が目に見える形ではっきりと映し出される演出には、必然性と相手を思いやる気持ちがある。第5話のラストで、想が紬にノートを1ページずつめくって伝えるシーンがあった。ページをめくるためらいも覚悟を決めたような表情も、それは“顔を見て話す”ということなのだと思わせてくれた。センス際立つ『silent』の演出だが、そこに意味と温かさがあるから感動を生む。そして、その第5話のノートで、想が「やっぱり再会できてよかったと思う」「これからは全部 言葉にしようと思ってる」とまっすぐに紬に伝えた決意が、教室で「再会できてよかった」と文字にした紬との未来につながっていたのだろう。


正面に向き合うとき、まっすぐに気持ちが伝わる。触れるだけで伝わるものがある。
黒板の前で、最初は横に並んで黒板に向かっていた二人。紬(川口春奈)が想(目黒蓮)の手についたチョークの粉を払ってあげて、自然と向かい合う。ドラマのBGMもなく、二人の手話で話す静かな空気が共有される。想が何度も立ち止まって葛藤して踏み出した「それでも今は 一緒にいたい」という答えが、「いたくているだけ」という紬に届く。カフェで対峙した時も、紬の家のソファでハグをした時も、画面に左右対称に向かい合ったアングルで伝え、伝わる気持ちがあった。
友達が背中をさすったり、腕をとんとんと叩いたり、家族が抱き留めて受け止めたり、ハグで好きを伝えたり。触れ合うことでも愛情が描かれていた『silent』らしいシーンにも見えた。


「一緒にいたいと思う人と一緒にいるために言葉があるんだと思う。たぶん全部は無理だけど できるだけ分かり合えるように たくさん話そうよ」。

最初は音のある声で伝えていた言葉。紬と想、2人に想いを寄せる特別な人、それに周りの友達や家族みんなが、さまざまな“言葉”で気持ちを伝え合うようになる。伝えることをあきらめずに、できるだけ分かり合えるように。


想が実家を出る時、家族みんなが笑顔で手を振って「いってらっしゃい」。


萌(桜田ひより)は兄の想よりも先に手話の勉強を始め、光(板垣李光人)はその手話の本を萌に借りに来る。湊斗は紬とのことを心配して想に「大丈夫?」と聞き、想は「大丈夫」と声で答える。湊斗(鈴鹿央士)は奈々(夏帆)に音声認識アプリを使って話し、奈々はジェスチャーで答える。湊斗は覚えている「ありがとう」は手話で。居酒屋の店員は、春尾(風間俊介)に教わった手話で奈々に「ビールでよろしいですか?」とたずね、奈々は春尾に花束を渡して二人は手話で会話をする。伝え方や“言葉”はそれぞれ違っても、相手を思い伝えたいという気持ちと分かりたいと思う気持ちがあれば笑顔があふれていく。


奈々は花屋で買った花束の中から、カスミソウを1本、湊斗におすそわけ。


湊斗はそのもらったカスミソウを紬におすそわけ。「俺の分はいい」と言う湊斗に紬が「そういう人だよね」と返したシーンで最後の主題歌『Subtitle』が流れ出す。“コンポタ”も用意するくらい優しさ成分100%の湊斗の無償の愛は、『silent』が伝える相手を思いやる気持ちの原石みたいなものだったのだろうかと想像した。


カスミソウ1本わたして帰ろうとする湊斗に「え?ほんとにこれだけ?」と紬は言う。
同じく、奈々から1本のカスミソウをおすそわけしてもらって、想は「用事って?これだけ?」と笑う。


「これだけ?」と思うくらいささやかなことがとても愛おしい。そこに込められている意味や、わたしたいと思う気持ち、それをわたすという行為すべてが言葉で温かい。奈々のおすそわけした“雪の結晶みたい”なカスミソウは、高校のとき紬と想が同じイヤホンをプレゼント交換したように、‟交換しただけ”のクリスマスプレゼントへとつながる。誰かの気持ちがそんな素敵な未来につながっていると思うと幸せな気持ちになる。
最終話でいろんな登場人物たちが口にした「いってらっしゃい」という言葉も日常的で聞きなれた言葉だけど、そこにある思いを感じてどれも涙が出るくらい温かかった。


奈々は「通訳士になれたんでしょ?」と言って花束を差し出すと、春尾は「今更?」と笑った。
イルミネーションを見に来たのに話しながらだと全然見れなくても、紬も想も「別にいい」と笑った。



気持ちを伝えるのは、いつだって、どんな形だって、
大丈夫。


文:長谷川裕桃


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<放送スケジュール>
フジテレビ(関東ローカル)にて放送
12月27日(火)16:30~17:45 第1話
12月28日(水)14:45~17:45 第2~4話
12月29日(木)16:00~17:45 第5~6話
12月30日(金)14:45~17:45 第7~9話
12月31日(土)12:00~14:15 第10~最終話


▼これまでのコラム

▼第10話

『silent』最終回、1話とつながる?嬉しくて切ない目黒蓮の笑顔が示す未来

▼第9話

『silent』触れるぬくもり、目黒蓮が心揺らす葛藤と笑顔

▼第8話

『silent』目黒蓮の笑顔が裏返す、静かな名シーンでつながる言葉と後ろ姿

▼第7話

『silent』目黒蓮のハグシーンが回収する温かさ、視線の会話と“まっすぐ”な言葉

『silent』1シーンの濃さ、目黒蓮が残す想像させる余韻

▼第6話

『silent』名シーンで描かれる“過去”の意味、目黒蓮が見せる明暗と想い

▼第5話

『silent』だから味わえる揺れ、目黒蓮が瞬間的に映し出す内面

▼第4話

『silent』何度も出てくる言葉が切なさ増す?優しくて苦しい“大丈夫”


(C)フジテレビ

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