(福島 香織:ジャーナリスト)

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 中国のコロナが猛威をふるっている。おそらく新型コロナウイルスパンデミックを起こしたこの3年の間で、今の中国が最も感染者数が多く、感染による死者が多いはずだ。

 だが、この局面で中国は、出入国者に対する隔離措置を撤廃し、国内外の自由な移動を解禁した。正月、そして1月下旬の春節休みには、おそらく中国人の大規模移動が起こるとみられ、世界には改めて緊張が走っている。

日本に先駆け本格的な「ウィズコロナ」時代に

 中国政府は12月26日、「新型冠状病毒肺炎(新型コロナウイルス肺炎)」の名称を「新型冠状病毒感染(新型コロナウイルス感染)」へと変更した。それに伴い、A類感染症予防コントロール措置(厳格な管理コントロール)からB類(基本的な予防と治療)に緩和し、1月8日以降、国外からの入国者に関する隔離措置を取らないことにした。入国48時間前のPCR検査の陰性証明があれば、中国人であれ外国人であれ自由に入境できる。飛行機の座席も「5席に1人」というソーシャルディスタンス制限をなくした。また一国家、一路線としていた航空便数の制限もなくした。

 濃厚接触者判定も行わない。リスクの高低を区別せず、感染者に対しては重症度による収容と治療を行い、適時に医療保障政策を調整し、入境者や貨物に対する検疫管理も行わないという。入国後のPCR検査も強制せず、また陽性が判明しても、無症状や軽症で基礎疾患もなければ強制隔離はせず、自主管理に任される。

 中国の感染症政策は、ウイルスの危害性によって甲類、乙類、丙類(A、B、C)の3つに分けられている。甲類はペストコレラ。乙類はSARSエイズB型肝炎、流行性出血熱、狂犬病デング熱など。丙類はインフルエンザ、おたふくかぜ、はしかなどだ。

 新型コロナは乙類に分類されながら、管理コントロール基準は甲管理に指定され、今までペスト級の危険ウイルス扱いだったが、SARSエイズなどの危険度に格下げになった格好だ。厳格な隔離管理ではなく、基本的な予防と適切な治療の必要な感染症ということで、これで地方政府が負担させられていた防疫医療コストも大幅に下げられることになる。

 世界の多くの国で、すでに「ウィズコロナ」をかけ声に、新型コロナを理由とした行動規制や入国規制が大幅に緩和されている。中国も今回の規制緩和で、ついに本格的な「ウィズコロナ」時代を迎えることとなった。中国のネットユーザーたちは、「羊(陽性者)はいなくなった」「新型コロナと人類は共存することになった」などと書き込んでおり、3年ぶりの自由な移動の正月、春節休みに歓喜の声を上げている。

 河北省の医療関係者の話によれば、現行の甲類管理を続行すると、おそらく国民経済全体が回復不能なほどの打撃を受けるという判断があったのだろうという。

 日本でも医療逼迫を防ぐために新型コロナ感染症を2類相当から5類相当に引き下げるべきだという議論が活発化している。11月まで「ゼロコロナ政策」堅持を掲げていた中国だが、あっという間に日本よりも早く新型コロナウイルスに対するリスク評価を引き下げてしまった。この政策転換によって生産、消費を回復させることもでき、経済崩壊を回避することができるだろうと期待されている。

高齢者が次々に死亡、政府はただ傍観

 だが専門家たちの間では、新たな懸念が起きている。

 1つは中国各地で目下拡大中の新型コロナ感染スピードが異常に早く、当局はこれに対して「躺平」(寝そべり)主義、つまり、無策のまま傍観しているだけだということ。その結果、想像以上の死者が出ると言われている。それに中国社会が耐えられるか。

 統計上は新型コロナ肺炎による死者はゼロの日が続いている。だが、北京の火葬場では霊柩車が数十台の行列を作って火葬の順番を待っている様子が、海外メディアで連日取り上げられている。予約が1カ月先まで満杯で、その予約に割り込むためには2万6000元を余分に支払うことを要求された、といった証言もあった。SNSには、火葬の予約を受けるにあたって死因を新型コロナとしないように要求された、といった書き込みもあった。

 新型コロナ感染による死亡は、死因が「呼吸器不全によるもの」と定義されており、心筋梗塞やその他基礎疾患の悪化、合併症や老衰といった死因では、新型コロナ感染の死亡とカウントされないという。だが、12月以降の高齢者の死者は異様に多い印象があり、これが新型コロナ感染のアウトブレイク(感染拡大)と無縁とは考えにくい。

 訃報が公表されている政界人だけでも、85歳の元中国国家体育委員会副主任・劉吉(12月19日)、89歳の元江西省政治協商会議主席の朱治宏(20日)、97歳の共和国勲章受章者の張富清(20日)、中国工程院院士の趙伊君(92歳)、張国成(91歳)。文化人では、12月19日から21日の間に、中国電影資料館元館長の陳景亮、元北京電影制片廠の著名撮影技師の羅徳安、著名俳優の傳祖成、北京服装学院美術学院公共芸術学副教授の周濤、監督の王景光、著名劇作家の楊林らが相次いで北京で死去した。

 また、清華大学が11月10日から12月10日に出した訃報は18人。すべて現職および退職の教授、教職者だ。北京大学10月31日から12月5日までの36日間に15人の退職教授が死去した。この15人はいずれも65歳以上で、その中には著名言語学者の符淮青(86歳)、著名生理学者で北京大学生命科学院の元院長の周曾銓(86歳)も含まれていた。

 このほか、京劇名優で知られる儲蘭蘭がわずか40歳の若さで死亡し、また37歳の元中国スーパーリーグサッカー選手、王若吉も感染によって慢性疾患が悪化し、瀋陽で亡くなったという。

 他にも、長老の朱鎔基が新型コロナで北京の301軍病院に入院している、いや、すでに死亡しているといった噂や、政治局常務委員の趙楽際が感染しているといった噂が、確認の取られないままネット上に広まった。

 こうした状況から、北京および中国各地で猛然と感染拡大している新型コロナウイルスは、従来のオミクロン株よりも強毒なのではないか、という意見もある。

 興味深いのは、毎日新聞が、中国の民間ゲノム解析会社関係者などからの情報として、中国政府が11月下旬、中国内に拠点を置く民間の受託解析企業に対して新型コロナウイルスのゲノム配列の解析を当分の間行わないよう通知していた、と報じた記事だ。つまり、中国当局は新たな変異株が誕生するかもしれないことを懸念し、あるいはすでに誕生していたとしても、その情報が公にならないように厳格に管理しようとしているのではないか、ということだ。

 中国の農村では、鶏やアヒル、豚などの家畜、あるいは野生動物と人間の暮しが非常に近い。そういう環境がこれまで新型コロナウイルス新型インフルエンザの発生を促す要因であるとされてきた。春節大移動は人が密集する都市から、動物と人の距離が近い農村への圧倒的規模の移動が起こり、そこで感染が拡大するわけだから、新たな変異株誕生の懸念が深まるのは当然だろう。そして中国の姿勢としては、そうした変異株が誕生しても情報は厳しく統制して秘匿する可能性が強いのだ。それこそ、今すでに行っているように死者数や感染者数などの数字はいくらでも操作できるのが中国なのだ。

 だが、中国の春節で年老いた親を交えた一家団欒後、親がバタバタ亡くなるようなことになれば、これほど悲惨なことはない。人々の心は乱れ、その恨みが社会不安を招く可能性もある。

変異株が再び海外にばらまかれる恐れ

 もう1つの懸念は、中国でそのように生まれた変異株が海外に再度ばらまかれ、新たなパンデミックが起きる可能性だ。

 中国の大型旅行予約サイト「Cトリップ」のデータによれば、12月26日の出入国規制緩和の発表後30分で海外旅行目的地の検索が10倍以上に急増したという。おそらく多くの中国人が年始年末、春節休みに海外旅行に行こうと考えているのだろうと推察される。

 人気の行先は日本、タイ、韓国。特に日本については、資産を移動させたい中国人の資産家が、近場で、政治が比較的安定している国として魅力を感じているという。これまで中国では新規パスポートの発行にも制限がかかっていたが、12月からパスポート発行が比較的簡単になったという声が上がっている。習近平政権3期目に入り、中国国内が政治的にも経済的にも不安定になってきているタイミングで、海外渡航規制が突然解除されたのは、資産家たちにとっては資産移動や「潤」(RUN、中国からの逃亡)の絶好のチャンスとも捉えられよう。

 中国国家移民管理局のサイトは12月27日1月8日から移民管理政策の最適化措置をとり、中国公民の出国旅行審査と、普通パスポートや香港への商務ビザの発行を再開すると発表している。香港では中国国内で唯一、海外製のmRNAワクチン接種が認められており、この際に香港でワクチン接種してこよう、という旅行者も多いようだ。

 米国のブリンケン国務長官はこうした中国の動きに対し、新型コロナの新たな変異株の出現への警戒と準備を呼びかけており、中国からの入国者に対する感染者識別やトレーサビリティの強化を訴えていた。具体的な措置はまだ明らかにしていないが、ウォール・ストリート・ジャーナルは米国の匿名官僚の意見として、日本やマレーシアのやり方を参考にするとしている。

日本は北朝鮮の警戒感を見習うべき

 ちなみに日本は12月30日以降、中国からの入国者に対し、緊急水際対策を実施し、過去7日の間に中国からの渡航歴のある人について入国時検査を行い、陽性者に対してはゲノム解析の対象者とし、待機施設での原則7日間の隔離を講じるとしている。日中直行便も増便しない。ワクチン3回接種、あるいは入国72時間前の陰性証明提出は、すべての入国者に求められている。

 この措置について厳しいと考えるか、あるいはもっと厳格にすべきと考えるかは、中国の新型コロナ感染状況に対する見方や立場によってかなり違う。

 北朝鮮はこのほど中国公民の入境に関して、一律30日の隔離観察を行うことに決めた。親日派の中国の知人は、北朝鮮のこの警戒感は、中国のことをよりよく理解しているからだ、と指摘し、日本も北朝鮮なみの水際対策を行うべきだ、と語っていた。

 いずれにしろこの冬が「新型コロナパンデミックの終焉」となるか、「新たなパンデミックの始まり」となるかの分かれ道といえるだろう。

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