2022年もあとわずか。今年も新卒採用をめぐってはいろいろな動きがあった。政府が発表したインターンシップに関する新たなルール、コロナ禍の影響で「ガクチカ(学生時代に力を入れたことは何か?)」をアピールできない学生たち、SNSに怨嗟の声が渦巻く「配属ガチャ(本人の希望ではなく会社の都合で配属となること)」の問題など、本連載でも取り上げてきた。今回は来る2023年に向けて、ぜひ企業に導入して欲しい方策を提案したいと思う。それは「リアル時給」をはじめ、学生に対する正確な情報開示だ。

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(岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長)

新卒社員の離職率は同じような水準が続く

 岸田政権が「人への投資」を掲げるように、人材の大切さが毎日のように訴えられていますが、学生にとって社会への入り口となる就職活動では課題が山積したままです。

 そうした中、11月には採用選考のウェブテストで「替え玉受験」をしたとして、学生になりすました人物が逮捕され、容疑者が関西電力という有名企業の社員だったことも話題になりました。

 就職活動をめぐる狂騒曲が鳴り響く中、様々なニュースが飛び交っていますが、大事な問題が忘れられていると感じています。

 それは、会社と若手社員のミスマッチの多さです。

 厚生労働省が発表している「新規学卒者就職率と就職後3年以内離職率」のグラフを見ると、大学卒の新卒社員が入社3年目までに約3割が退職します。年によって変動はありますが、3年以内に離職する大卒社員の割合は、ここ20年間、20%台半ばから30%台の半ばで推移し、あまり変わっていません(下記グラフ2点目の青い線)。高校卒はもう少し高く、だいたい35~50%の間となります。

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 学生から社会人へのステップは人生の大きな転機であり、学生は、業界や企業研究と自己分析に注力したはずです。第一希望ではなかったとしても、時間と労力をかけて内定を獲得し、成長や活躍を胸に秘めて社会人になったことでしょう。

 にもかかわらず、相変わらず大卒者の3人に1人が入社3年以内に辞めていく企業社会には空虚ささえ感じます。

 私もテレビ朝日の人事部長として社員からの相談に向き合った経験がありますが、退職に至った気持ちを翻すことは困難で、むしろ新たな人生行路に踏み出したほうが有意義な場合が多いと思います。

若者が会社を辞めた理由の上位は?

 それにしても、入社早々に発生する無用なミスマッチは、企業にとってだけではなく、若者にとっても痛手であり、極力回避するべきだと主張したいです。

 厚生労働省の「平成30年 若年者雇用実態調査」では、初めて勤務した会社を退職した理由が示されています。それによると上位には、

労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった(30.3%) 人間関係がよくなかった(26.9%) 賃金の条件がよくなかった(23.4%) 仕事内容が自分に合わない(20.1%)

といったものが並んでいます。

 入社して研修を受けて、どこかの部署に配属されて実際働いてみると、「こんなはずではなかった」と嘆き、違和感が肥大する人が毎年、続出しています。「こんなはず」の「こんな」が何を指しているのかは様々でしょうが、「こんな馬鹿な上司」「こんなやりたくもない仕事」などと不満を募らせる人が少なくないのは想像できます。

 一方、「こんな少ない給料?」「こんな過重労働?」などの「労働時間・休日・休暇の条件」「賃金の条件」に対する不満や懐疑は、「配属ガチャ」「上司ガチャ」などと言って我が身の不運を冷笑するのとは質が異なります。

 企業の採用ホームページなどでは「月給〇〇円、〇〇手当支給」「完全週休2日制、祝日、会社が定める休暇」「勤務時間〇〇:〇〇~〇〇:〇〇」というように、給与、休日・休暇、勤務時間を提示しています。したがって、新卒社員は入社前に労働時間と、その対価である賃金を了解している前提となっています。

美辞麗句が盛りだくさんの採用ホームページ

 しかし、「労働時間や賃金が合わない」ことが退職理由の大きなウェイトを占めている実態は見逃せません。入社時に提示された賃金や労働時間と現実との間に落差があるから、嫌気がさすのでしょう。

 特に労働時間が長く、休日も十分に取れないような労働環境に置かれると、それなりの賃金を得たとしても「割に合わない」「お金よりも自由な時間が欲しい」という気持ちになる人が増えるのだと思います。

 企業は傍観しているわけではなく、採用ホームページなどで賃金や勤務時間といった「雇用条件」のほかに、仕事内容など学生が知りたいと思われる情報を掲載しています。

 好感度の高そうな若手社員が登場して、「風通しが良い環境で、やりがいや成長が感じられる仕事を手際よくこなし、プライベートも充実した毎日」を紹介します。就活生が「自分もそんな社会人になりたい!」と、どこまでも明るく前向きなイメージを抱く内容が盛りだくさんです。

 業績向上に貢献してくれる人材を獲得するためには、企業が「底に沈殿した堆積物」を見せずに「きれいな上澄み」しかアピールしないのは当然です。私も採用ホームページの製作に関わっていたので、その理屈は理解しています。

 しかし、今、学生側の視点に立ってみると、「情報の非対称性」つまり情報格差の課題があり、それを少しでも解消すべきだと考えています。

学生が本当に知りたいこととは

「いちばんたいせつなことは、目に見えない」

 サン・テグジュペリの『星の王子さま』にある有名な一節です。学生が究極的に、本当に知りたいことは「どれだけお金がもらえるのか?」と「どれだけ働かされるか?」の2点なのではないでしょうか。

 ところが、一番知りたくて大切なことは目に見えない状況です。そして入社してから、想像していたイメージと違うギャップに失望するのです。

 私はこれを打破するための方策を提案します。

 それは、入社2年目、6年目、10年目の社員について、企業が採用の募集要項で、次の2点の情報を開示することです。

①年収が多い上位10人の年収金額
②1年間の労働時間が多い上位10人の働いた時間数

 3つの年次にしているのは、1つだけだと、会社側がその年次だけ「調整」するかもしれないからです。また、良心的な企業は「平均年収」を明らかにしていますが、「平均」は平準化されてしまい実態がぼやけるので、上位10人にすることに意味があると考えます。

 入社2年目、6年目、10年目としているのも理由があります。1年目は試用期間や研修期間があるので本格的に働くのが2年目、そして仕事に慣れて、社会人として最初の転機を迎えるのが6年目です。年齢では、多くがそろそろ30歳を迎える頃です。さらにその4年後、区切りの良い10年目とします。2年目または4年目と比較すると年収の伸びの大きさが分かります

「リアル時給」を企業選びの判断材料に

「年収金額」を「1年間の労働時間」で割り算すると「時給」が計算できます。この時給を「リアル時給」と名付け、これを基にすることで、優良企業またはブラック企業の度合いを比較できるようにするのです。

「リアル時給」は学生の企業選びの判断材料に寄与すると思います。特に、本当の「1年間の労働時間」は学生からは見えにくいところです。それが赤裸々になることで、就職における「人気ランキング」の順位に影響を与えるかもしれません。

 企業に情報開示を求めるのはミスマッチを減らすことが狙いですが、賃上げや長時間労働削減にもつながる可能性があります。

就活日程をいじっても何も解決しない

 政府はITスキルなどを持った「専門性の高い人材」の採用について、就職活動のルールを見直し、採用日程の前倒しをする方向で検討することを決めたそうです(11月30日 朝日新聞)。

 就活ルールにとらわれない外資系企業にIT人材が奪われている実態があることがルール変更の背景のようですが、日程を早めることが奏功するとは思えません。「そこで働きたい!」と確信できる魅力が企業にあるかどうかが重要です。

 そもそも、政府が定めている就活日程のルールは強制力や罰則もなく、形骸化しているどころか、もはや崩壊状態です。

 会社と若手社員のミスマッチは誰にとっても損失でしかありません。政府は日程をいじり回すようなことではなく、「リアル時給」を算出できる「年収金額」と「1年間の労働時間」の情報開示を企業に課すなどして、少しでもミスマッチを減らす仕組みを考えるべきです。

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