『M-1グランプリ2022』チャンピオンになったウエストランド。歯の出た小男・井口浩之があらゆる対象に牙を剥くさまは、ハムスターが全裸で腰にダイナマイトを巻いてインドゾウに突撃しているようだった。そしてその横でネタを間違えニヤニヤし、優勝後は世界一綺麗な涙を流す河本太。冷静に考えても「王者感」のまったく無い2人の魅力はどういった部分にあるのか。

参考:【動画】ウエストランドのM-1決勝のネタ

 まず、ウエストランドは「悪口漫才」「毒舌漫才」と言われているが、私はウエストランドは「自爆漫才」だと思っている。

 2022年12月20日に公開されたYouTubeチャンネル『ぶちラジ』では、「あんなネタですから、もちろん賛否があるのはしょうがないですしね。それだけM-1という大会がでかい大会になっているということなので。もちろん色々言う人はいるのは仕方ないし、不快な気持ちにさせてしまった方々には申し訳ない気持ちではあります」と言っていたのだが、この姿こそが井口の魅力だ。

 普通あんな漫才をする人間なら、批判された第一声は「うるせぇ顔も出せないネット民が黙ってろバーカ」じゃないのか。だれよりも自分のネタの愚かさに自覚的で、きちんした言葉で謝ることができる男。どれだけ井口が常識人なのかがこの文面だけで伝わってくるだろう。決勝のウエストランドの漫才で怒っている人は、ぜひハムスターを観るような目で井口を観てほしい。彼はただ「こんな馬鹿なことを言っている僕を笑えよ!」と叫びながら回し車を回っているだけなのだから。

 また、井口と最も因縁の深い相手と言えば、ウエストランドの所属事務所タイタンの大先輩・爆笑問題田中裕二の顔が思い浮かぶファンも少なくない。爆笑問題への愛が強すぎる井口が爆発した井口が『ぶちラジ』で本人の許可も取らず田中っぽい人を募集するコーナー『田中先輩』を勝手に始めた際には、そのことを聴いた田中本人からラジオ『爆笑問題カーボーイ』で「調子に乗ってんじゃねぇぞ井口この野郎!気持ち悪いんだよ!一生観ねぇよ『ぶちラジ』聴かねぇし!聴いた事ねぇよ馬鹿!やってろ!隅っこで!馬鹿!」と罵倒されるなど、芸人として最高に良好な関係を築いている。しかし、ウエストランドがゲスト出演した20日のカーボーイでは、太田光は「さや香が圧倒的だった」と言いつつも、喜びを抑えきらないほどハイテンションでM-1グランプリの感想を話していたし、田中は「M-1王者様がTBSにご到着されたということで……」「王様がね、我々とお話してくださることを……」と小馬鹿にしつつも嬉しそうにねぎらいの言葉をかけていた。

 爆笑問題だけでなく、ラジオや番組でほかの芸人が話すM-1グランプリの感想を聴いていると、本当にみなが優勝を喜んでいることからもウエストランドが根っからの「悪」ではないことが分かる。2019年に起こした「いぐちんランド事件」でも世間一般にはまったく浸透していないにも関わらず、ありとあらゆる芸人が彼の不祥事をイジっていたことからも、どれだけ彼らが愛されているのかが伝わってくる。

 そして、自ら火だるまになっている井口の横でニヤニヤする男・河本太。彼の恐ろしさはある意味井口の比ではない。河本を見ていると、この世で一番恐ろしいのは「無」だということを痛感する。一部ではM-1グランプリ後の河本に対する井口の態度を見て「当たりが強すぎて不快」「相方を見下している」という声があるらしいが、その言葉は後に間違いだったこと、河本太という人間がいかにお笑い芸人として「異質」な存在であるかは、これから遅かれ早かれ気づくことになるだろう。

 2022年10月に配信されたインタビュアー・吉田豪の番組に河本が一人で出演しているのだが、これをぜひ観てもらいたい。河本太という人間の奇妙さと魅力がこれでもかというほど詰まっている。ベロベロに酔っ払って、タイタンの社長であり、爆笑問題太田光の妻でもある太田光代を抱こうとする、ボロボロのホテルに泊まった際に除霊をするためにデリヘルを呼ぶ、にも関わらず愛妻家。そんな自分を指して「自分の思い描く『芸人像』をやってる自分は真面目だ」と強弁するのが河本太なのだ。そのくせ、収録ではいっさい喋らずに帰りに楽屋の弁当だけを持って帰る、先輩に怒られ「坊主にしろ」と言われた翌日にオシャレなパーマをかける。どうだろうか。これでもまだ井口の河本に対する態度は間違いだと言うのだろうか。

 コンビの関係性で言えば、ウエストランドは「さらば青春の光」に近いのかもしれない。東ブクロがどんなスキャンダルを起こそうが、どれだけ森田だけの稼働が多かろうが、森田は絶対に東ブクロを見捨てない。それは東ブクロの前時代的な芸人イズムにどこか憧れのようなものを抱いている。実際、Abemaで放送中の『有田哲平の引退TV』で「こっちに一切気を遣わせない。俺らが何してても笑っていいんだという気分にさせてくれるのが東ブクロ。ずっとサンドバッグ」と森田は発言している。

 井口の河本に対する気持ちも同じなのかもしれない。M-1グランプリでは井口が全方向に悪口を言ったことで優勝したが、井口の悪口が最もキレを増す相手が紛れもない「河本太」なのだ。番組中に一切喋らなくても、ネタ番組で台本を飛ばしてもふてぶてしく、堂々としたあの立ち姿。河本の圧倒的「無」こそが井口の「有」を生み出しているのだ。

と、思っているのだが、絶対にそんなことはないし、井口にこれを読まれたら確実に「皆目見当違い」と言われるのかもしれない。

(かんそう)

動画サムネイルより