本連載では、人気YouTubeチャンネル「魚屋の森さん」の運営者で、IT企業から実家の魚屋の後継者へと転身し、新しい視点でSNSをビジネスに効果的に活用している森朝奈氏が、著書『共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得』から、経営における「共感ベース」の仕事術や発想法について解説します。

「私だからできる方法」ではチームを維持できない

私はクールに見られがちなのですが、実際にはかなりアツいところのある人間です。会社のストーリーへの思い、会社を支えてくれるスタッフやお客さまへの思い……。

心の中ではいつも、さまざまなものが燃えたぎっています。

人間がもつ情熱には「赤い炎」と「青い炎」がある、と聞いたことがあります。

燃えていることが他人にもわかる「赤い炎」に対して、「青い炎」は人には見えないけれど「赤い炎」より熱い。私は「青い炎」のタイプなのだと思います。

魚屋の仕事を始めてからしばらくは、自分のアツい思いを素直に表現していました。うれしい言葉をかけてくれたお客さまには全力で感謝し、SNSやブログへのコメントすべてにお礼の返信。来店したお客さまから名刺をもらい、お礼の手紙も出していました。正直に言えば今でも同じことをしたい! でもある時期から、自分の対応を見直さざるを得なくなりました。

寿商店のスタッフとして接客している以上、お客さまは「私の対応=寿商店の対応」と受け止めます。実は、お礼状まで出していたのは私だけ。私がいないときに来店してもお礼状は届かないのですが、お客さまはそんなことまで知りません。お礼状が届かないことで気分を害し、店へのクレームにつながったこともありました。

うれしいことをしてもらった場合、一度目は素直に喜びを感じます。来店前の期待値を0とすると、お店の評価はプラスに上昇。問題は、次回からは一度めの経験が基準になってしまうことです。プラスだったはずのことが、「してもらって当たりまえ」にかわってしまう。それがかなえられないと、評価は0に戻るのではなく、一気にマイナスまで下がりかねないのです。私がつくるべきなのは、「自分のファン」ではなく「会社のファン」なのだ、と気づかされたできごとでした。

自分が頑張るのではなくチームで回せる仕組みづくりに力を入れる

当時の私が見落としていたのは、仕事への熱量は人それぞれだということ。どんなに素晴らしい会社でも、スタッフ全員が同じレベルの情熱をもって仕事に取り組めるわけではありません。

おまけに会社への思い入れが強く、入社したばかりで張り切っている私の熱量は異常に高い! スタッフが私と同じような気持ちをもっているはず……というのは、私の大きな勘違いでした。

私がブランディングのつもりでしたことは、自分本位のスタンドプレイ。結果的に、寿商店本来のサービスの価値を下げてしまいました。すべてを自分ひとりでできるのなら、私の性格に合ったベストの方法だったかもしれません。でも、会社として持続的に取り組めるものではなかったのです。

自分が頑張ればうまくいく、というやり方には限界があります。私が接客やSNSの管理に専念することはできません。つまり、「私だからできるやり方」ではダメ。私がするべきだったのは、自分ががむしゃらに頑張ることではなく、担当者がかわっても無理なく継続していける仕組みづくりだったのです。

事業を始めるときは自分の手を離れる前提で考える

このことに気づいてから、何かを始めるときは、いずれ自分の手を離れる前提でやり方を考えるようになりました。会社として仕事を動かしていくためには、「今」だけではなく「先」を見る視点も必要だということを学びました。

事業をつくることは、チーム全体で目標に向かうこと

仕事をするうえで本当に難しいのは、チームをつくることではなく、維持することです。たとえば「月給100万円!」といえば、メンバーはすぐに集まるでしょう。でもその約束を1カ月しか果たせなかったら、あっという間に解散です。

会社を存続させるために必要なのは、目先の100万円で盛り上げることではありません。継続できる範囲で支払える金額を提示し、それをチーム全体で増やしていく方法を考えていくことなのだと思います。

チームとして持続可能な形をつくっていくためには、自分のアツい部分は極力抑える必要があります。かといって、チームへの思いがなければ、スタッフの共感も得られないし、自分のモチベーションも保てないし……。

『冷静と情熱のあいだ』という小説がありますが、私の課題は、まさにこれ。自分の中の「青い炎」にジリジリあぶられながら、チームが求めるほどよい着地点はどのあたりなんだろう? といつも悩んでいます。

プロセスを共有することで考えるチームをつくりたい

仕事の上で父から学ぶことは山のようにありますが、ある部分では父を反面教師にしています。父は、社長である以前に職人です。会社が現在の規模まで成長しても、チームづくりの基本は「情」。スタッフは「ん?」と引っかかることがあったとしても、「社長がそう言うならしょうがないか」と協力してくれます。

でもそれは、創業者としてのカリスマ性もある父だからできることです。どう頑張っても私にはまねできないので、自分なりのチームづくりを目指すしかありません。その際、反面教師となるのが父なのです。

これまでは「トップダウン型」。社長である父が考えて判断し、決定事項を社内に伝えるスタイルでした。でも私は入社した頃から、決定するまでのプロセスも見せてくれればいいのに、と思っていました。

だから私は、自分が見たもの、聞いたもの、新しく得た知識は、できる限りスタッフにシェアするようにしています。「こうなりました」「こうしてください」と結論だけ伝えるのではなく、プロセスをチームで共有したいのです。

「結論」だけではなく「プロセス」も共有するメリット

プロセスを知ることで当事者意識がもてる

私が仕入れに同行するようになる前、父から入る魚の情報は「今日の金目鯛はいいよ」などという簡単なもの。私はいつも、「どこがいいの?」「なんでいいの?」と思っていました。同じ疑問を感じているスタッフは多いはずです。そこで、仕入れた魚の情報は私から発信することにしました。

市場では、仕入れをしながら父と仲買さんの会話を聞くことができます。よく聞いていると、なぜこの魚が「いい」のかがわかるし、もっと知りたければ仲買さんに教えてもらうこともできます。

知りたいことがわかったら、金目鯛の写真とともに「今日は地物(近くでとれたもの)で、一本釣りされた新鮮なものを仕入れました」というメッセージをシェア。

アルバイトやパートのスタッフにも、私から直接発信しています。

スタッフがこの情報を知っていれば、お客さまにすすめるときの説得力が増します。その結果オーダーしてもらえれば、本人の自信にもなるはずです。

新店舗を準備中のときは、日々の進行状況もシェア。「水槽の搬入予定が少し遅れることになりました」などと具体的に伝えます。

別店舗のスタッフにとっては、「知らなくてもいいこと」かもしれません。それでも知らせるのは、プロセスを共有することで当事者意識がもてるのではないかと思うから。何も情報がないまま、「新店舗が来週オープンします」と言われても、自分には関係ないことのように思えます。でもできていく過程を共有していれば、チームの一員として「一緒につくっている」と感じられるような気がするのです。

プロセスを共有するのは考える材料にするため

以前の職場で、上司から贈り物選びを任されたことがありました。何がよいのかわからず、情報集めからスタート。決めるまでに、とても苦労しました。でも後日、「とても喜ばれた」「よいものを選んでくれた」とうれしい言葉をかけてもらい、「やった!」。仕事への自信が深まったのを感じました。

喜びが大きかったのは、自分で考えて結果を出すことができたから。上司の指示が「〇〇を買っておいて」というものだったら簡単にこなせるけれど、達成感はなく、自信にもつながらなかったでしょう。

人を育てる立場になったとき、あのときの「やった!」をスタッフにも感じてもらいたいと思いました。自信につながるのは、自分で考えることです。考えるためには、材料が必要。その材料となるのが、ものごとのプロセスだと思うのです。

考える材料は多いほどいいので、自分がピンと来たものやだれかのヒントになりそうなものもどんどん共有しています。たとえば、プライベートで立ち寄ったお店のメニューが気になったときは、「〇〇のメニューがいい感じでした」などとひと言添えて写真をシェア。すると、「この部分のデザインはまねしてみたいです」「こういう料理もいいですね」などと反応してくれるスタッフが出てきます。

プロセスの共有を続けてきたことは正解だった、と感じられるのはこんなとき。

私が目指す「それぞれが自分で考えるチーム」ができてきた手ごたえを感じます。

森 朝奈

株式会社寿商店

常務取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)