不動産業者がせっかく優良な不動産物件を扱えても、その物件にまつわる複雑な法律トラブルがあると、物件が適正価格で売れず、依頼者の希望に添えないことがあります。そこで、せっかくのビジネスチャンスを失わないため有効なのが、法律の専門家である弁護士との「協業」です。そこで、弁護士として不動産関係の数々の法律問題を解決してきた実績をもつ鈴木洋平氏が、不動産業者と弁護士の協業について事例を交え解説します。

【事例3】遺言書により自宅売却で得たお金の寄付を指示

【登場人物】

  • Aさん:身寄りのない80代の男性

Aさんは、定年を迎えるまで40年以上小学校の教師をしていました。結婚歴はなく子どもはいません。遠方に兄弟がいましたが亡くなってしまい、甥と姪(法定相続人)が5人ほどいるようですが50年以上音信不通です。

Aさんは自宅不動産だけでなく、賃貸不動産をもちその収入で生活していました。しかし、自分が死亡したあとはそれらを知らない甥や姪に相続させるのではなく、売却して奨学金の基金へ寄付したいと思っていました。

そこで不動産業者に相談することにしました。

本人の死後、相続人ではない人や団体に寄付することを遺贈といいます。その不動産業者にとって遺贈は、当然ながら専門外。すぐに知り合いの弁護士に協業を依頼しました。

このケースでも清算型の遺言を利用することにしました。死後に所有する不動産を売却し、そこで得たお金で入院費や葬儀などの支払いを済ませたうえで残りを寄付(遺贈)するという遺言書を残したのです。

ここで重要なのが遺言執行者の存在です。遺産を遺贈する場合の不動産登記は、遺言執行者が行うことになるので、遺言書で遺言執行者を指定しておくことが必須となります。

また、不動産業者としては、遺言によって死後の不動産売却を依頼されても、相続人の居所が分からない場合は手続きが困難となります。そのため、このような清算型の遺言書で遺言執行者を指定しておくことは、不動産業者にとっても必須事項になるはずです。

それだけでなく、Aさんが債務(最期にいた施設や病院の費用、固定資産税などなんらかの負債があるはずです)を負っている場合、これらが法定相続人に向いてしまう可能性もあるので、トラブルを避けるために遺言執行者の権限としてAさんの負債を弁済することも含んでおくべきです。こうしておくと葬儀費用の支払いも遺言執行者が行うことができます。

【事例3】では、弁護士と協業経験のある司法書士が遺言執行者になりました。そして遺言執行者がAさんの死後にAさんが相談した不動産業者の仲介により不動産を売却し、売却金から入院費用や葬儀費用そのほか経費を支払ったあとに残金を奨学金の基金(受遺者)へ寄付しました。つまり、Aさんの希望はすべてかなったわけです。

清算型の遺言書を作る場合の注意点

なお、清算型の遺言書を作成するときは、まだ残金が確定していないため、「B法人に残金の3分の1」、「C法人に残金の3分の2」などといった割合で指定しておくことも可能です。

また、身寄りのない人のなかには、不動産をそのままの形で寄付したいと希望するケースもあります。しかしながら、相手が行政機関や基金などの場合、不動産をそのままの形で受け取ることはほとんどなく、いったん現金の形にして寄付を受ける段取りをしなくてはなりません。

さらに前述のような清算型遺贈を用いる場合は、納税に関する注意も必要です。不動産の相続については、一度法定相続人への相続登記をしたうえで遺言執行者の権限で売却に基づく所有権移転登記をすることになります。

すると、法務局から情報提供があった税務署から法定相続人に対して、不動産の譲渡所得税に関するお尋ねが届く可能性があります。このとき遺言執行者が適切に税務処理をしていないと、法定相続人は相続をしていないのに納税だけ求められるような事態になり得るのです。

この場合の課税関係についてはいまだに明確な答えがないのですが、参考資料はあります。

2021年7月11日国税庁のホームページに掲載された「換価遺言が行われた場合の課税関係について」によれば、「換価遺言に係る当事者間の権利義務関係に着目すると、遺言の効果が発生すると、遺言執行者に換価財産の管理支配権限が帰属し、所有権と同等の権利を有するとともに、相続人には何ら実質的な権利は存在せず、一方、受遺者には、換価代金を受益する権利が生じる。

これらの当事者の権利関係は、信託の場合の当事者(委託者、受託者、受益者)の権利関係に類似している。制度論的には、換価遺言の場合は、信託税制と同様の課税関係にすることが望ましいと考える」となっています。

要するに、遺言執行者が譲渡所得税について受遺者の負担となるような運用をしたり、相続をしていない相続人(不動産登記に名前だけが出てしまう相続人)に対して課税負担が及んだりしないように、くれぐれも注意する必要があるということです。

【事例4】家族信託契約によって両親の介護費用を確保

【登場人物】

  • Aさん:父
  • Bさん:Aさんの妻
  • Cさん:Aさんの子ども

Aさんは末期がんで余命3ヵ月、Bさんは寝たきりで意思疎通が困難な状況です。そこで子どものCさんは、Aさんの自宅不動産を売却してAさんとBさんの生活費に充てたいと考え、不動産業者に相談することにしました。

不動産業者は、Aさんが今のところ意思疎通ができるので売買契約は可能と判断しました。しかし、買主を見つけて決済を迎えるまでに万一のことがあっては大変だと考え、Cさんと一緒に弁護士に相談をしてみることにしました。

仮にAさんが決済を迎えるまでに「意思疎通が困難になった」または「死亡した」場合には、不動産を売却することが困難になります。

一般的に意思疎通が困難になった場合はAさんに成年後見人を選任する、Aさんが死亡した場合はBさんに成年後見人を選任してCさんと共同売却する、といった対応が考えられます。

Cさんは、心からAさんとBさんのことを考えており、自宅不動産の売却資金はすべてAさんとBさんの療養費に充てたいと思っていました。もし、それで足りなければCさんが費用負担をする覚悟も決めています。

そこで弁護士は、「意思疎通が困難になった」「死亡した」の両方をカバーできる方法として、自宅不動産をCさんに信託する方法を提案しました。そして公正証書をもって実行することとし、10日後に公証人の予約を取り付けました。

さらにAさんが亡くなることを想定し、Aさんに事情を話して、Aさんの自筆でCさんにすべての財産を相続させる遺言書を作成しておきました。ところがその直後、Aさんの具合が急変したため公証人の予約はキャンセルし、Aさんは1ヵ月後に死亡しました。

その後Cさんは、Aさんからすべての財産を相続する旨の自筆証書遺言を用いて相続登記を行い、自宅不動産を売却することでBさんの療養費を捻出することができました。Aさんの遺言書が奏功することになったのです。

この成功事例は、不動産業者がAさんの容態変化を想定して機転を利かせたことがきっかけとなりました。不動産の売却活動を続けて買主が決まり、せっかく契約もできたのに、移転登記(決済)までの間に売主が意思疎通困難または死亡してしまったらそこで商談は頓挫してしまいます。それを見越した不動産業者が万一に備えて弁護士につなぎました。

また弁護士は、Cさんが唯一の子どもであることや父母の面倒を見ることができる人物だと判断したうえであえて信託を提案し、さらに公証役場での手続きの前にAさんの容態が変化することも想定して自筆証書遺言を作成しました。つまり、二段階の予防策を打ったわけです。実際にAさんの容態が悪化してしまい、この自筆証書遺言が役立つことになりました。

信託のメリットとデメリット

【事例4】で弁護士が提案した信託の内容は、Aさんの指示に従ってCさんが不動産の管理と処分を行うというものです。具体的には、Aさんが自宅不動産を売却する業務をCさんに託し、そこで得た現金をAさんとBさんの療養費に充てる、そしてAさんもBさんも死亡したときに余っていたらCさんが取得する、という契約をAさんとCさんの間で交わすことでした。

これをやっておくと、改めてAさんの了承がなくてもCさんが不動産の売却を最後まで実行することができるようになります。つまり、Aさんの意思疎通が困難になっても、または死亡しても信託をしておけばカバーできることになるのです。

信託はこのような制度のため、仮にCさんがAさんとBさんを裏切って売却金をCさん自身のために使ったとしても誰にも分からないことになります。

【事例4】の場合、AさんがCさんに対して全幅の信頼をおいていたこともあり、あえて提案しませんでしたが、託す人に不安があるときは第三者の監督人を指定しておくことも可能です。

鈴木 洋平

LTRコンサルティングパートナーズ

理事

(※写真はイメージです/PIXTA)