組織変革を始めて1年ほど経つと、幹部社員の退職が相次ぐことがあります。幹部社員の退職は見方によってはネガティブにも取れるのですが、組織が健全に発達していくプロセスでもあります。経営者たちが抱える「組織変革」の悩みを組織改革コンサルタントの森田満昭氏が解説します。

無くなった「飲みニケーション」

■対話というアプローチ

組織変革の知識も経験もない幹部たちはつい「昔は飲みニケーションがあったからよかった」「少しくらい社員を怒っても大丈夫。昔は社員をどついてましたから」と言いがちです。しかし、今はコンプライアンスの面からハラスメント的な対応は問題になります。飲みニケーションは無駄とは言いませんが、思考の領域を広げ、深いところでつながり合い、関係の質を高めていくには限界があります。

関係の質を高めるのに役立つのが、相手と話し合うことです。話すという行為にはいくつかのレベルがあります。まず、天気や時事ネタで軽くコミュニケーションを取る「ちょっとした会話」や「雑談」があります。そして、どうやって相手を打ち負かすかという「討論」や「ディベート」があります。

また、より良い意思決定のための「議論」があり、普段の会議などでは多く使われています。さらに、質の高い創造的な話し合いである「対話」があります。「対話」は英語でダイアログと呼ばれ、本来、可能性を探るものであって、その場で結論を出すことを目的としない話し合いのスタイルです。

以前プロコーチや企業の組織開発担当者が集まった勉強会でダイアログ(対話)ワークを行ったのですが、そのときに一つの課題を与えられました。私たちのチームは「納品した製品にクレームが発生し、その対応策をダイアログで話し合ってください」というものでした。それぞれ「営業担当者」「営業部長」「支店長」「管理部長」「専務」「開発部長」の役割を与えられ、その立場で話し合うという設定です。

プロのコーチや組織開発に携わっている人は数多くのダイアログを経験しているので、すぐに対話が深いレベルに到達します。通常よく言われるような「責任の押しつけ合い」などはいっさいなく、内省的な言葉を口にします。

営業担当者「私が客先の要求仕様をちゃんと理解していなかったのが大きな原因だと思います」 営業部長「なるほど。しかしその状況をちゃんとつかめていなかった部長の私が責任を取るから、心配しなくていいよ」 開発部長(私)「営業担当者に、開発エンジニアほど技術的知識がなくてもおかしくはありません。今から思えば、仕様に整合性がない点があります。それに気がつかなかった開発部の責任です。皆さん、申し訳ありません」 専務「今後、こういうことが起きないようにするためにはどうすればよいだろうか」 開発部長「すぐに開発部で対策を含めた資料を作成し、各支店を回って勉強会を開くのはどうでしょうか? 支店の営業担当者は忙しいと思いますが……」 支店長「ありがとう、よろこんでみんなの時間をつくらせてもらいたい」 営業部長「よし決まった。全営業担当者にすぐに通達をするので、開発部長、ご苦労をかけるけどよろしくお願いします」 専務「みんなご苦労だけど、よろしく頼むよ。では私の出番だね。客先の役員にお詫びに行くのは私の役目だからね」

このようなロールプレイングが進んでいるときに、管理部長役をしていた某上場企業の組織開発担当者がいきなり泣きだしました。その方はまだ30歳前後の若い女性です。泣きだした理由を聞くと、みんなの対話がすばらしかったからだと言いました。言い訳をして責任逃れをする人は一人もいなくて、互いのことや会社の将来を考えたやりとりが交わされているこの場の雰囲気に感動したそうです。「それに比べて自社で行われている会話はひどいものです……」と言っていました。

このような対話を続けていると、得も言われぬ感覚に満たされて明らかに普段の自分たちでは到達できない意識や思考の変化、高まりを感じるようになります。敵も味方も存在せず、人間同士として互いの心を感じます。単なる「対話」にそれほどの力があることを私は体験的に知ったのです。

そのため、私が組織課題の解決に困ったらすぐにダイアログに持ち込んでいた時代もありました。その結果参加者の発言の質や関係の質が明らかに変化し、場の空気がとても気持ちの良いものになったのです。ダイアログそのものがもつ力によって、参加者の意識のなかから引き出されたのだと言わざるを得ません。

その後調べてみると、対話はフィンランドの精神科医療において統合失調症引きこもりなどの治療に大きな成果をあげているそうです。それほどレベルの高い、創造的な対話には力があるのです。

組織変革で幹部に起こる大きな変化

■組織変革で幹部に起こること

組織変革を始めて1年ほど経つと、大きな変化が起こることがあります。それは幹部社員の退職です。

まず会社やほかの幹部、部門に対して批判的なポーズを取ることで自身の立ち位置を保っていた人が、社員の信頼を得られなくなり、周りから相手にされなくなるケースがあります。

次に意図的に情報を操作(遮断、改変)することで自身の能力をアピールして立場を守っていた人が、社内のコミュニケーションが活性化することで居場所がなくなってしまうケースです。

また社内で不正を働いていた人が、巻き込んでいた社員の意識変化によって不正があぶりだされ仕事の継続ができなくなるケースや、部下の育成と成長に興味関心をもてず精神性の発達が見られないため、部下からの評判が下がり組織内にいづらくなるケースもあります。

これらはすべて実際に起きた事例です。幹部社員の退職は見方によってはネガティブにも取れるのですが、組織が健全に発達していくプロセスでもあります。長く一緒に働いてきた仲間が辞めることは経営者にとって身を切られるようにつらいことですが、すべての経営者は「この先の成長のために必要な痛みだった」と受け止めてくれます。

■望ましい幹部像とは?

会社のことをいちばん真剣に考えているのは経営者です。ですから幹部から自発的に提案や企画がなされても、経営者の目から見たらレベルが低く「こんなレベルでどうするんだ」と思うことも少なくありません。確かに初期段階のアイデアや行動は未熟で、経営者の納得するレベルではないことが多いのです。

そこでどう反応するかが、人材育成に関しては重要になります。経営者が重視すべきは、彼らから自発的にアイデアや行動が出てきたこと、そしてそれが成長の大事な一歩なのだと認めることです。

私がこう言うと「会社経営は命懸けで、そんなに甘いものじゃない」と経営者に反論されることが多いのですが、人材育成も命懸けです。ここを甘くみてはいけません。会社の問題に幹部が他人事であるというならば、実は経営者自身も他人事なのです。幹部が悪い、社員が悪いで終わっているからです。

経営者の役割は、幹部に変化が起こるような場をつくることです。教育学や心理学では自発性の芽を育てる方法が解明されています。彼らの自発性の芽をつぶしながら「成果を出せ」と考えることのほうが安易なのだと、一度認識を改める必要があります。

望ましい幹部像は経営者の個性や業界、目指したい組織の状態によって異なります。私が経営者にコーチングをするときは「あなたにとって理想の幹部像は?」と問いかけ、理由を丁寧に聞きながら実現したいビジョンを探求し、それが見えてきたらあらためて、「それを実現するためにあなたができることは?」と問います。

このときの経営者は会社と自分のビジョンが明確になっているか、ビジョンはまだ見つかっていないが真剣に探求しているか、いずれかの状態であることが理想です。なぜなら「想像するだけでわくわくするような、本気で実現したいビジョン」の存在が、いちばん強い動機になるからです。

舞台や映画にもなった『奇跡の人』は、視覚、聴覚の重複障害者であるヘレン・ケラーの自叙伝と思われがちですが、実はヘレンを導いた家庭教師アン・サリバンの物語です。

ヘレン・ケラーは障害を乗り越えて世界中で講演し、多くの人に生きる喜びやエネルギーを与えました。しかし幼い頃は障害のためにうまく世界を認識できず、自分を表現できないことに癇癪を起こすこともしばしばありました。そこへ住み込みの家庭教師として、サリバン先生がやってきました。

サリバン先生はヘレンの可能性を信じ、幼いヘレンの感情を24時間受け止め続けたのです。サリバン先生が真剣に関わったおかげで、ヘレン・ケラーは人間性を高め、「重度の障害を抱えた不幸な少女」で終わらずに、世界的に有名な社会福祉活動家になりました。

会社も同じです。幹部に力を発揮してもらうためには、誰かがサリバン先生の役目をしないといけません。それは本来経営者の仕事です。命懸けで幹部を育てることは、「ちゃんとやれと言っているのに彼らはやらない」と文句を言うことではありません。

そして幹部の役目は、一般社員にとってのサリバン先生です。一般社員から持ち上がってくる提案や企画は経営者視点よりさらに距離があるので、レベルがより低くなるのは否めません。それをうまく幹部の人たちが育てていくのです。これが理想的な幹部の一つのイメージになります。経営は命懸けですが人材育成も命懸けの覚悟が必要なのです。

森田 満昭

株式会社ミライズ創研 代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)