歴史上で起こった重大事件の闇に隠された“真実”をいまに伝える実録社会派ものは、多くのテレビドラマ、映画ファンの関心を引きつけてやまないジャンルだ。綿密なリサーチに基づいて事件の状況や関係者の人間模様を再現し、捜査機関やジャーナリズムの粘り強い調査、法廷での息詰まる真相究明を描くこのジャンルでは、古くから幾多の名作が生みだされてきた。動画配信サービススターチャンネルEX」で昨年12月から日本独占配信中のミニ・シリーズリトビネンコ暗殺」(全4話)は、イギリスから届いた最新のノンフィクションドラマであり、上記の実録社会派ジャンルの系譜を受け継ぐ新たな傑作である。

【写真を見る】2006年の事件当時、ベッドに横たわるリトビネンコの姿は、日本のニュースでも大きく報道された(「リトビネンコ暗殺」)

本作の題材となった“リトビネンコ事件”は、2006年11月ロンドンで発生した。ソ連時代のKGBの流れをくむFSB(ロシア連邦保安局)の元高官で、イギリスに亡命していたアレクサンドル・リトビネンコが何者かに毒殺されたのだ。これは単なる殺人事件ではなかった。リトビネンコは病院で治療を受けている最中、「私の暗殺を命じた人物はウラジーミル・プーチンだ」と証言。しかも犯行に使用された毒物は、ポロニウム210という極めて特殊な放射性物質だった。当時、ポロニウムの影響で髪の毛がすべて抜け落ちたリトビネンコの姿を撮影したセンセーショナルな写真が世界中に配信され、日本のニュース番組でも大きく報じられた。

ロンドン警視庁はのちに2人のロシア人実行犯を特定したが、その捜査の内幕を緻密に映像化した「リトビネンコ暗殺」は、これがいかに未曾有の大事件だったかを生々しく伝えてくる。第1話では病室を訪れた殺人課の刑事ハイアットが、偽名を使って入院していたリトビネンコへの事情聴取を行う様を描出。そして後日、リトビネンコの尿から放射性猛毒のポロニウム210が検出され、ロンドン警視庁が異例の大規模捜査に乗りだしていった過程が、ただならぬサスペンスを込めて映像化されている。

もしも外国人ロンドンの繁華街で放射性物質による暗殺を本当に実行したとすれば、それはイギリスに対する化学兵器テロに等しい行為であり、深刻な外交問題に発展することは免れない。いったい誰が、どこで、どのようにしてリトビネンコに毒物を盛ったのか。捜査陣が被爆を避けるために防護服を着用し、リトビネンコの自宅、彼が立ち寄ったホテルや寿司店などでポロニウムの検出を試みるシークエンスには、史上最悪の原発事故の全貌を描いて大反響を呼んだHBOのドラマチェルノブイリ」を彷彿とさせる緊迫感がみなぎっている。

そして本作は、容疑者への事情聴取のために完全アウェーのロシアに乗り込んだ刑事たちの苦闘、最愛の夫の命を奪われた妻マリーナリトビネンコが真実を追い求める活動も描き、10年間にわたるストーリーが展開していく。製作陣はマリーナ本人との信頼関係を築いてこのプロジェクトに取り組み、リトビネンコが眠る墓地などの実際の現場でも撮影を敢行した。そうした作り手たちの情熱が、本作の並外れたリアリティスリルに結実している。

現在「スターチャンネルEX」では、「リトビネンコ暗殺」と同ジャンルの実録社会派ものの長編映画を鑑賞することもできる。国家や宗教などの巨大権力の闇に挑んだ実話に基づく作品の数々、その充実したラインナップを紹介していこう。

■見ごたえたっぷり!社会の暗部に踏み込んだ力作たち

まず『スポットライト 世紀のスクープ』(16)は、2000年代初頭、全米を震撼させたカトリック教会のスキャンダルを題材にした作品。地方新聞紙ボストン・グローブの記者たちが、聖職者から性的虐待を受けた被害者らへの地道な取材を積み重ね、教会が長年にわたって隠蔽してきた事件の実態に迫っていく姿を描く。事件のおぞましさもさることながら、記者たちの視点で全編が進行していく本作は、ジャーナリズムによる調査報道の意義をも感動的に訴えかけてくる。マイケル・キートン、マークラファロらの実力派キャストによるアンサンブルも秀逸で、米アカデミー賞では作品賞、脚本賞を受賞した。

『オフィシャルシークレット』(18)は、イギリス諜報機関GCHQ(政府通信本部)の職員キャサリン・ガンによる内部告発を描いたポリスティカル・スリラー2003年1月、イラク戦争に突き進もうとしていた米ブッシュ政権が、同盟国イギリスにある違法工作を指示するメールを送りつけてくる。その内容に危機感を覚えたキャサリンは、マスコミへのリークを決意するが…。機密漏洩の罪で起訴されながらも、自らの信念を貫いた実在の女性を演じるのはキーラ・ナイトレイ。国家を敵に回して窮地に陥っていく主人公の境遇は、「リトビネンコ暗殺」で祖国ロシアに反旗を翻したリトビネンコ夫妻に通じるものがある。

日本のお隣の韓国では、激動の近現代史にインスパイアされた社会派の良作が絶え間なく作られている。その1本である『弁護人』(13)は、第16代大統領ノ・ムヒョンの弁護士時代の実話を映画化したもの。金儲けに目がない税務弁護士のウソクが、顔なじみの食堂の息子が巻き込まれたある事件に関わるうちに、国家権力の恐ろしい弾圧を目の当たりにしていく。本作の背景になったのは軍事政権下の1981年、釜山で民主化を求める学生らが不当逮捕された釜林事件。主人公ウソクのモデルになったノ・ムヒョンは、冤罪を着せられた学生たちの弁護人を務めたことが人生の転機となり、政治の道を志したという。

スペシャル・セクション/捏造された法廷』(75)は、第二次世界大戦中のフランスを舞台にした裁判劇。ナチス・ドイツによる占領下、収監中のユダヤ人共産主義者を標的にして“特別法廷”を設置したヴィシー政権の横暴を映しだす。『Z』(69)、『戒厳令』(73)などで知られる社会派の名匠コスタ=ガヴラスが、占領国への“忖度”によって法律を都合のいいようにねじ曲げた権力の蛮行を映像化。政治家裁判官弁護士、受刑者らの人間模様を冷徹かつ鋭く描き、後半の法廷シーンで次々と下される理不尽な判決が戦慄を呼び起こす。カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した本作は、日本では劇場未公開、未ソフト化だけに貴重な鑑賞の機会となる。

ここで紹介した実録社会派のドラマ、映画は、それぞれの作り手が独自の切り口やイマジネーション、技巧を凝らし、ドキュメンタリーでは撮影することができない歴史の暗部に踏み込んでいる。また、いずれの作品も現代を生きる私たちに警鐘を鳴らすメッセージをはらんでおり、決して遠い異国で起こった過去の出来事とは片付けられない。とりわけ強権国家ロシア一方的に引き起こしたウクライナ戦争の終わりが見えないいま、「リトビネンコ暗殺」があぶり出した事件の真実はなおさら重みを感じさせる。世界80か国以上での配信、放送が決定している“いまこそ観るべき”衝撃作と、ぜひともじっくり向き合ってほしい。

文/高橋諭治

ニュースでも大きく報道された病床のリトビネンコの写真を本編でも再現(「リトビネンコ暗殺」)/[c]ITV Studios Limited All rights reserved.