ハワイ行きの飛行機バイオテロを引き起こす犯人と、その恐怖に立ち向かう人々の奮闘を描く映画『非常宣言』(公開中)。韓国映画が描く感染パニックものという点で『新感染 ファイナル・エクスプレス(17)を思わせる一方で、国家レベルのバイオテロに対処する地上の人々の戦いは『シン・ゴジラ』(16)のような様相もある。事件を巡って様々な人間模様が繰り広げられるなど、ジャンルの垣根を越えていいとこ取りしたような本作の注目ポイントをチェックしてみたい。

【写真を見る】ある理由から飛行機恐怖症を抱えるジェヒョク。空港で見知らぬ男に付きまとわれる(『非常宣言』)

■韓国2大スター&実力派キャストがそろい踏み『非常宣言』とは?

飛行機恐怖症のパク・ジェヒョク(イ・ビョンホン)は娘を連れてハワイ行きの飛行機に乗るが、離陸後まもなく乗客が謎の死を遂げ、機内はパニックに。一方、地上では、飛行機をねらったバイオテロ犯行予告動画がアップされ、捜査担当のベテラン刑事ク・イノ(ソン・ガンホ)は、その飛行機に妻が乗っていることを知り、テロ発生の報せを受けた国土交通省大臣のキム・スッキ(チョン・ドヨン)は緊急着陸のために国内外との交渉を始める。そして副操縦士ヒョンス(キム・ナムギル)は機内の緊急事態を受け“非常宣言”を発動するが、その後も飛行機は次々と危機に見舞われる。

出演するのは、韓国映画界を代表する2トップ。ガンホが妻思いのベテラン刑事役として地上で大奮闘すれば、ビョンホン演じる飛行機恐怖症の訳あり男が上空でストーリーを牽引し、見応えあるドラマに仕上げている。そんなトップスターたちはもちろん、本作で注目したいのは、バイオテロを仕掛ける男、ジンソク役のイム・シワン。日本では大ヒットドラマ「ミセン -未生-」で人気を博した彼が、背筋も凍るサイコパスを怪演して印象を残す。また「夫婦の世界」のクズ亭主で知られるパク・ヘジュンに、カメレオン俳優のナムギルなど、韓流ドラマ好きが目を留めたくなる面々が多数出演するなど、一大エンタメ作品に仕上がっている。

■密閉された空間で起こるパニック

時速300kmで疾走する特急列車内で謎のウイルスが感染拡大し、凶暴化した感染者が一気に押し寄せ、乗客が逃げ場を失っていく『新感染 ファイナル・エクスプレス』同様、『非常宣言』も密室パニック。ある理由から大量殺戮をもくろむテロリストが、飛行機の中に密かに持ち込んだ謎のウイルスを拡散させるところから物語が急展開を見せていく。常夏の楽園ハワイを楽しもうと浮き立っていた乗客たちが1人、2人と感染し、突如死に至る光景を目の当たりにする人々の恐怖は想像もできない。

しかも、『新感染』のように感染者に噛まれれば感染、というわけではなく、空気中を漂うウイルスを体内に取り込むだけで感染するため、機内サービスをするCAはもちろん、操縦室にいた機長も、ウイルスを避けるのは難しい状況。おまけに感染が起こっているのは“高度2万8000フィートの上空”。逃げ場などどこにもない。感染するかしないかという恐怖はもちろん、当然、燃料の限界も刻一刻と迫る。次から次へと新たな恐怖が押し寄せ、絶望の淵に追いやられては難を逃れ、直後にまた恐怖のどん底に突き落とされるのを繰り返す。見ているうちに、ジェットコースター的な恐怖のまっただ中に自らがいるような気になってしまう。

恐ろしいのはウイルスや燃料切れだけではない。感染者が増えていくと、隣の客が咳込んだだけで慌てふためき、感染者を隔離しろと騒ぎ立て、自分だけは助かろうとする者たちが現れる。その一方で、我が身を犠牲にしても乗客の命を守ろうとする乗務員や偶然乗り合わせた女医、感染が悪化していく仲間を励ます者たちの姿も。『新感染』同様、“悪者”の存在はお決まりの一つではあるものの、「自分もこっち側になってしまうのでは」と考えずにはいられない。

パニックに対処すべく、地上で奮闘する人々

パニックの中心にいる人々が描かれる一方で、飛行機内で発生したテロ事件を解決し、巻き込まれた乗客たちを救う方法を探る人々の視点でも描かれている本作。その様子は、人間の考えなど及ばぬ謎の巨大生物の対処を巡って奔走する官僚たちを主人公にした『シン・ゴジラ』を思わせる。

地上で奮闘する一人である刑事イノが、バイオテロの予告動画で犯人の冷酷さを知った時には、妻はすでに該当の飛行機に乗り、上空2万8000フィートで恐怖にさらされていることを知る。刑事でありながら、愛する妻を救いたくても救えないというもどかしさや焦りが募るばかりで、そのジレンマは計り知れない。

そしてもう一人は、国土交通省大臣のスッキ。事件発生を受けてすぐさま対策本部を立ち上げるも、大統領府から派遣された官僚は政府の思惑で動き、まったくあてにならない。なんとか緊急着陸させようと国内外に交渉を始めるが、人を死に至らしめるウイルスの感染者が多数乗った飛行機が、そう簡単に降りられるわけもない。それでも乗客、乗員たちを無事生還させようと、スッキは自分の“首”を懸けて孤軍奮闘する。はたして彼らの踏ん張りは奇跡を起こすのか。密室内とは異なり身を置いているのは安全圏だが、大勢の乗客たちの命が自分に懸かっている、という別のハラハラ、ドキドキに、手に汗を握らされてしまう。

■なんてことない、“いつも通りの今日”を襲う恐怖

新感染 ファイナル・エクスプレス』や『シン・ゴジラ』だけでなく、こうしたパニックスリラーを見ると、信じていたいつも通りの生活が、なにかの拍子で崩れ去った時の怖さを改めて痛感せずにはいられない。本作の場合でいえば、誰もまさか飛行機内でバイオテロが発生するなどとは思わない。だから映画の冒頭、空港のカウンターで「この飛行機には何人乗っているのか?」と根掘り葉掘り聞いてくる男のことを職員が怪訝に思いつつも、その場から彼が消えたことで忘れてしまう。

娘連れのジェヒョクは、空港で見知らぬ男に絡まれ、さらに同じ機内に乗っていたことから不快に思うが、その後の騒ぎまでは想像しない。ハワイに胸を弾ませ飛行機に乗ったイノの妻も、まさか自分が乗った飛行機バイオテロの標的となっているとは知り得ない。もっと言えば、空には国内外の飛行機が無数に飛んでいるが、その機体の中でもしかしたら死のウイルスが蔓延しているなんてことが起こっているのかもしれない。全編141分、そんな恐怖が頭の片隅をチラリとよぎらずにはいられない。

■支え合う&疑い合う人々や、誰かのために奮闘する人にフォーカスする『非常宣言』

コロナ禍にあって、妙に現実味を感じずにはいられないバイオテロによるパニックスリラー。様々なジャンルのおもしろいポイントを押さえていながら、詰め込みすぎになっているわけでもなく、飽きることなく楽しむことができる作品になっている。そろそろ解決するか?と油断していると、また次のトラブルが発生し、その展開のバリエーションの多さは、さすが韓国映画だと感服させられるだろう。

期待せずにはいられないキャスト&スタッフ&題材ではあるが、想像していたおもしろさをさらに上回ってくる『非常宣言』を堪能してほしい。

文/前田かおり

テロ予告のあった飛行機に妻が乗っていると知り、事件解決のために奔走する刑事イノをソン・ガンホが演じる(『非常宣言』)/[c] 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.