(藤 和彦:経済産業研究所コンサルティング・フェロー)

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 米WTI原油先物価格はこのところ1バレル=70ドル台で推移している。世界的な需要回復の期待が生じているものの、80ドルを突破するほどの勢いはない。

米国の生産活動は停滞、ロシア産原油は減少の見込み

 まず供給面の動きから見てみたい。

 ロイターによれば、昨年(2022年)12月のOPEC(石油輸出国機構)の原油生産量は日量2900万バレルとなり、11月に比べて12万バレル増加した。OPECとロシアなど主要産油国で構成するOPECプラスは原油相場を下支えするため、11月から日量200万バレルの減産を今年末まで実施することで合意している(OPECの減産幅は約127万バレル)。

 OPECの原油生産量が増加した主な要因はナイジェリアだった。原油生産量が11月から日量17万バレル増えて135万バレルとなったが、ナイジェリアの原油生産量は目標の数値を下回ったままだ。

 世界最大の原油生産国である米国の生産量は日量1200万バレル前後で推移している。資材コストの上昇や労働力不足に加え、油田の成熟化などが災いして、足元の生産活動は停滞気味になっている。

 昨年12月に西側諸国から価格上限措置(1バレル=60ドルが上限)を科されたロシアの原油生産量は減少する見通しだ。ノバク副首相は「今年初めに日量50~70万バレル減少する可能性がある」としている。

 ロシア西側諸国に対して報復する姿勢を示している。プーチン大統領は昨年12月末、ロシア産原油の取引価格の上限措置を導入した国への原油の供給を禁止する大統領令に署名した。禁輸の期間は今年2月から5カ月間、大統領の特別な決定があれば、禁輸を解除できることになっている。

 これにより、原油価格は年末、1バレル=80ドル超えとなったが、年が明けると急落した。世界的な景気先行き不安などが「売り」材料だった。

世界の製造業に暗雲、現実味を帯びる原油価格急落シナリオ

 今年の原油価格の帰趨は需要面が鍵を握ると言っても過言ではない。中でも中国の動向に市場関係者の注目が集まっている。昨年末、ゼロコロナ政策を一気に解除した中国の経済活動が順調に回復するのだろうか。

 ゴールドマンサックス1月9日、「世界の原油需要は今年日量270万バレル増加し、そのうち中国の需要増が170万バレルを占める」とした上で、「原油価格は今年後半に1バレル=105ドルに上昇するため、OPECプラスは減産幅を縮小せざるを得なくなる」との予測を発表した。

 だが、筆者はゴールドマンサックスとはまったく違うシナリオを想定している。

 バークレイズ1月10日「マクロ経済が厳しい状況にあるため、世界の製造業の活動が2008~2009年並みに悪化すれば、原油価格は1バレル当たり15~25ドル下落する可能性が高い」との分析を示した。

 世界銀行は1月10日、今年の世界経済の成長率見通しを1.7%に引き下げた。これが正しければ、今年はマイナス成長に沈んだリーマンショック後の2009年、コロナ禍の2020年に次ぐ低成長となる。

 中国ではゼロコロナ政策の撤廃により、新型コロナの感染が急激に拡大し、製造業の景況感に多大な影響を及ぼしている。1月3日に公表された昨年12月の財新中国製造業購買担当者指数(製造業PMI)は49.0となり、前月よりも0.4ポイント低下した。好不況の判断の目安である50を5カ月連続で割り込んだ。

 中国経済に悲観的な見方を示す専門家は増えるばかりだ。

 中国経済を最も楽観視してきたスティーブン・ローチ氏でさえ、「中国経済は既に深刻な景気後退(リセッション)に見舞われており、中長期的にも高成長には戻らない」と述べている(1月11日付「日本経済新聞」)。

 米国の製造業も同様だ。昨年12月の米製造業景況感指数は11月に続き好不況の節目である50を下回り、2年7カ月ぶりの低水準となっている。米国経済を長年牽引してきたテック業界も利上げによる景気減速懸念から人員削減(レイオフ)を加速している。米テック業界は昨年、15万人を超える規模でレイオフを実施したと言われている。

 残念ながら、今年の世界の製造業の景況感は2009年並みに悪化する可能性が高く、原油価格が急落するシナリオが現実味を帯びてきており、1バレル=50ドルまで下落する可能性も排除できなくなっている。

米国の反発が懸念されるOPECプラスの追加減産

 さらに気になるのはロシア産原油価格の低迷だ。ロシア産原油価格が約2年ぶりの安値圏まで下落している。

 西側諸国の制裁が昨年12月に発動されたことにより、買い手が減り、インドや中国など制裁不参加国に値引きして販売せざるを得なくなっている。

 ロシア産の主要油種であるウラル原油のデイスカウント幅は昨年11月時点は1バレル当たり24ドルだったが、12月の禁輸以降、30ドル以上に拡大している。

 ロシア・エネルギー省は1月10日ロシア産原油の価格下落に歯止めをかけるための追加措置の策定に取り組んでいることを明らかにした。価格や割引に関するモニタリングを近く実施するとしているが、効果のほどは定かではない。

 ロシア産原油の買い叩きが世界の原油価格への下押し圧力になるような事態になれば、OPECもなんらかの行動に出ざるを得ないだろう。米シェール企業大手パイオニア・ナチュラル・リソースのシェフィールドCEOは1月5日、「OPECは原油価格を押し上げる可能性が高い」と述べた。シェフィールド氏の発言はOPECプラスが原油価格の下落を回避するため追加減産を余儀なくされることを示唆しているが、筆者もその可能性が高いのではないかと考えている。

 OPECプラスが追加減産を実施すれば、米国政府が反発することが懸念されるが、OPECの雄であるサウジアラビアアブドラアジズ・エネルギー相は「政策の決定に政治的な要素は考慮しない」との発言を繰り返している。「原油価格の安定」を最重要課題に掲げるサウジアラビアへの米国側の苛立ちが募れば、中東地域の地政学リスクは高まることだろう。プレゼンスが低下しているものの、当該地域の安全を保障しているのは米国だからだ。

 ロシアウクライナ侵攻のせいで日本の原油の中東依存度は95%と過去最高になっている。中東地域の動向にこれまで以上に注意を払うべきではないだろうか。

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OPEC(石油輸出国機構)の旗(写真:ロイター/アフロ)