殺人や放火など重大な罪を犯しても、精神鑑定で心神喪失とされ入院処遇となる者がいる。受け入れるのは全国にある医療施設だ。2022年4月、札幌市に「北海道大学病院附属司法精神医療センター」が開所し、空白地帯だったうちの一つ北海道が埋まった。

センターは、全国初の大学病院附属だからこその新たな取り組みを始めている。加害者から被害を受けた「家族の会」で情報を共有することや、精神鑑定の質を上げるための研究会も見据える。

精神科医でセンター長の賀古勇輝氏に狙いを聞いた。(ジャーナリスト・本田信一郎)

●被害者や遺族の救済は無視できない両輪

「被害者、遺族の救済なくして加害者への差別、偏見を解消することはできません。加害者支援と被害者支援は対立関係でなく、一体として取り組んでいくものだと考えています」

賀古氏は、これまでの触法精神障害者を巡る議論ではあまり聞こえてこなかった理念を語った。

「開所から9カ月間の実感としては、自分がやったことをどう受け止めて振り返ってもらえるかはやはり苦労するところです。『自分がやったんじゃない』とか『しょうがなかった』という状態で、内省ができていないことも少なくありません」

そこで取り組んでいるのが「はまなす会(家族の会)」の活動だ。2022年7月から月に1回のペースで、センターに数人の家族が集まる。なぜ、被害者の会ではなく家族の会なのかといえば、精神障害者による他害行為の被害者の多くはその家族や親族だからだ。

「センターでも患者のおよそ40%が家族を加害対象にしています。被害者は、加害者家族でもあるわけで、社会から孤立します。加えて、検察などから審判までの情報や説明がほとんどされないので、困惑と不安を抱えています」

「コミュニケーションを取って、家族のメンタルヘルスや医療観察法について説明したり、治療プログラムや病棟の様子を伝えたりしながら繋がりを作ろうとしています」

被害者ではあるが、家族のサポートが社会復帰には不可欠である。同時にこれは家族間だけの問題ではなく、「声」を上げることが困難な社会問題として捉えて支援、援助を広範に考えるべきだろう。

●約40人の手厚いサポート体制

精神鑑定で「事件当時は心神喪失」などとされ、検察が「責任能力を問えない」として不起訴にすると、加害者は、医療観察法の対象者となる。裁判所での審判で処遇が決定され、入院の場合は国の指定入院医療機関(国立病院16・都道府県病院19・計856床)の高規格精神科病棟の患者となる。

センターは、予備を含め23床。12月末現在で、入院患者は男性18名、女性4名の計22名。うち統合失調症は21名で、対象行為は殺人4名、殺人未遂4名、放火2名、傷害10名、強制わいせつ1名、強制性交未遂1名だという。

医療観察法の主目的は治療による再犯防止と社会復帰であるため、指定入院医療機関は重要な役割を担っている。入院期間は基本的に1年半を目標とし、医療チームの判断によっては裁判所の許可を得て半年単位で延長される。

近年は長期化しており、平均で3年弱になっている。退院後は社会復帰調整官らがサポートし、受け入れ態勢が整った地域で原則3年間の指定通院医療機関での治療を継続しながら社会生活への復帰を図る。

入院治療は「急性期(目標3カ月)→回復期(目標9カ月)→社会復帰期(目標6カ月)」の3段階。センターでは、医師3名、看護師30名、作業療法士2名、精神保健福祉士2名、心理士1名、薬剤師1名という総勢39名が院内多職種チーム(MDT)を構成し、患者ごとに会議やカンファレンスを重ねる。

「生物学的要因(遺伝的、身体的なもの)・心理学的要因(性格、ストレスなど)・社会的要因(環境、家族、人間関係など)」に基づいて治療の段階を踏む。まずは、患者の安心感や信頼感といった治療的雰囲気を醸成した後、薬物療法、個別の精神療法(心理教育等)と進み、個別、集団での治療プログラムに至る。

スタッフも設備もまさに高規格であり、多くの人が「こんなに手厚いのか」と思うだろうが、賀古氏は「スタートしてみると、この体制でも足りないくらいにやらなければならないことがあります。患者の3分の1は道内の新規、3分の2は転院ですが元は北海道に居住していた方です。このセンターができたことで地元ゆえのフィードバックができるようになり、様々な問題に気づくことができました」という。

●鑑定医や検察官の主観に委ねられるという危惧

その問題とは、治療や体制についてだけではなかった。

「まず、『入口問題』です。軽微な犯罪などで『この人に医療観察法を適用して良かったのか?』という検察官の判断への疑問です。また、責任能力があったと思われるようなケースもあるのです」

これは医療観察法の施行前から危惧されていた点である。起訴便宜主義を取る日本では、起訴・不起訴の決定と、医療観察法適用の申立は事実上、担当検察官に委ねられている。そのため判断は公判を維持して有罪にできるかどうかが重要であり、そもそも精神疾患への理解は検察官個人の経験値による差異が大きい。

検察官が責任能力の有無を判断する基となるのが「起訴前鑑定」だが、賀古氏は「精神鑑定の質の問題があります。過去の鑑定書を読むと、中には担当医の主観で診断したのでは、と思えるものもあります。鑑定医のレベルアップとシステムの見直しが必要です」という。

「この質の向上という問題は、すでに裁判所と弁護士会には提起しています。イメージとしては事例研究会を始めるつもりですが、コロナ禍で遅れているのは、この問題は関係者が顔を合わせて話すべきだと考えているからです」(賀古氏)

●第三者の被害者、遺族の救済という課題

罪と向き合わせる意味で被害者対応は不可欠とする賀古氏は、忸怩たる思いも語る。

「家族ではない第三者の被害者には、現状ではコンタクトの取りようがないのです。仮に被害者が損害賠償請求訴訟を起こせば接点ができるのかもしれませんが、そういうケースもほとんどありませんから…」

加害者が責任無能力で不起訴になると被害者は法制度の蚊帳の外に置かれる。裁判が開かれなければ捜査資料や記録なども目にすることができず、「知る権利」をはじめとする被害者が有する権利を失った状況にある。また、審判後も加害者は医療機関の患者だから関係者には当然守秘義務が課せられる。

2014年に精神障害者自立支援施設の職員だった息子を入所者に殺害された木村邦弘氏が「不起訴で事件が消え、医療観察法で加害者が消えることで遺族も社会から消えてしまう」と語るように情報という接点がない。

木村氏らの要請を受け、法務省は2018年6月の通達で、被害者の要請があれば患者の氏名や処遇段階などを伝えるようにした。しかし、「加害者のその後の状況と変化を知ることは義務」という木村氏ら被害者や遺族の痛切な思いを充足させるには程遠い状況だ。

患者ごとに差はあるが、彼らは1年半から3年ほどで退院して地域社会に戻る。被害者だけでなく地域の理解ある受け入れ態勢構築のためにも情報開示の在り方を考える時なのだろう。賀古氏がいうように被害者の救済と患者の社会復帰を両立させる手立ては必要なのだ。

賀古氏は「コロナ禍で退院調整が遅れ、ただでさえ不足している病床が埋まっていることも課題です。また、北海道は広いので家族の方たちの負担にならないようにオンラインでの会の開催にも取り組み始めました。矯正施設の精神医療従事者が少ないですから、人材育成にも取り組まなければなりません」と数々の課題を見据える。

全国初の大学病院の附属という立ち位置は、医療観察法の適正な運用、あるいは被害者への情報提供を拡充するための改正にも影響力を持ち、自治体をはじめ多くの関係機関との情報共有や、様々な分野との横断的な議論の場も得やすいだろう。それをアドバンテージにするのはこれからだ。

「被害者、家族、社会、それぞれの視点を忘れずに医療を実践します」(賀古氏)。北海道にようやく設置された指定入院医療機関が基本方針として掲げる言葉は「みちを拓く」である。

【プロフィール】 賀古勇輝(かこ・ゆうきセンター長、准教授 1999年北海道大学医学部卒業後、北大病院、岡山県精神科医療センターを経てセンター長。医学博士・精神保健指定医、指導医・臨床心理士・精神保健判定医ほか。2021年から日本司法精神医学会評議員、刑事精神鑑定ワーキンググループ委員など。
URL:https://www.huhp.hokudai.ac.jp/center_section/shihoseishin/

責任能力なしで「消える」加害者…殺人など重大事件の不起訴後を担う北海道大学病院の挑戦