全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真を見る】「Okaffe ROASTING PARK」には心地よいオープンエアのテラス席も併設。多彩な材木を使った家具もここならでは

関西編の第48回は、京都市下京区の「Okaffe Kyoto」。店主の岡田さんは、JBC(ジャパン バリスタ チャンピオンシップ) のチャンピオンでもあり、新たな職業としてバリスタの魅力を発信し続けてきたパイオニアの一人だ。長年、エスプレッソカルチャーの普及に努めてきた岡田さんだが、独立後に店を開いたのは、意外にも老舗喫茶店の跡地。“バリスタ界のエンターテイナー”として、華々しい活躍をしてきた岡田さんが、自ら「原点回帰」という新たな店に託した思いと、サービスマンとしての哲学とは。

Profile|岡田章宏 (おかだ・あきひろ)

1971(昭和46)年、京都市生まれ。家業を継ぐため呉服店に10年勤めた後、2004年に小川珈琲に入社。バリスタとして修業を始め、2008年にはワールド ラテアートチャンピオンシップ3位入賞。2009年に、JBC(ジャパン バリスタ チャンピオンシップ)2008−09年度大会で優勝。2016年に独立し、京都市下京区に「Okaffe(オカフェ) Kyoto」を創業。姉妹店として、2019年に「Okaffe 嵐山」(2021年閉店)、2020年に手毬シュークリーム専門店「amagami Kyoto」を展開。2022年に「Okaffe ROASTING PARK」を新たに開業し、本格的に自家焙煎をスタート。

喫茶店との浅からぬ縁が導いた、バリスタへの転身

賑やかな京都の四条通から一筋南。店へと続く細長いアプローチは、うっかりすると見過ごしそうになる、薄暗いトンネルのような通路を抜けると、いかにも純喫茶といったレトロな店構えが現れる。「自分の店を開くなら地元で長く続けたいという思いがあって。喫茶店にしたのも、今風の設えでは歳を取ってからが辛くなるから、お爺さんになっても似合う場所をと思って(笑)」という店主の岡田さん。元喫茶店を改装した空間は、昭和のテイストを残したどこか懐かしい雰囲気。カウンターでポットを手に立つ姿は、バリスタというより、“マスター”と呼ぶのが似つかわしい。

長年、京都の小川珈琲のチーフバリスタとして活躍した岡田さんだが、実は喫茶店とは浅からぬ縁がある。「実家は室町の呉服商なのですが、幼い頃、祖母がかつて市内で喫茶店を営んでいました。母は高校時代に店を手伝っていて、実は、その店に父が通っていて、母と出会って結婚したんです。だから祖母の喫茶店がなければ、僕は生まれていなかったんです(笑)」。当時は家でも時々、喫茶店のメニューを作ってもらうこともあったそうで、この時の記憶が原体験となって、今は自らがマスターとして喫茶店に立っているのだから、まさに“喫茶店の申し子”と言ってもいいかもしれない。

とはいえ、その道のりは紆余曲折。20歳から家業の呉服商を継ぐべく、市内の呉服店に就職して丁稚奉公に入ったものの、バブル崩壊の影響を受け、奉公先の呉服店も数年後には廃業。10年間いた呉服業から、違う道を探し始めた時にはすでに30歳を超えていた。「とにかく人前に出るのは大好きだったので、次の仕事としてサービス業を考えたんですが、そこで思い出したのが、祖母が営んでいた喫茶店のこと。当時の記憶から、マスターの仕事を思い描いたんですね。折よく、小川珈琲本店リニューアルの求人を見つけて、すぐにアルバイトとして入りました。ここで偶然、JBCの雑誌記事を目にしたのが、バリスタに関心を向けるきっかけになりました。自分のキャラクター的に、バリスタという世界なら目立てると思ったんですね。日本一を目指せる仕事ってあまりないですし、その時は何となく自分でもなれる気がしたので(笑)」。30歳にしてアルバイトから始めて、コーヒーの仕事に転身した時は、まさにオールドルーキー。ただ、このチャレンジが、大きな転機を呼び込んだ。

バリスタパイオニアとしてエスプレッソの魅力を発信

とはいえ、当時、バリスタはまだ職業としては全く知られていなかった時代。小川珈琲でも、依然として商品の柱はドリップコーヒーだったが、折からのカフェブームの影響で、エスプレッソバリスタの存在が注目され始めた時期でもあった。そこで、いち早くバリスタという“人”に注目し、新たな仕事を発信するためのプロジェクトがスタート。2004年、その一員として、岡田さんは正式に入社し、エスプレッソマシンの導入とJBCでの日本一獲得の目標を掲げて、本格的にバリスタの道を進み始めた。

ただ、エスプレッソの知識や技術がほとんど普及していなかったため、当初は手探りで、試行錯誤の連続だった。「15年前の当時はエスプレッソと言っても“ちょっと苦いコーヒー”くらいの感じで。実は自分でも言葉を知っていただけで、最初は苦くて水で薄めて飲んでいました。当然、社内にもエスプレッソをよく知る人なんて誰もいませんし、ましてや最適な焙煎やブレンド、抽出技術はゼロに近い状態。だから最初は、“どの豆をどう焙煎して、どのマシンを使うと、どんな味になるか”を、ひたすら検証する日々が続きました」

それでも、1年後には小川珈琲 京都三条店に、初めてエスプレッソマシンが導入され、京都でも先駆けてバリスタの仕事とエスプレッソの魅力を広めてきた岡田さん。「知っているけど飲んだことがない方が多かったので、いかに分かりやすく美味しさを伝えるかを意識していました。また、服装や立居振舞いで魅せる動きも考えて、“かっこよく楽しくやる”ことを目指していました。自分が楽しんでいないと、お客さんを楽しませることはできませんからね」と、当時からエンターテイナーぶりを発揮して、京都のコーヒーシーンに新風を吹き込んだ。この間、JBCにも毎年挑戦し、初挑戦から3年で公言通り日本一を獲得。「この時は、優勝宣言して自分にプレッシャーを掛けていたので、正直、ホッとしました」と振り返る。

■新天地は喫茶店の跡地。独立を機に12年越しの原点回帰

その後も、トップバリスタとして活躍を続ける中で、独立を考えたきっかけは何だったのだろう。「最初は1人で始まったものが気付けば数十人になり、自分もチーフバリスタになり、後進の育成や組織運営の仕事が中心になりました。バリスタという新しい職業を広めることはもちろん大事ですが、本来はお店に立ってこその存在。“生涯現役で、カウンターでコーヒーを淹れていたい”という思いが強くなってきたのが、大きなきっかけでした」。そして2016年、岡田さんが新天地に選んだのは、地元で長年続いた喫茶店の跡を改装した空間だった。ここまで、自ら先頭に立ってバリスタの醍醐味とエスプレッソの魅力を広めてきた岡田さんの姿からは、意外に感じるかもしれないが、「元々は喫茶店マスターを目指していましたから、僕にとっては12年越しの原点回帰バリスタ喫茶店マスターも、サービスのプロとしての心構えは同じ。舞台は変わっても、基本にカウンターサービスがあり、“目の前のお客さんに楽しんでいただく”というモットーは変わりません」と岡田さん。一見、回り道をしたように見えるが、バリスタ日本一の道程で得た経験は、「Okaffe Kyoto」でも存分に生かされている。

元の店の趣を生かした空間のみならず、メニューも純喫茶テイストが随所に。コーヒーの種類は、2つのブレンドに、時季替わりのシングルオリジンを加えた3種のみ。ビターな香味とコクが後を引く深煎りのダンディブレンド、フルーティーな酸味を生かしたパーティーブレンドと、シンプルに味わいの個性を提案する。「もちろんエスプレッソも置いていますが、コーヒーのことを説明することはほとんどありません。それよりも、地元の人が集まる場所として、いろんなお客さんとの会話を引き出すのが第一の仕事。呉服店時代の接客経験もありますから、日々のトークに困ることはないですね(笑)」と、肩肘張らない雰囲気作りに腐心する。

また軽食メニューでは、ナポリタンやカレー、卵の風味を生かして固めに仕上げたプリンなど喫茶店の定番のほか、オリジナルの一品も人気。自家製パンケーキ生地に和菓子の老舗・亀屋良長の餡を挟んだパンどらは、いまや店の名物に。さらに、2年前にオープンした姉妹店・amagami Kyotoでは、手毬寿司に想を得て考案した、独自の“手毬シュークリーム”も好評。喫茶店テイストを踏襲しつつ、京都らしさを加味したメニューは、地元出身の岡田さんだからこその発想だ。

■自家焙煎を本格始動。“バリスタ界のエンターテイナー”の新たなチャレンジ

バリスタとしての経験を土台に、京都ならではのおもてなしで多くのファンを魅了する岡田さんが、新たに取り組んだのが自家焙煎。2019年から2年間、「Okaffe 嵐山」として焙煎所を稼働した後、新たな拠点として、2022年にオープンしたのが「Okaffe ROASTING PARK」だ。店を構えたのは、岡田さんの幼馴染が営んでいた、歴史ある元材木店の一角。本店と同様、地縁を生かしたユニークなロケーションも魅力の一つだ。「前職時代、競技会の時などは自分で焙煎することもありましたが、設備が大きくかつ焙煎専門の担当者もいたので、いわば車の運転はお任せして助手席に乗っていたようなもの。本格的に取り組むのは実質、初めてのことですが、焙煎は表現として面白いし、自分らしいコーヒーを作りたいと思った」と岡田さん。

「Okaffe ROASTING PARK」では扱う豆の種類も増え、新たに考案したスターブレンドのほか、シングルオリジンも4、5種類をラインナップ。浅煎りから深煎りまで、焙煎度も幅広く揃えている。「新しい焙煎所は、店名の通り“公園”のイメージ。老若男女が気軽に集える場所にしたいので、コーヒーの風味も特定の人の嗜好に合わせるのでなく、デイリーな深煎りから、ちょっと特別なスペシャルティコーヒーまで、いろんな嗜好に応えられるようにしています。この界隈で“コーヒーならここが一番”と言われるようになれれば」

とはいえ、岡田さんにとって店の顏はブレンド。コーヒーシーンは長らく、浅煎りでシングルオリジンの個性を生かす方向が主流となっているが、現在は、世界的にもブレンドを見直す動きがあるとか。「焙煎、ブレンド、抽出と、味作りの変数が多いほど、味作りの選択肢は立体的に広がります。いずれかの要素を固定すると、その変数が少なくなってしまう。やはり、お客さんに、好みの味を選んでもらえるようにしたいので」と、お客本位の姿勢はここでも変わらない。

ロースターとして新たなステージに進んでも、岡田さんの本分はあくまでサービスマン。コーヒーを通してお客を笑顔にすることが中心にある。「技術や知識も大事ですが、あまりそこばかり意識すると、お客さんのことが見えなくなります。淹れる方は何十杯、何百杯と作っていても、それぞれのお客さんにとっては目の前の一杯がすべて。それを上手くコントロールするのが、サービスマンの腕の見せ所。コーヒーは生活に寄り添っている飲み物なので、店を出てからふと“旨かったな”と思い出すような感覚で、何気なくおいしさを感じてもらえれば」と岡田さん。

何より、“バリスタ界のエンターテイナー”と称される尽きぬサービス精神で、日々、お客を楽しませることが、この道に入って以来の変わらぬモットーだ。「父と母が出会ったように、喫茶店で生まれる縁もあります。だから自分が店に立つ時も、人の出会いやつながりを大事にしたいと思って、カウンターで隣同志になった方を紹介することもよくあります。コーヒーを介して、お客さんを元気にするのがサービスマンの役割ですから、コーヒーの蘊蓄よりも、“誰が淹れて、誰と飲むか”に価値を感じてもらえれば嬉しいですね」

■岡田さんレコメンドのコーヒーショップは「TERRA COFFEE ROASTERS」

次回、紹介するのは、大阪府吹田市の「TERRA COFFEE ROASTERS」。

「ヘッドロースターの順平くんは、小川珈琲時代の後輩。ドイツベルリンバリスタ・ロースターとして仕事をした経験があって、Okaffe 嵐山を立ち上げた際に焙煎担当として入ってもらいました。当時からコーヒーに対する姿勢はストイックで、スペシャルティコーヒーの醍醐味を追求するこの店でも、持ち前の探求心を発揮しています。北摂でも注目を集める一軒で、後輩のさらなる活躍に期待しています」(岡田さん)

【Okaffe Kyotoのコーヒーデータ】

●焙煎機/ギーセン 6キロ(半熱風式)、AILLIO 1キロ(電熱式)

●抽出/ハンドドリップ(カリタ)、エスプレッソマシン(デッラコルテ)

●焙煎度合い/浅煎り~深煎り

●テイクアウト/ あり(550円~)

●豆の販売/ブレンド4種、シングルオリジン3~4種、100グラム1050円~

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

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ホスピタリティあふれる接客に定評のある、岡田さんとの会話も楽しみの一つ