(市岡 繁男:相場研究家)

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米国で相次ぐ万人単位のリストラ

 2021年11月中旬、米マイクロソフトサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)は保有する自社株の約半分、2億8500万ドル(当時の為替レートで約320億円)相当を売却しました。今、振り返って驚くのは、ナデラ氏の自社株売却のタイミングがマイクロソフトの株価ピークとほぼ一致していることです。

 先日、同社は社員の約5%にあたる1万人を削減すると発表しましたが、そんな予知能力(?)に優れたIT大手のCEOが経営を縮小するというのだから穏やかではありません。おそらく、先行きは深刻な不況になることを察知したのでしょう。

 大規模な人員削減を行うのはマイクロソフト以外にも、アマゾン・ドット・コム(1万8000人)、メタ(旧フェイスブック、1万1000人)、グーグル(1万2000人)などIT企業全般に広がっています。

 またゴールドマンサックスモルガンスタンレーなど金融業界も数万人規模の人員削減を予定しているそうです。各社とも2000年のITバブル崩壊や2008年のリーマンショック並みの市場環境悪化に備えているのです。

 実際、先行きの不況到来=株価の下落を告げるサインには事欠きません。

景気先行指標の海運指数は86%も下落

 例えば、景気の先行指標と目されるバルチック海運指数は、21年10月の週足ピーク5650ポイント)から直近(763ポイント)まで86%も下落しています。そして株価(S&P500株価指数)はその海運指数に2カ月半(11週)遅れて反応してきました(図1)。

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 あるいは米国全体の企業収益(前年比)は、米連邦準備制度理事会(FRB)の総資産(前年比)に6四半期(1年半)遅れて連動しています(図2)。FRBの量的引き締め(QT)姿勢はまだ当分、続きそうなので、企業収益は今後、かなり鈍化するでしょう。これも不況の徴候です。

 さらに嫌な雰囲気が漂うのは、米国のマネーストックM2が急低下し、昨年11月はついに前年比マイナスとなったことです(図3)。1990年代前半の日本もマネーストックが前年を割り込んだことがありましたが、その後、深刻な不況で苦しんだのは周知の通りです。米国ほどではありませんが、日本やユーロ圏のマネーストックM2もやはり伸び率が鈍化しています。

株価下落シグナルの「逆イールド」は26カ国・地域で

 そして極め付きの景気悪化シグナルは、3カ月物短期国債(T-Bill)と10年国債の利回り差逆転(逆イールド化)です。長短金利の逆イールド化が注目されるのは、その1年から1年半後に不況が到来することが多いのと、先行きの株価下落シグナルとして高い的中率を誇っているからです。

 直近はその利回り差が1.17%ポイントまで拡大しています(図4)。過去を振り返ると、1973年10月と79年10月~80年3月に、同様に逆イールドが深化しました。どちらもオイルショックに伴うものですが、今回、逆イールド幅が半世紀ぶりの水準に拡大しているのは、それだけ大きな負のインパクトを秘めているのかもしれず、要注意です。

 さらに注目は、長短金利が逆イールドになっている国が、欧米を中心に26カ国・地域もあることです。

 米国、カナダ、英国は6カ月物短期国債の利回りが一番高く、ドイツフランスは期間1年の国債という違いはあるものの、いずれも短期債が中長期債の利回りを上回っています(図5)。

米銀に逆ザヤ拡大リスク

 銀行は、短期で調達した資金(預金)を、それより長い期間で運用することが多いのですが、現在のような逆イールドでは利益が圧縮、あるいは逆ザヤとなって損失が出ます。だから逆イールド時には貸出が抑制され、経済活動が不活発になるのです。

 もっとも、資金の運用先が貸出なら、3カ月ごとに金利を見直すといった契約もあるので、逆イールドの影響は比較的軽微です。問題となるのは債券です。

 米連邦預金保険公社(FDIC)によると、米銀は昨年9月末時点において、債券ポートフォリオに6900億ドル(約90兆円)の含み損を抱えていました(図6)。これは自己資本の32%に相当する莫大な金額です。途中売却をしない限り、損失は表面化しないとはいえ、総資産(23兆ドル)の4分の1を占める債券残高(約6兆ドル)が、償還期限まで何年もあり、資金が固定化してしまうのです。

 この間、インフレの激化で預金金利が上昇するならば、銀行は債券の含み損のみならず、運用と調達の逆ザヤ拡大で巨額の損失が発生するリスクがあります。実際、2020年4月~21年9月における米5年債の利回りは平均0.5%でしかないのに、預金金利のベースとなるフェデラルファンド(FF)レートは現在4.3%に上昇しており、3.8%ポイントの逆ザヤとなっている計算です。

 こうした状況が改善されないまま、各種シグナルが示すような不況が到来するならば、貸出先の倒産や、保有する社債の格付け低下といった資産内容の悪化で、金融危機に至る可能性も出てくるのではないでしょうか。

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