(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 米国政府が1月20日ロシア民間軍事会社ワグネルグループ」を「国際犯罪組織」に指定した。その結果、米国政府による同会社への各種制裁はさらに強化され、同社のウクライナへの侵略だけでなく、北朝鮮イラン、中国など反米国家との取引にも今まで以上に厳しい監視の目が向けられると予測される。

 米国政府の今回の措置は、ワグネルロシアでの影響力を増し、ロシア政府のウクライナ侵略を強く扇動していることと、ワグネルが国際的な反米連帯網との接触を広めてきたことへの対応だとみられている。

 ワグネル側の総責任者は米国のこの措置に対して、すぐに「我々がどんな罪を犯しているか明示してほしい」と挑戦的な書簡を送ったという。

ワグネルへの制裁を国際的に拡大

 米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官は1月20日ウクライナロシア軍の侵略を支援しているロシアの民間軍事企業ワグネルグループを国際犯罪組織に指定し、同社に対してすでに実施している米国政府の制裁をさらに国際的に拡大する、と発表した。

 カービー氏はその理由として「ワグネルウクライナ国内で単なる軍事侵略行為だけでなく、虐殺や弾圧など犯罪行為をさらに強めている」と述べた。

 ワグネルを国際犯罪組織に指定したことで、米国政府がこれまですでに実行している、ワグネルによる米国製の兵器や部品の使用禁止という措置に加えて、米国人によるワグネルへの協力や献金、ビジネス取引なども禁止される。また、ワグネルの米国内での資産も凍結される。ワグネルと取引をした第三国企業に対しても米国による制裁が適用されるという。

 米国政府は昨年(2022年)12月、ワグネル北朝鮮から兵器を調達していると指摘し、その兵器を運ぶ列車の動画を公表して、北朝鮮ワグネルの両方を非難した。

プーチン大統領に侵略強化を働きかける

 本コラム(「ウクライナで非道行為を重ねるロシア民間軍事会社、北朝鮮から兵器を入手か」2022年12月28日)でも報じたように、ワグネルグループはプーチン政権の軍事行動をより自由が効く民間から支援する形で2010年代初めに創設された。2014年のロシアによるウクライナクリミアの軍事併合作戦で活動し、重要な役割を果たした。

 同グループの創設者はプーチン氏にも近いオリガルヒ(新興財閥)のエフゲニー・プリゴジン氏で、現在も最高責任者とされる。ただしプリゴジン氏は2022年9月まではワグネルグループとの関連を否定していた。

 ワグネルは当初は合計5000人ほどの社員を抱え、そのうちの約2000人が戦闘要員とされていた。戦闘要員には、ロシアの連邦軍や警察の出身者、チェチェンの元ゲリラセルビアの元大統領親衛隊員らも多数含まれていた。

 しかし米国の昨年12月の発表によると、ワグネルウクライナにすでに約5万人の戦闘要員を送り込んでいる。そのうちの約1万人が外国人を含む志願の傭兵で、残り4万人はロシア各地の刑務所に収容されていた服役囚だという。この人数は、動員可能な戦闘要員をワグネルが急激に増大したことを示していた。

 またカービー氏は今回の発表で、「ワグネルプーチン大統領ロシア軍部の間の微妙な溝のなかでプーチン大統領への距離を縮め、同大統領ウクライナに対してさらに好戦的にしている」と述べ、ワグネルロシア軍部との摩擦が大きくなっていることを指摘した。ワグネルプーチン大統領に対して、ロシア軍部からの慎重な助言を退ける形で侵略強化の方向へ進めさせようとしている、という示唆だった。

ロシア政府の代理となって「反米連合」形成へ

 カービー氏はワグネルの国際的な活動の拡大についても、北朝鮮以外に中東地域や南米のベネズエラまで広がっているとして警告を発した。

 この点について、ロシアの軍事戦略研究の専門家で元米国防情報局(DIA)分析官のレベッカ・カフラー氏は、ワグネルが活動する国の実例として北朝鮮イランシリアリビア中央アフリカ共和国スーダンモザンビークなどを挙げた。これら諸国は米国の対外政策に反対する国も多く、ワグネルロシア政府の代理のような形で、反米連合的な国際連帯の形成に努めているという趣旨の分析だった。

 カービー氏は、ワグネル代表のプリゴジン氏が米国政府に対して今回の国際犯罪組織の指定に関して「わが社がどんな犯罪を冒したのかはっきりと示してほしい」と挑戦的なメッセージを送ってきたことを明らかにした。プリゴジン氏は私的なツイッターなどで「米国は本来、国際犯罪の本家だから、これでワグネルグループと対等な犯罪組織同士になった」と米国をあざけるような発信を繰り返しており、米国に対する挑発的な姿勢を変えていない。

 米国からすれば、今回の措置は、ウクライナ戦争でのワグネルグループの役割がどんどん大きくなり、準主役に近い立場にまで拡大してきたという認識の反映だともいえそうだ。今後のウクライナ情勢の展望では、プーチン大統領およびロシア政府、ロシア軍という主要な存在に加えて、ワグネルグループの動向も精査する必要があるということだろう。

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ワグネルを「国際犯罪組織」に指定することを発表した米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官。北朝鮮がワグネルに兵器を提供した証拠だとする衛星画像を公開した(2023年1月20日、写真:AP/アフロ)