世界経済に大きな打撃を与えた2008年のリーマン・ショックを機に一変した金融業界。当時の大きな潮流であった繰り返される企業買収による再編の動きについて、世界最大の資産運用会社「ブラックロック」日本法人の最高投資責任者(CIO)を経験した河野眞一氏と、3,000人以上をコンサルティングしてきた外資系プライベートバンカー長谷川建一氏の共著書『世界の富裕層が実践する投資の鉄則 誰も教えてくれなかった本当の国際分散投資 』(扶桑社)から解説します。

転機となった、ブラックロックによるメリルリンチの資産運用部門の買収劇

私は、学生時代は建築家志望で、建築学を学ぶために英国に留学していました。英国での在学時、日系の金融機関や外資系金融機関に勤めている人たちと知り合う機会が多々あり、その人たちの話を聞いているうちに金融業界に関心を抱くようになったため、主専攻を数学、副専攻を経済にしました。

日本に帰国後、内勤を条件に第一證券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。当時の証券会社は営業職が花形で、営業成績の優秀な人が出世する傾向がありました。それにもかかわらず内勤を条件にしたのは、証券会社の営業スタンスが自分の理念とは合わないと考えたからです。

配属先は、その当時に注目されていた金融工学によって商品開発を行う部門。そこで、主に派生商品のプライシング(値付け)・モデルやグロース(成長)株ファンド、バリュー(割安)株ファンドなどのモデル開発を手掛けていました。第一證券退職後は、JPモルガンなど外資系証券をいくつか転々としました。

メリルリンチインベストメント・マネジャーズに勤めていた2006年、ブラックロックとメリルリンチの資産運用部門の経営統合話が浮上し、その結果、ブラックロック・ジャパンに入社することになりました。

当時のブラックロック・ジャパンは、経営統合後に「純粋な出身者」と呼べる人が5人以下だったかもしれません。一方、私が所属していたメリルリンチジャパンの出身者は200名程度だったため、企業文化やシステムなどの統合に苦労した記憶があります。

他社の運用部門を次々と買収し成長。成功の秘訣は?

リーマン・ショックの翌年である2009年、ブラックロックは英国の金融大手バークレイズの資産管理部門(バークレイズ・グローバル・インベスターズ・BGI)を買収します。私が当時在籍していたメリルリンチの資産運用部門の買収と合わせ、株式売買部門と個人投資家の営業部門と、そして世界に展開する拠点を獲得します。

米国では、リーマン・ショック後に金融業界に対する規制が強化されたことで、証券部門と運用部門を一つの会社で抱えていてもシナジー(相乗効果)が期待しづらくなっていました。この流れを受けて、メリルリンチやバークレイは運用部門を切り離す決断をしたわけです。金融市場の発展のために、その売却先に運用部門で成長性のあるブラックロックを選んだのでしょう。

ブラックロックはリーマン・ショックで得た膨大なアセットを礎として、他社の運用部門を買収し、世界最大級の資産運用会社と呼ばれるまでに成長することができたのです。特に、メリルリンチを買収できたことは、その後のブラックロックの成長の源泉になりました。M&A(企業の合併・買収)は、企業の成長を短期・中期的に達成し得る手段です。しかしながら、M&Aを成功に結び付けられない企業は少なくありません。

失敗の原因の一つに、M&Aをした後に、それぞれの企業が持っていた文化が希薄化したり、それぞれの企業内の事業の流れなどを一元化したりすることができないことが挙げられます。失敗をしないためには、合併後に横断的な基幹システムを導入することが重要です。ブラックロックは強力な基幹システムをもっていたからこそ、さまざまなM&Aを成功に導くことができたのだと思います。

創業者メンバーの強力なリーダーシップ

急成長のきっかけとなったリーマン・ショックと、その後のM&Aについて述べてきました。しかし、いくら優秀なシステムをもっていたからといって、優秀な人材がいなければ世界最大となるまでに成長することはできなかったでしょう。

当時のブラックロックには、会長のラリー・フィンク氏を筆頭に、強いリーダーシップをもつ優れた人材が多く在籍していました。彼らは視野が広く、責任感が強く、倫理観が高く、激しさと柔和さを持ち合わせていました。

創業者メンバーであるベン・ゴラブ氏とチャーリー・ハラック氏の2人は、ブラックロックの強みであるアラジンを作り上げました。具体的な企業名は控えますが、自社内の活用にとどまらず、日本の複数の著名金融機関もアラジンを導入していました。

優秀な人材を見極める、創業者ベンのリストラの方針とは?

ベンのリーダーシップについて、よくわかるエピソードがあります。

リーマン・ショックの際、あるファンドマネジャーをカットするかどうか、社内で議論になったことがあります。基幹システム開発責任者の一人であるベン・ゴラブ氏は、その際、「絶対にカットしないほうがいい」と主張する私に対し、こう告げたのです。

「自分の庭の芝を芝刈り機で刈るとしよう。だが、庭には一凛の花も咲いている。その一輪の花を雑草と一緒に刈ってしまうのは簡単だ。その花まで刈っていいかどうかを見極めるのは、上司であるお前の仕事だろう。お前が、花まで刈るべきでないと判断するなら、刈らずに置いておけばいい」当時、誰か一人をブラックロックに残すためには、他の誰かを切らなければならない事情がありました。

一人の人生を大きく左右する重大な決断でしたが、ベンは私にその判断を任せてくれたのです。この「一輪の花」のエピソードは、「選んだ銘柄が信用できるかどうかを見極め、自信と責任を持てる銘柄を長期で保有する」という意味で、投資の世界にも通用する言葉ではないでしょうか。

河野眞一

株式会社エリュー 代表取締役CEO

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