(北村 淳:軍事社会学者)

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 岸田首相バイデン大統領による会談の直前(1月12日)に開かれた日米外務防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(いわゆる「2プラス2」)で、アメリカ側は、沖縄に駐留している海兵隊の一部隊(第12海兵連隊)を2025年までに「海兵沿岸連隊(MLR)」に改組し再発足させる計画を発表した。

 海兵沿岸連隊は海兵隊が新たに編成しつつある戦闘部隊である。この組織構想は、アメリカの軍事的主敵をテロリスト集団から中国・ロシアへと転換した米国防衛戦略の抜本的変更に対応して、海兵隊総司令官デイビッド・バーガー大将が打ち出した海兵隊の新戦略指針“Force Design 2030”(「2030年に向けての戦力設計」、以下「FD-2030」)の目玉の1つとして登場した。

 2022年にハワイを本拠地にしている第3海兵連隊を海兵沿岸連隊に改編し、引き続いて沖縄の第12海兵連隊と第4海兵連隊をそれぞれ第12海兵沿岸連隊、第4海兵沿岸連隊へ転換して、2030年までに3個部隊を前方配備させる計画だ。

FD-2030の意図は「組織の存続を図る」こと

 海兵沿岸連隊の主たる任務を一口で言ってしまうと、地対艦攻撃力を保持した小規模戦闘部隊(海兵連隊内のさらに小さな戦闘部隊)を第一列島線上にできるだけ多く分散配置して、東シナ海や南シナ海を第一列島線に向けて接近してくる中国艦隊を地上から攻撃して侵攻を妨害するというアイデアである。

 もちろん中国海軍と対決するのは海兵沿岸連隊だけではない。海軍艦艇や海軍・海兵隊・空軍の航空機も投入されるのだが、米中軍事衝突が勃発するのに先立って第1列島線上で戦闘配置につく海兵沿岸連隊のミサイル部隊こそが米軍の先鋒を務め、アメリカの緊急展開戦力としての海兵隊の責務を果たすことになるのである。

 バーガー司令官の陣頭指揮のもとで推進中のFD-2030は、海兵隊の存在価値を再定義しアピールすることにより「組織の存続を図る」という意図から打ち出されたものだ。

 第2次世界大戦中の太平洋戦域における日本軍島嶼守備隊との戦闘を通して、強襲上陸作戦は海兵隊の表看板となった。しかし今や強力な接近阻止戦力(中国に太平洋方面から侵攻してくる米艦艇や航空機を海洋上で撃破する戦力)を手にしている中国軍を相手としての戦闘では、時代遅れ、ほぼ不可能となってしまっている。そこで海兵隊が先陣を切って敵領域に突入するのではなく、海兵隊が最前線で待ち構えて迫りくる敵艦隊に打撃を加える、それによって海兵隊の存在価値を維持し続けよう、という動機が、海兵沿岸連隊創設の背景にある。

海兵隊や米海軍関係者たちからも批判

 このような海兵沿岸連隊戦術構想に対して、少なからぬ海兵隊米海軍関係者たちからも批判がなされている。

 たとえば、以下のような批判だ。

海兵隊とはアメリカの国益に対する深刻な脅威に対して尖兵として投入される陸上戦闘部隊だ。そのため、あらゆる種類の敵に、あらゆる地形とあらゆる気候条件のもとにおいても対処できる、極めて柔軟性に富んだ戦闘組織であることが、海兵隊海兵隊たらしめている特質である。しかしながら、地対艦ミサイルを装備させて南西諸島ラインに分散配置させ、中国艦隊を迎え撃つ戦力として位置づけるという海兵沿岸連隊のアイデアは、海兵隊の特質である『柔軟性』を自ら放棄してしまっている」

 同じく次のような批判もある。

「島嶼に地対艦攻撃兵器などを装備して立て籠もり、中国軍艦隊や航空機の接近を待ち受けて受動的に迎撃するという役割は、もしどうしても必要であるのならば、海兵隊ではなく陸軍が受け持つべきである。海兵隊が陸軍の役割を自ら進んで果たそうとするならば、海兵隊不要論者たちの『海兵隊は陸軍に併合してしまえ』という動きを後押しすることになってしまう」

 海兵沿岸連隊のみならずFD-2030そのものへの反対をとりわけ強硬に主張しているのが、海兵隊歴戦の猛将、ポール・ヴァン・ライパー退役海兵中将だ。

 ヴァン・ライパー中将の主張の概要は次のようなものである。

海兵隊は攻撃するための軍隊である。海兵隊は島嶼に立て籠もっての受身の守勢作戦に失敗した過去もある。海兵隊が(南西諸島の)島々に配置された場合、その島嶼守備部隊に補給を継続したり支援することはできない。シミュレーションによると、南西諸島に展開する海兵沿岸連隊に対して必要な弾薬をはじめとする補給物資は1日あたり900トンほども必要となる。(中国軍の各種ミサイル攻撃にさらされる極めて危険な戦域において)多大な犠牲を払わなければならない補給作戦を実施することは不可能と言わざるを得ない」

 このような反対意見に対して、バーガー総司令官は「海兵隊は日本から逃げ出したり、日本から後退したりすることはない。(海兵沿岸連隊を南西諸島に配備するということは)同盟国軍と肩を並べて戦うことを意味しているのだ」と、海兵沿岸連隊構想の同盟上の意義を強調する。ロイド・オースティン国防長官も「海兵沿岸連隊設置をはじめとするアメリカ軍の行動は、地域の抑止力を強化し、日本と日本国民をより効果的に守ることを可能にする」とバーガー大将の戦術を強く擁護している。

日本から何の疑義も提起されない奇異な状況

 このようにアメリカ軍内外では、南西諸島の島々に海兵隊の小規模戦闘部隊を分散配備して中国軍の艦艇や航空機を撃破するという計画に対して賛否両論が戦わされている。しかしながら、アメリカが海兵沿岸連隊を配備しようとしている南西諸島の主権を維持する責務のある日本政府首脳や国防当局それに国会などからは、アメリカ側の作戦構想に対して何の疑義も提起されていない。その現状は極めて奇異と言わざるを得ない。

 アメリカ政府・軍首脳たちは、日本領内に治外法権で勝手気ままに利用できる基地や施設を確保するのみならず、日本領域内に中国艦隊を攻撃するための戦闘部隊を分散配置すると、公の場で明らかにしているのである。

 それに対して、浜田靖一防衛大臣は2プラス2終了後の会見において「沖縄への海兵沿岸連隊の設置は日米同盟の抑止力・対処力を大きく向上させるものであると同時に、我が国の防衛に対する米国の確固たるコミットメントを示すものであります」と述べた。また報道によると、吉田圭秀陸上幕僚長は海兵沿岸連隊配備に関して、「(海兵隊の)対艦ミサイルが(南西諸島に)配備されると、陸自の地対艦誘導弾の部隊と連携しやすくなる」ため「(日本の)島嶼防衛での日米の能力強化に極めて有効な方向に変わる」と語ったとのことである。

 アメリカ側の構想は、たった2発の地対艦ミサイルしか発射できない無人装置をせいぜい3機程度保有する海兵隊小部隊を、南西諸島の島々(与那国島、西表島、石垣島宮古島久米島沖縄本島、沖永良部島、徳之島、奄美大島口永良部島など)に分散配置することである。日本政府・国防当局は、そのことによって中国軍に対する抑止効果を高めることになると本気で考えているのであろうか?

陸自のほうが上回っている地対艦ミサイル戦力

 ちなみに、これまでアメリカ軍は地対艦攻撃戦力を軽視してきたため国産の地対艦ミサイルシステムすら保有しておらず、慌てて国産発射装置を開発し始めるとともにノルウェーからミサイル調達を開始した状況だ。

 それに対して陸上自衛隊は、30年近くも前から世界でも稀な地対艦ミサイル部隊を保持している。加えて日本は純国産の高性能地対艦ミサイルシステムを製造配備し続けている。陸上自衛隊の地対艦戦力をさらに強化して海上自衛隊航空自衛隊のセンサー網と連携させれば、世界最強の中国地対艦攻撃戦力に肉薄する地対艦戦力を構築できる。したがって、他国の軍隊の戦闘部隊が日本領内に分散配置につく必要などないのである(本コラムでは、繰り返し地対艦ミサイル戦力による島嶼線防衛構想に触れてきているため、この問題については稿を改めたい)。

 日本政府・国防当局の首脳が、「いくら同盟国であるとはいっても、他国の領土内に戦闘部隊を展開させて作戦行動する計画など勝手に立案するな」あるいは「地対艦ミサイル戦力による接近阻止作戦など、アメリカ軍よりも陸上自衛隊のほうが数歩も先んじており、余計なお世話だ」といったコメント(もちろん、やんわりとした表現で)を発するくらいでなければ、とても自国の防衛を最大の責務としている自覚を持っているとはみなせない。

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