
不動産取引や金融関係へ不当な介入をしたり、繁華街の飲食店から「みかじめ料」を徴収するなど、暴力団は組織維持のために「シノギ」と呼ばれる資金獲得活動を行っている。暴力団側がこうした活動を水面下で続ける一方で、警察当局としては資金源の根絶こそ暴力団を追い詰める最も有効な手段として彼らのシノギに目を光らせる。
一進一退の攻防のなか、暴力団は、活動の実態をつかませない対策のひとつとして、「シノギに関するメモは取らない」(首都圏に拠点を構える指定暴力団の幹部)のだという。ここでは、メモをめぐる暴力団組員たちの経済活動にスポットライトを当てる。
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“表向きは存在していない”ヤクザのメモ前出の指定暴力団幹部が続ける。
「ガサで押収された物から余計な詮索を受けないように、普段からメモの類は取らないし、仮に書き留めてもカネの徴収が終われば紙は破って捨てる。組織の若い衆にもメモを取るなと指導しているし、事務所内には不必要なものは置かない。ヤクザの事務所には金庫があって大金が保管されているとか、拳銃を隠し持っているなどと思われがちだが、警察に付け込まれるようなものは何もない。自宅も同じだ」
ただし、“表向きは存在していない”というのが実態のようでもある。長年にわたり組織犯罪対策部門に所属していた捜査幹部OBが解説する。
「例えば、100軒の飲食店があるのに、毎月80軒分しかカネが集まらなかったとすると、徴収にまわっている若い衆が20軒分をくすねていたというケースもないことはない。こうした漏れがないよう、最高幹部クラスが厳重に管理しているはずだ。なかなか尻尾を掴ませてはくれないが…」
そんななか、メモの押収に成功して、みかじめ料徴収の実態が明るみに出たことがあったという。
小さな手帳に書かれた「25(5)」の意味とは?「ある事件でヤクザの若い衆を逮捕して、ガサ入れしたところ、小さな手帳を押収した。そこにはスナックの店舗名の略称のような文字のほかに、『25(5)』といった数字が細かくたくさん書いてあった。『数字の意味について説明しろ』と追及したところ、『25は毎月25日、(5)は5万円という意味だ』と自供した。このようなメモを押収することは珍しいので、事件としてよく覚えている」(同前)
脱税事件で懲役3年、罰金8000万円の実刑判決一方、同様にメモを残していたことが裏目に出て「指定暴力団トップの逮捕」につながったのが工藤会だ。資金の詳細な流れが書き留められていたことから、トップである総裁の野村悟が脱税で逮捕され、のちに実刑判決が下されたのだ。
北九州市を本拠地とする工藤会は、暴力団対策法に基づく国内で唯一の特定危険指定暴力団である。九州北部から山口県の一部に勢力を及ぼしており、この地域で建設工事などが行われれば、ゼネコンにあいさつ料などを要求していたほか、スナックなどの飲食店からは、みかじめ料を徴収していた。
野村をめぐっては、1998年2月に北九州市で発生した元漁協組合長の男性射殺事件や、2012年4月に同市で起きた元福岡県警警部銃撃事件など、4事件について野村の関与があったとして、福岡地裁が2021年8月、殺人罪などで野村に死刑判決を言い渡した。
そして、この判決に先行して、野村は2018年7月に福岡地裁から、脱税事件で懲役3年、罰金8000万円の実刑判決が言い渡されていた。この事件で同時に審理されていたのが工藤会の金庫番だった最高幹部の山中政吉で、懲役2年6月の実刑だった。
判決は、「野村は工藤会が集めたシノギのカネのうち、2010年から14年の間に自らに納めさせた約8億9000万円を税務申告せず、約3億2000万円を脱税した」と断罪。「本件収入は建設業者から継続的に供与された上納金の一部について、野村が私的に配分を受けたもので、一時所得や事業所得ではなく、雑所得だった」と認定したのだ。
さらに、「脱税額は多額。暴力団組織の威力を背景にした建設業者からの上納金であることも悪質。所得の秘匿は計画的で巧妙」とも批判。公判での野村の姿勢についても言及し「事実を否認して不合理な弁解に終始、反省の態度が見られない」と強く非難した。
これまで警察当局は、暴力団組織による闇金融や不動産取引、みかじめ料など資金獲得活動について数多く摘発を行ってきた。しかし、この事件のように脱税として立件し、有罪が認められたケースはほぼなかった。当時の捜査を知る警察当局幹部は、「“山中メモ”が決め手だった」と指摘したうえで、裏事情をこう明かした。
「工藤会の数々の事件の捜査のなか、ある時のガサ入れ(家宅捜索)で、几帳面に数字が記載されたメモが発見された。メモは山中のものだった。工藤会傘下の2次団体からの集金とそのカネが野村に上納される過程が詳細に記載されていた。克明に記録していた理由は、『親分のカネは絶対にごまかさない』という強い忠誠心からだろう。さらに、野村への上納金を少しでもごまかしたら、どのような制裁が待っているか、山中は十分すぎるぐらいに分かっていたのだろう。だから、カネの出し入れについては慎重に、そして几帳面に行っていた。ただ、この事件ではそれが裏目に出たということだ」
「鉄の結束」「血の掟」で支配されているという工藤会。忠誠心がアダとなった事件だった。(文中敬称略)

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