博多駅近くの路上で1月16日、38歳の女性が刺殺された。殺人容疑で逮捕されたのは元交際相手で、女性は昨秋からストーカー被害を訴えていたという。規制法施行から20年超、3度の改正を経てもなお、悲劇は起きている。

「わかりやすいストーカー規制法」の著書がある甲南大名誉教授で弁護士の園田寿氏は「規制法は被害者の不安を軽減する手当てが抜け落ちていた」と指摘。ストーカーが相手の動きを把握している一方、被害者側はストーカーの動きが見えず情報がないことが恐怖の根源だとし、GPSで位置を把握し被害者に近づくと警報で知らせる仕組みを提案する。

●禁止命令の抑止力に限界も

園田氏が指摘するストーカー犯罪の本質として挙げるのは次の2点だ。

①ささいな異常行動の「反復継続」と「行為の増幅」
②被害者と加害者の「情報の非対称性」

「当初は『軽犯罪法以上、刑法未満』といわれたように、じっと見つめる・帰宅を待って電話するなど即違法となりにくい軽微な行為を何度も繰り返すことによって恐怖を与えます」

「行為をいつするかは加害者が決める。主導権を握っているんです。被害者は真っ暗闇の中で、何が起きるか分からないという不安や恐怖にさらされて日々を過ごしています」

ストーカー規制法は8つのつきまとい行為等を挙げ、2回以上繰り返されると「警告」「禁止命令」「検挙」と段階を踏んだ対応となる。

園田氏は、これまでの規制法は①の点のみしか対処できていなかったと説明する。

自宅に押しかけてきた元交際相手に女性が殺された逗子事件や、音楽活動をしていた女性がファンに刺されて重傷を負った小金井事件などを受け、3度改正されたが、「いずれも加害者の取り締まり、つきまとい行為の要件を拡張するものにすぎなかった。②の手当てができていなかった」。

報道によると、博多事件では昨秋には禁止命令が出されていたという。禁止命令は違反すれば罪にも問われるが、警察沙汰にされたと逆上して行為をエスカレートさせる人もいるため、抑止力には限界も指摘される。

「リスクの高い加害者についてGPSで位置を把握し、一定の距離に近づいたら被害者に警報がいくような仕組みがあれば、恐怖はだいぶ軽減されるはずです

●カウンセリングと両輪で「規制」

しかし警告や禁止命令を出されている段階のストーカーは、あくまで「犯罪予備軍」にすぎない。GPSで位置を把握することに、プライバシーの問題はないのか。

「警察が24時間行動監視をするというのは、憲法上の自由の侵害となり、難しいと考えられます。あくまで被害者に近づいてはならないと命令が出されている者に対して、一定の行動制限を担保する形なら可能ではないでしょうか」 

こうした行動制限は、ゆがんだ認識を抱えるストーカーに、カウンセリングとセットで行うべきだと強調する。現状では、あくまで治療するかどうかは本人の意思に任される。例えば、月1回の治療を義務付け、1年間続けられたらGPSを外すなどの対策を提案する。

今まさに悩んでいる被害者は転居するなど逃げるしか対処法がないのが、現状だ。園田氏は▽警察だけでなく弁護士やNPOなど第三者を介して対処する▽ツイッターなどのブロックは避ける(逆上する場合もある)▽電話やメールなどの記録をするーよう呼びかけている。

●背景にコミュニケーション環境の変化

インターネット創成期からの情報化社会についても詳しい園田氏は、ストーカー相談が後を絶たない背景には、1990年代以降のネットの進展が深く関係していると説明する。

「SNSでのやりとりは容易に誤解が生じます。危ういコミュニケーションの上に成り立っており、好意がねじれて憎悪に変わることも起き得る」

「現実の世界は、匂いや肌触りなどデジタル化できないアナログ的な情報で満たされています。人のコミュニケーションにおいては、このアナログ的な部分が非常に重要なわけです」

「SNSやメールによるコミュニケーションでは、このデジタル化できない部分、たとえば表情や身振り手振りなどの情報がそぎ落とされる結果になり、その点で誤解を生みやすく危険だと言えます。だから、デジタル教育の危うさという点も早い段階から教育することが必要だと思います」

博多刺殺事件「ストーカーにGPSと治療を」 刑法学者が指摘する「被害者の情報不足」