『ラ・ブーム』(80)でフランスのトップアイドルとなって以降、フランスを代表する女優として、いまも輝き続けるベテラン女優、ソフィー・マルソー。最新作『すべてうまくいきますように』(2月3日公開)では、『8人の女たち』(02)や『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(19)など、良質な人間ドラマを紡いできたフランソワオゾン監督と、満を持しての初タッグを組んだ。そんなマルソーに、オゾンとの撮影秘話を聞いた。

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本作は、ある男の尊厳死を巡り、家族の葛藤を浮き彫りにしていく意欲作。人生を謳歌していた父アンドレ(アンドレ・デュソリエ)が突然、病に倒れる。その後、不自由な身体となった現実を受けいれられない父は、順調に回復するも、エマニュエル(ソフィー・マルソー)に人生を終わらせるのを手伝ってほしいと懇願する。その後、エマニュエルは妹のパスカルとともに葛藤しながらも、スイスの合法的に安楽死を支援する協会とコンタクトをとっていく。

――オゾン監督は長年、マルソーさんとの仕事をしたいと熱望していたそうですが。

「一緒に仕事をしたいという希望はどちらも持っていました。フランソワによると、これまで実現しなかったのは、タイミングがふさわしくなかったか、もしくは役柄がふさわしくなかったからで、一緒に仕事をしたいという希望はどちらも持っていました」

――今回その願いがようやく叶ったわけですね。

「『すべてうまくいきますように』では、脚本を読む前から、心構えができていました。フランソワからのオファーを断ることなんてできないと思っていましたが、脚本に納得もいったし、この企画は私にぴったりだと感じました。映画は多様な願いの交差点であり、監督と仕事をして、役柄を演じ、テーマを模索して、その瞬間を経験するもの。そういう意味で、本作は美しい交差点でした」

■「フランソワは、社会とその弱点を観察する鋭い目を持っています」

――これまでのオゾン監督作の印象についても聞かせてください。

「私は昔から彼の映画が大好きでした。彼は折衷主義的な監督であり、エネルギッシュだし好奇心旺盛で、社会とその弱点を観察する鋭い目を持っています。特に『海をみる』(97)に感動しました。『まぼろし』(01)、『スイミング・プール』(03)、『エンジェル』(07)も大好きでした。キャラクターは非常にロマンチックで、とてもいい人とは言えないけれど、それでいいんです。自分勝手な人々についての映画を作る意義はありますから。『すべてうまくいきますように』でも、父親のキャラクターがそれを証明しています」

――本作の原作者を手掛けたエマニュエル・ベルンエイムのことはご存じでしたか?

「脚本家としてのエマニュエルについては、彼女が様々な監督と一緒に手掛けた作品を通じて少しだけ知っていましたが、著書として彼女が書いた本については触れたことがなかったです。フランソワから『すべてうまくいきますように』の原作本を渡されて、その著者が彼女だと知りましたが、少し読んだだけで、死に対する心理状態と悲哀に引き込まれました。彼女の物語は過激ですが、暴力的でも残忍でもなく、真実の響きがあります。また、フランソワとエマニュエルの創作過程が似ていることも印象的でした」

――2人の創作について、どんな共通点を見いだしたのですか?

「事実に基づくストーリーテリング、ほどよいテンポ、完璧な組み立てにおいて同じ嗅覚を持っていると思いました。キャラクターをもっと分析的に描くこともできるけれど、そうしないで、ユーモアと自発的行為から人生にアプローチすることを選んでいます。それは、ある美術展を見たあとに、次の美術展へ行ったり、ランチデートをハシゴしたりするような感じです。2人は実際的な審美眼を持っている人たちで、世間話や愚痴で時間を無駄にしません。

エマニュエルとフランソワは、具体的なディテールを通じて人生を表現する手法も同じです。そうしたものをレンズ代わりに使い、人間という小さな存在における大変動を模索し、人間がそうしたものにどう対処するかを描こうとするんです。まさに2人は共に仕事をするためにいたような存在だったのではないかと」

――本作のように、実在の人物を演じる場合、どんなことを意識しますか?

「個人的には、役を演じる際に実在か架空かでキャラクターを区別することはないです。だからエマニュエルのコピーになることは不可能でした。見た目はまったく似ていないし、似せようとするのも見当違いなので。この物語は強烈に、そして普遍的に人々を惹きつけるものを持っていました。

もちろん、彼女の色や服装の趣味はかなり合わせましたし、服の着こなしは役柄作りにとても役立ちました。エマニュエルはあいまいな色、青、灰色、黒などが好きで、実用的かつ着心地のいい服を好みました。また、よくスニーカーを履いていたことからも、彼女がどれだけ地に足の着いた人だったかとか、彼女の人生哲学をよく知ることができました」

■「本作で、女優でありたいという想いを新たにできました」

――本作の中心となるのは「人生を終わらせたがる」父親ですね。

「本作に取りかかってみて、故郷の山で死のうとする老いたアメリカ先住民を思い描きました。すべては儀式であり、誰かがその人に付き添うことになりますから。安楽死は個人の選択に任せるべきだと私は思いますし、真剣に死にたいという人の希望を受け入れる必要があるとも思っています」

――なぜ、そう思うのでしょうか?

「それは人生と私たちの契約に含まれているからです。だから、人が亡くなる直前に見捨ててはならないと思います。この物語は、それがまだ不法である国において尊厳を持ってどうやって死ぬかということを私に教えてくれました。緊張感が加わっていますが、ミステリーめいた要素は大好きです」

――深刻なテーマにもかかわらず、本作には確かにたくさんのユーモアが散りばめられています。

「こうした究極の危機は、まるでジェットコースターに乗っているようなものです。だからコミカルな状況に陥って、センシティブな、あるいは抑えられない笑いの発作をもたらします。人生においてなにかを喪失することは、誰もががいつかは直面しなければならないものだけれど、そのことについて笑うこともできるはず。父はそれができるようにしてくれるんです。彼はとても厚かましくて、自分勝手で不機嫌になるけれど、堂々としています。エマニュエルは父親の死に振り回されるけれど、その死は父親が自分で選んだことであり、ただの死と同じではありません。そのことが本作を複雑にするから、ただの一度もお涙ちょうだい的にはならないんです」

――父の決断についてどう思いましたか?

「それはエマニュエルを大ハンマーで打ちつけると同時に、物語に一種の軽さをもたらすことになります。あまりに差し迫った話だから、エマニュエルは落ち込む時間もなかったのではないかと。すぐに行動へと移すことで、この尋常ではない状況をなんとかしようと、非情になるしかなかったんです。でも、父は死にかけてから持ち直したところだったし、彼女は父がこのまま回復してくれたらと希望を抱いていたので、彼が人生を本当に終わらせると決断したことは、第2の死のようにも感じられます」

――父親がエマニュエルに手配を頼むなんて、とても非情な選択ですね。

「たぶん、子ども、特に娘というのはそのためにいるのではないかと思います。すなわち、父がエマニュエルに、人生を終わらせるために手を貸してくれと頼むのは思いがけないことじゃないのではないかと。特にこの世代の人はそうしたことが少なくないと思います。とても温かくて献身的なエマニュエルは、自分勝手に生きてきた父親をいつか失うという不安のなかで生きてきたことも確かですし」

――父親役のアンドレ・デュソリエとの仕事はいかがでしたか?

アンドレはとても秀でた俳優で、私を笑わせ、泣かせてくれました。彼ぐらい長いキャリアを積んだあとでも、これほど情熱的なプロフェッショナルでいられるなんてすごいことだと思います。アンドレはその演技や、相手役との相互作用において、いつも作品の中心にいてくれました。彼はとてもひどいけど、なぜか好きにならずにはいられないキャラクターに対して、見事に命を吹き込んでいました。そういう経験は、シャーロットランプリングと初めて仕事をした作品でもできましたが、彼女もすばらしい輝きを放つ人で、私は完璧に魅了されました」

――フランソワオゾンとの仕事はいかがでしたか?

「どの監督も独自の仕事方法を持っていますが、フランソワは効率的かつ明確で、厳格です。現場を切り盛りして的確な指示を出せるし、遠回しに話をすることがありません。こちらがシーンの意味を理解しさえすれば、彼は心理的な細部を長々と話すことはないんです。

フランソワは撮影以外の時も常にカメラの後ろにいて、いつも俳優を観察しています。すべてを使おうとしているわけではなく、彼が必要なものを選んでいるという感じ。その俳優に似合う色を見つけようとしてくれるし、俳優ならそんなふうに見られることを好むはず」

――常に気が抜けない現場でもあったようですね。

リハーサルと本番の境界線が微妙なんです。私たちはそれぞれが立ち位置につき、リハーサルを始めますが、気づくとフランソワはそのシーンに夢中になり、カメラを回し始めているんです。だから彼の現場では、スタッフから俳優まで、みんながいつでも動けるようにしておかないといけない。そういう意味で、フランソワの撮影現場は、絶対に落ちない綱渡りをしているようなものです。現場ではしっかりと意識を向けて集中することを要求されるけど、そうすることが多くの時間とエネルギーの節約にもなります。私は久しぶりに撮影現場に戻ってきましたが、この力強い物語と共演者たち、スタッフや監督に恵まれてとても幸せでしたし、女優でありたいという想いを新たにできました」

文/山崎伸子

『すべてうまくいきますように』のソフィー・マルソーと夫セルジュ役のエリック・カラヴァカ/[c]2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES