先代の逝去や不採算分野の切り離しなど、さまざまな要因から会社を売りたいと考える経営者は少なくありません。注意すべきは、実際に会社の売却プロセスに入る前に「磨き上げ」を行う必要があるということです。企業価値を高めるのに欠かせない「磨き上げ」とはどのようなものでしょうか、みていきます。

事業承継やM&Aにおける「磨き上げ」とは?

磨き上げとは、事業承継や会社売却の前に行う準備プロセスのことを指します。磨き上げによって承継や売却が円滑に進むようになります。また、売り手側企業にとっては、自社の魅力を正しく表現することができ、よりいい条件での売却が可能になります。

磨き上げは大きくわけると、次の2つのことを行います。

1.買い手企業(引き受け手)にとってのリスクを軽減する

あなたの会社の財務的、法的、人的リスクを可視化し、それを低減するための手を打ちます。会社売却の際には、事業リスクは売却価格に影響します。リスクが高い会社ほど、価格は下がってしまいますし、リスクが少ない会社であれば事業が将来にわたって繁栄すると判断されるため有利な条件での売却が可能になるでしょう。

2.買い手企業(引き受け手)にとっての魅力を高める

逆に買い手企業(引き受け手)のとっての魅力を高めるのも磨き上げの役割です。具体的には自社の資産(目に見えない資産も含む)を可視化し、それを説明可能な状態にすることで、買い手企業にとっての魅力となります。

「磨き上げ」が必要不可欠な理由

会社の売却や承継は、多くの人にとって人生で1度限りのビッグイベントです。そのビッグイベントにあたって、自分がこれまで経営してきた労力に対するリターンを最大化するために、自社を正しく、魅力的に見せる必要があります。それが磨き上げというプロセスです。

たとえば、多くの中小・スモールビジネスでは、会社概要の資料や事業計画、業務マニュアルといったような基本的な資料も整ってない会社も多いですし、ウェブサイトも何年間もホッタラカシ、という会社も多いでしょう。

いくら財務的に優れていて、いい技術を持っていても、それを説明でき、外部から見ても魅力的に感じられるようにしておかなければ、非常にもったいない話なのです。

「磨き上げ」はタイミングが重要

ここから会社売却における磨き上げにフォーカスを当てて話を進めていきます。ただ、家族承継、社員承継の場合にも同じように磨き上げは機能しますので、ぜひご参考にされてください。

まず磨き上げは、仲介会社等に依頼し、売却のプロセスの前に行うべきものです。なぜかといえば、売却/交渉プロセスに入ってしまうと、とても磨き上げを行っている時間がないからです。そうなると、準備ができていないまま、交渉に入ってしまい、自社の価値を十分に魅せることなく売却価格が決まってしまったり、交渉が決裂してしまったりします。そのため、売却プロセスに入る前にスタートするのが吉です。

ちなみに磨き上げよりも前には、バリューアップ(価値向上)やスケールアップ(事業拡張)というプロセスがあります。これはそもそもあなたの会社の価値を高めるための根本的活動であり、組織の仕組みづくり、ビジネスモデルづくりなどが含まれます。

全体のタイムラインを図にすると以下のようになるでしょう。

所有権、経営、組織…磨き上げをすべき「10の分野」

では具体的にビジネスのどこを磨き上げるのかをみていきましょう。以下は、一般的に磨き上げが必要となりやすい分野になります。

1.「所有権」の磨き上げ

まずなにより大切なのが会社の所有権(株式)です。あなたが100%の株を持っているならばそれほど問題はないでしょう。

ただ、家族/親族/取引先に分散している場合には注意が必要です。買い手企業は100%の所有権を求めるケースがほとんどですので、あなた以外の株主にも同意を得る必要があります。話しにくい相手が株主になっていたりすると厄介です。売却のプロセスに入る前に、なるべく株式をまとめておいたほうがいいでしょう。

2.「経営」の磨き上げ

会社の定款や規定など、基本的な文書は実情に沿っているでしょうか? 取締役会の議事録の記録はどうでしょうか? これらの資料が整っているかもチェックしましょう。

また経営計画や事業計画はあり、定期的に更新していますか? ほとんどの中小・スモールビジネスでは資金調達のときにしかこういった計画を創りませんが、それでは、買い手からすると将来性が極めて不明瞭といわざるを得ません。買い手企業は、あなたの会社の“いま”ではなく、“未来”に魅力を感じて買うわけですから、その“未来”が見える計画がなければ判断のしようがない、ということになってしまいます。

3.「財務」の磨き上げ

財務はM&Aにおいて最重要項目の1つといえます。磨き上げにおいては、会計帳簿、決算書が正しく作成され、保管されているのは当然ながら、財務業務の管理体制がきちんとしているかも大事です。また、当然税金の支払い履歴や申告書なども整えておくことが大切です。

4.「組織」の磨き上げ

組織図や役割分担が明確になっていますか? 私たちの経験から言って、まともな組織図を持っている中小・スモールビジネスは稀だといえます。また、業務マニュアルの存在も買い手にとっては非常に魅力的になるでしょう。

5.「契約」の磨き上げ

各種取引の契約書が整っているか? また、所有不動産がある場合にはそれらの契約書が整っているか? レンタルリース契約はどうか? 特許や商標などの知的財産は整理してあるか?

このような会社名義の契約について確認して、契約書がないものは整えておく必要があります。中小企業の場合、口約束で取引が進むことも多く、調べてみたら意外と契約が無かったり、期限切れだったり、ということがありますので要注意です。

「取引先」や「顧客」も磨き上げが必須

6.「コンプライアンス」の磨き上げ

コンプライアンスの重要性はますます増しています。反社会勢力への対応や個人情報保護、環境など対応すべき箇所が増えていますので、改めて確認します。また、最近ではSNSの活用にもコンプライアンスが関連してきますので、社内での対応を定めた資料があるといいでしょう。

7.「人事」の磨き上げ

人事も会社売却においては重要なテーマです。労務関連のコンプライアンスはもちろん、売却後に既存役員がどのような意向を持っているのか? 売却後の彼らの処遇や退職金はどうするか? 各社員ごとの給与や能力、役職のリストは整っているか? 給与/評価制度が整っているか等が課題になります。

8.「取引先」の磨き上げ

取引先とは、商品の仕入れ先や重要なパートナーのことを指しています。また、現在では業務をアウトソーシングすることも多いので、相手が法人/個人に関わらず取引先の精査が大切です。

先ほど申し上げたとおり、取引先との契約がきちんと有効なものであるかどうかはもちろんですが、その取引先が“代替可能か?”ということも大切な視点となります。

たとえば、あなたが商品を仕入れている取引先が倒産したらどうなりますか? すぐに代わりの仕入れ先を探し、契約することができますか? 買い手側企業からすると、取引先が倒産したり、契約が無くなったときに、事業がリスクにさらされることを避けたいはずです。そのための対策をいまから練っておくことが大切でしょう。

9.「顧客」の磨き上げ

これも取引先と近いですが、顧客との取引は契約に沿ったものになっていますか? 受発注の履歴や資料はありますか? 顧客ごとの取引件数や金額もまとめておくと買い手企業の安心材料になるでしょう。どの顧客が優良顧客かがわかります。また、取引先と同じで、特定の顧客に過度に売り上げが依存しているとリスクとなりますので、その対応も必要になるでしょう。

会社は“商品”…思っている以上に重要な「見た目」

10.「見た目」の磨き上げ

いくらいい財務状況、いい商品を持っていても、ビジネスの“見た目”が悪ければ、ブランドイメージが低下してしまいます。ビジネスの見た目はあなたが思っている以上に重要なのです。極端な話をすれば、見た目を磨き上げれば、あなたの会社はなんとなく価値ある会社に見えてしまうのです。

見た目を整えることは、買い手企業だけではなく、優良顧客や優秀な社員をも魅了することになりますので、「見た目のよさ」が「中身のよさ」につながることもよくあることです。具体的には以下のような点がチェック項目になるでしょう。

オフィス/店舗の外観(店構え、看板等) ・オフィス/店舗の内装(整理整頓されているか、活気があるか) ・ウェブサイト(古臭くないか、魅力が正しく伝わっているか、アクセスはどれほどか) ・社員(服装や印象等) ・パンフレット/資料(顧客にいい印象を与えるか)

磨き上げ=「最後の仕上げ」

以上、事業承継、会社売却における磨き上げをみてきました。やることがずいぶん多いな、と思われたかも知れません。しかし、これはあなたがいまの会社を経営してきた最後の仕上げともいえます。これをやらずに売却プロセスに入ってしまうのは非常にもったいないことなのです。

会社というのは、起業家や経営者にとっての“商品そのもの”といえます。あなたの会社では商品を販売するために、時間をかけてマーケテイングをし、提案資料やパンフレットを創り、営業をしていると思います。そのような努力によってようやく商品を開発した努力が報われ、正当な利益が出せるのです。

会社を売るときも同じです。会社よりはるかに安い金額の商品を販売するときですら、商品の魅力を最大限に伝える努力をするわけですから、会社を売るときには、それ以上の努力をするのは当然といえるでしょう。ぜひ本記事を参考にして、あなたの会社がキラキラ輝くよう磨き上げてみてください。

清水 直樹

仕組み経営株式会社 

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)