コロナ禍で自粛生活、円安進行で物価高、高齢化に伴う医療費負担の増大……。多くの人が「仕方がない」と受け入れてきた閉塞感は、なぜ解消できないのか? 同調圧力に屈することなく、堂々と「NO」を突きつける気鋭の論客たちが日本の忖度社会を打破する処方せんを提示する。

◆料理研究家・リュウジ「料理=愛情という呪縛が主婦たちを苦しめる」

 2010年代後半、家庭料理の世界で巻き起こった時短ブーム。だが一方で「手作り、無添加、手間暇かけた料理こそ愛情の証し」という、長年受け継がれてきた価値観を前に、後ろめたさを感じて苦しむ人も多いのが実情だ。

 “バズレシピ”で知られる新進気鋭の料理研究家・リュウジ氏は「手間暇かけた料理=愛情」という古びた既成概念を否定する。

ビーフシチューを煮込むのに丸一日かけたら、マズくなるわけがない。しかしそれを1時間でおいしく作るほうが圧倒的に高い技術と知識が必要なのです。実は料理においては、“手間”をかけるよりも、“省く”ほうが難しい。時短レシピこそ料理に思いを馳せた結晶なのです」

◆“爆速レシピ”を次々と公表し大好評、その一方で批判も…

 これまで「巻かない卵焼き」、「12分でできる豚の角煮」など“爆速レシピ”を次々と公表してきたリュウジ氏。簡単で失敗のないレシピは多忙な主婦はもちろん、これまで料理にトライできていなかった男性にも支持され、今やYouTubeチャンネル登録者数は340万人超。もっともバズったレシピのひとつは再生回数850万回の「至高の豚汁」だが、これにも多くの批判が寄せられた。

「このレシピではアクを一切取らず、味噌を入れてひたすら具材を煮込むのですが『アクを取らないなんて邪道!』と罵られました(笑)。たしかに薄味で繊細な和食なら、野菜や肉のエグみが出ないようアクを取ることは欠かせません。

◆『趣味としての料理』と『生活としての料理』を混同してはいけない



 しかし味の濃い味噌やカレー味なら、アクはむしろ旨味になる。単なる時短ではなく、そのほうがおいしくなるという明確な理由があるんです。ここをわかっていない人がいかに多いか。どんな料理でも『なぜこの過程が必要か、あるいは不要なのか』を僕は必ず説明するようにしています。

 批判する人の多くが『趣味としての料理』と『生活としての料理』を混同している。日々の営みのなかで“おいしい”というゴールを目指すという意味で優劣があるはずがないのです」

◆見た人が作れないレシピは、どんなにおいしくてもマズいレシピと同じ

「手間」や「経験」、「愛情」といった料理界にはびこる曖昧な言葉や感覚に頼らず、論理的レシピを構築する。

レシピを開発するときに一番考えているのは、作ってくれた人が一度でピシッと味を決められること。僕はシェフの方を心から尊敬していますが、彼らの紹介するレシピでは『塩は適量、よく火が通ったらしばらく肉を休ませる』といった、経験に即した技術が必要になることも多い。シェフは料理を“作る”のが仕事ですが、料理研究家はレシピを見た人に“作ってもらう”のが仕事。だから僕は『塩は小さじ1杯、3分間茹でる』などとこと細かに伝えます。

 見た人が作れないレシピは、どんなにおいしくてもマズいレシピと同じなんです」

化学調味料だって「おいしければいい」

 一般的にイメージの悪い化学調味料の使用に関してもリュウジ氏は肯定的だ。

「僕は料理を作る楽しさ以上に、“食べる楽しさ”を重要視しています。人よりも食べたときに“はっきりとわかるおいしさ”を優先しているので、僕のように外食の味を完コピできるレシピを伝える料理研究家はほかにいない。味の素なんかは“化学調味料”というだけで料理界ではタブー視されてますが、本当はレストランでも積極的に使っている。

 みんな、なにがどう悪いのかがわからないまま、『化学調味料は体に悪い』という漠然とした抵抗感を抱いている。その一方で白だしやコンソメ顆粒はみんななんの疑問も抱かずに使う。もちろん好みは人それぞれですが、くだらないプライドは、おいしさの前では不要だと思うんです」

◆「おいしい」を考えぬいた確かな知識と技術で“幻想”を打ち破る

 リュウジ氏の潔い言葉に肩の荷が下りる人も多いだろう。

カレーライスひとつとっても、手間ひまかけたり、スーパーに売っていないスパイスを厳選したようなレシピがあふれている。これでは2度目を作ろうとはなかなか思えない。僕は“家のカレー”でも簡単でおいしいものを提案して料理業界の間口を広げたい。そうでないと料理人口は増えないし、料理文化も廃れてしまいます。

 少し料理に慣れたら、僕のレシピを足がかりに、凝った料理にステップアップしてもらえたらいい。そして忘れた頃に『あ、やっぱりリュウジのレシピって簡単でうまいな!』と思ってくれたら本望ですね」

「おいしい」を考えぬいた確かな知識と技術こそ、人々を苦しめる“幻想”を打ち破る突破口になりそうだ。

リュウジ】
’86年生まれ。YouTube チャンネル「料理研究家リュウジのバズレシピ」ほかSNS総フォロワー数は720万人超え。『リュウジ式至高のレシピ』ライツ社)で「料理レシピ本大賞」を受賞

取材・文/週刊SPA!編集部

―[日本の忖度社会にNO!]―


くだらないプライドは、おいしさの前では不要だと思うんです