
2022年9月、富山県の神社で、誰もが「こんなの持てるわけがない」と言うほど重い石がいつのまにか約10メートルも移動していたことが判明。6つの石の中には100キロを超えるものもあり、わざわざ重い順に並べられていた。一体誰が何の目的で? 地元の人々は首をひねり、この不思議な出来事はローカルニュースにも取り上げられた。
報道後に「それは自分の仕業です」と名乗り出たのが、そばつぶさんだ。彼は“力石”という力試しの文化に魅せられて、自力で石を担いで動かしたのだという。なぜ彼は力石の布教に燃えるのか? そこには力石の愛好家を悩ます切実な事情があった。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
「このニュースってお前が犯人じゃないの?」――「神社の石を自力で移動させた力持ち」として話題になり、そばつぶさんは北陸のローカルニュース番組などで引っ張りだこでしたよね。今回で取材は何件目ですか?
そばつぶ 5件目くらいです。まさかこんなに反響があるとは……。力石の文化は世間でほとんど知られていませんし、ここまで注目されるものかとびっくりしています。
――自分の動かした石がニュースになっているのを知ったとき、どんな気持ちでしたか?
そばつぶ 知人から「このニュースってお前が犯人じゃないの?」と連絡が来て事態を知ったんですが、「これは世間で叩かれる!」と完全にテンパリました。
関係者の方々にものすごく叱られて最悪の場合は警察沙汰になるんじゃないかと頭は真っ白でしたが、とにかくまずは謝罪しなければと、その神社、神明社に連絡することを決めました。
――そばつぶさんの謝罪に対して、神明社の方々の反応はどんなものでしたか?
そばつぶ 自分の焦りと裏腹に「あっ。そうなんですかー。力石に興味を持ってくれてありがとうございます」という平和な反応で、全く怒られるようなことはなく、とてもありがたかったです。
――そもそも、なぜ石を動かしたんですか?
そばつぶ 自分は神社の境内などに置かれている石を持ち上げて力試しする“力石”の文化に興味を持ち、趣味で各地の石を担ぐ様子をSNSで発信しています。
神明社にも力石があると聞いて伺ったんですが、境内の片隅で石が土の中に半分埋まっているような状態だったんですよね。
「せっかくの歴史ある力石なのに、こんな場所にあったら気づいてもらえないだろう。もう少し人目につきやすい広いところに移動させてあげよう」と、独断で移動させてしまいました。
自分の勝手な行動で世間をお騒がせしてしまって、本当に申し訳ないことをしました。
――この件をきっかけに、神明社の力石の保存場所を新たに用意することが検討されています。そばつぶさんは神明社を再訪問して、また石を動かしたそうですね。
そばつぶ はい。ちゃんとした保存場所を改めて作るという事で、それまでは自分が指定の仮置場にまた少し移動させました。地元のおばあちゃんたちが見物に来て、「本当に持ち上げてる!」と喜んでくれました(笑)。
担げない力石は、死んだも同然――そばつぶさんは、どうやって力石を知ったんですか?
そばつぶ 自分はもともと筋トレが好きで、よくトレーニング動画などを見ていたんですが、その関連動画に力石が出てきたんですよ。人間が大きな石を持ち上げる姿を見て、「なんだかおもしろそうだな」とピンときました。自分でも力石をやるようになって1年半くらいです。
――「自分も力石をやろう!」と思い立って、まず何をするものなんでしょうか? 力石に関する情報はネット上で見つかるものなんでしょうか?
そばつぶ 各地の愛好家によって“力石クラスタ”みたいなものもありますし、「地名+力石」でググると多少は情報が出てきます。都会の力石だとそこそこ出てくるのですが、地方の力石の情報は少ないです。そんな中、力石のお祭りが現在でも開催されている事を知りました!
――力石のお祭り?
そばつぶ はい。みんなで石を担いで力比べするお祭りを開催している神社などもあります。もう少し前は全国にそこそこあったのですが、今ではその数も少なくなっています。幸いにも自分の住む石川県には小松市に2件、隣の富山県入善町にも1件あり、2022年に参加させて頂きました!
――ではインターネットを駆使して情報収集を……。
そばつぶ ネットだけだと不充分なので高島愼助先生の著書を頼りにしています。この方は力石の調査研究の第一人者で、『石川の力石』や『富山の力石』など全国の力石に関する著書を多数出版されています。ネットで出てくるものよりも何十倍も充実したリストが載っていて助かります!
――時には歴史資料をチェックしたりして、力石とはただ石を担ぐだけではないジャンルなんですね。
そばつぶ まぁでも結局は「大きな石を担ぎたい」、それが1番です。でもいろいろ調べたところで、実際に現地に行ってみると“死んだ力石”だった……というケースもあるんですよね。
――死んだ力石?
そばつぶ はい。神社の片隅に転がっているなど、忘れ去られたような扱われ方は、ある意味マシなのかもしれません。たまに力石が台にコンクリで接着された状態で保存されている場合があるんですよ。
もちろん神社の方はよかれと思って飾っているのでしょうが、そもそも力石は担ぐためのもの。担げない力石は、死んだも同然じゃないでしょうか。初めて死んだ力石に遭遇したときは呆然としました……。
――なるほど……。神社の片隅に転がっているような場合は、単なる大きな石なのか、力石なのかわからず迷いませんか?
そばつぶ やっぱり微妙な石っていうのはありますね。そういうときは大きさ、形、重さで見分けます。丸みのある楕円形で重さは100キロ前後。それなら力石のはずです。
――石を担ぐにあたって、神主さんなどに一声かけるものですか?
そばつぶ 基本的には挨拶するようにしています。「力石が台の上に飾られているけど、持ち上げて動かすことはできそうだな」というときは現地に行く前に電話で予め確認したりもします。ただ、神社が無人だったり、連絡先がわからなかったりして、挨拶するのが難しいこともあるんですよね……。
そういうときはケースバイケースで判断しています。本来は持ち上げるための石ですし、そもそも石なので神社の所有物かと言ったらまた微妙だし、場合によっては黙って持ち上げたほうが先方にお手間をかけずに済むんじゃないかと……。でもそうやって活動していたら、あの騒動になったわけだから反省ですね。
――「石を持ち上げたいんですが」と挨拶したら、神主さんにびっくりされませんか?
そばつぶ 「力石の魅力をSNSで発信する活動をしている」みたいに説明はしていますが、まぁ驚かれますよね。「そんな問い合わせ今までにない」と(笑)。でも大体OKしてもらえますよ。
周囲の認識は「なんか変わったことをやっている人」――差し支えなければ、普段どんなお仕事をされているんですか?
そばつぶ 解体業です。普通の会社勤めよりは、そばつぶとしての活動に理解がある環境かと思います。
――周囲の方々は、そばつぶさんの活動に対してどんな反応ですか?
そばつぶ 「ぶっ飛びすぎてる」とは言われますね。「筋トレは好きだけど、石はちょっと……」とか。「おもしろそうだね」と言ってくれても、誰も実践はしてくれない(笑)。周囲には「なんか変わったことをやっている人」と思われています。
――SNSを通じて「そばつぶさんの影響で力石をやってみました」という声は届きますか?
そばつぶ 少し届くようになりました。ありがたい話です。
力石文化を守りたい理由――そばつぶさんが力石という文化を盛り上げたい理由は何でしょうか? 大勢と力比べをしたいからですか? それとも文化が廃れて、力石が捨てられたりしたら困るからですか?
そばつぶ 両方ですね。筋トレでも合同トレーニングってあるじゃないですか。あんな感じで力石仲間が集まって、みんなで情報交換や力比べができたら良いですよね。
きっと昔の人たちもそういうふうにして力石を楽しんでいたと思いますし。そうやって力石が盛り上がれば、神社の方も「これは持ち上げられる状態で保存しておいたほうが良さそうだな」と思ってくれるはず。はるばる遠くの神社まで行ったのに力石が死んでいたのでは、やっぱりガッカリしますから。
時代が進むとともに、力石を担ぐお祭りの数もどんどん減っています。力比べのお祭りがまた増えるとうれしいですね。そして、石を担ぐことの楽しさ、やりがいがもっと知られてほしい。そのためにも、そばつぶとして力石の魅力を発信していかなければと思っています。
“132キロの石”を素手で持ち上げる青年が語った「日本人が弱体化した理由」 へ続く
(原田イチボ@HEW)

コメント