「一時の自分の欲で出てきてすぐ女見つけて、自分の立場も考えんで妊娠させて。彼女の人生もお母さんの人生も何も考えとらんやないか!」「おかしかろうが男として!」「おお!?」

ABCテレビ『人生やり直し請負人!』より)

 サングラスをかけた痩身の男性が、ドスのきいた声で若い男性を怒鳴りつける。しかし怒鳴られた社員もひるまず男性をにらみ返す。ヤクザ映画のワンシーンかと見紛う迫力だが、この会社、中溝観光開発では日常だ。2人の関係は中溝観光の社長と社員で、どちらも暴力団に所属していた過去があり、服役の経験も持っている。

 福岡最大の歓楽街・中洲にある中溝観光開発は中洲にソープランドの入る複数のビルを所有し、その管理・清掃などを行う会社である。

 社長の中溝茂寿氏(もとひさ・57)は波乱に満ちた自身の経歴と会社をこう紹介する。

「自分は18歳覚醒剤にハマって20代の頃から累計20年以上の懲役刑で、ムショとシャバを行ったり来たりする生活をしていました。だから刑期を終えて出所した人間にとって、この社会が辛いことばかりだというのはわかるつもりです。本人は真面目にやりなおそうと思っても、制度がそれを許してくれませんから。そういうやつらの人生にもう1回レールを引くために、自分はこの会社をやっていると言っても過言はありませんね」

「名前ではなく数字で呼ばれることの悔しさ、分かりますか?」

 2021年に検挙された刑法犯のうち、48.6%が再犯者だったというデータがある(「令和4年版犯罪白書」より)。刑法犯は職歴がないケースも多いうえに、一度服役すると銀行口座を作ることが難しくなるなど、たとえ出所しても就職口を探すことも難しく、社会復帰のハードルは想像以上に高い。再犯者の多くが無職というデータもあり、仕事がなく困窮して再び犯罪に手を出すというケースも多い。

 国は元受刑者の就労支援に力を入れており、元受刑者の支援を行う企業に対して、状況に応じて補助金を支払っている。しかし中溝観光の特筆すべき点は、補助金を受け取らずに自前で元受刑者を積極的に雇用し、しかも成功していることだ。

「僕自身ね、もう二度と塀の中に入りたくないし、他の人たちも同じように入ってほしくない。そのためには、働く場所がいるんです。刑務所で名前ではなく数字で呼ばれることの悔しさ、記者さんには分かりますか?」

 中溝社長はそう語る。20年以上、刑務所の中で過ごしたという人生の詳細を尋ねると、「人間は謎がある方がおもしろいんですよ」と笑う。

「殺人と性犯罪以外はだいたいやったと思っとってください」

暴力団に入っていた時期もあるし、覚醒剤の売人もしていました。前科だけで7~8犯、前歴も含めると12回くらいは警察のお世話になりました。殺人と性犯罪以外はだいたいやったと思っとってください。どうしようもないシャブ中でした」

 右手に常につけている革の手袋は、かつて自社物件内にいた不審者外国人ともみ合った際に複雑骨折した古傷が痛むせいで外せないのだという。

 中溝社長が最後の懲役を終えたのは、2017年12月。高知刑務所を出ても出迎えは誰もおらず、地元の福岡まで電車で移動する途中、頭をよぎったのは刑務所で仲良くしていた同郷の高齢受刑者たちだったという。

刑務所で受刑者同士はだいたい同郷でつるむんです。福岡出身の60、70歳で刑務所の出入りを繰り返している人たちがいて、中ではお世話になったけれど同じ道はたどりたくない、でも僕はこれから何をすればいいんだろう、と考えていました」

「あのままだったら死ぬまで刑務所の出入りを繰り返す人生」

 しかし出所した中溝社長を待っていたのは、意外な運命だった。親が所有していた中溝観光開発が億単位の赤字と税金の滞納を抱えて倒産寸前だったのだ。当時53歳だった中溝社長は『潰れた時の社長は名前に傷がつくから俺が引き受ける』とオーナーだった親を説得し、社長に就任することになったのだ。

「中洲のソープランドが入る物件からまとまった額の安定した賃貸収入は毎月あるんです。それなのに赤字になっていたのは、当時の幹部が会社を私物化して、横領まがいのことまでやりたい放題だったのが原因でした。なのでまず人員を整理して、普通にやるだけで経営状態はどんどん改善していきました」

 2018年10月に中溝社長が就任してから一度は3人ほどまで社員を減らしたが、採用活動を再開して現在は約15人。その半数は、元暴力団員や半グレ、不良少女など“訳あり”の社員たちだ。

「正式に協力雇用主として元受刑者を雇用したのは2020年1月以降でしたが、社長になってすぐに問題を抱える人間の雇用を始めました。自分自身も覚醒剤などで逮捕されてから、安定して働く場所が見つからずにずるずる懲役を繰り返してしまった。あのままだったら、高知刑務所の高齢者たち同様に死ぬまで刑務所の出入りを繰り返す人生だったでしょう。自分が運良くその道を抜けられたのだから、できることなら1人でも多くの人を救いたい。『今度こそ頑張ろう』という思いでシャバに出てくる人間は多いけれど、仕事がなくて生きるために犯罪に手を出すしかなくなることはある。自分がそうだったからよくわかるんですよ」

 そう話す中溝社長だが、元受刑者を採用する方法が簡単にうまくいったわけではない。仮釈放中から働いていた元受刑者が自販機荒らしで逮捕される、仮釈が終わるや否や、ある日急に出勤せず姿をくらませるなどのトラブル日常茶飯事だという。

「人を救いたいとは言っても、辛いことが“99”という感じです。でもね、滅多にない“1”が嬉しくて、そのために頑張っているのかもしれません。『働く』ということをうちで覚えたら、最後まで奉公してほしいとは全然思っていません。服役中は履歴書が空白になるので、うちの名前を書いてもらって再就職できたらいいことやないですか」

仮釈放中に交際女性との同棲を目論んだ社員を一喝

 記事冒頭で中溝社長が怒鳴りつけていた相手の男性社員も元暴力団員だ。中溝社長が強い口調で説教したのは、仮釈放中に「交際相手の女性が妊娠したので同棲したい」と相談を受けたからだった。

「仮釈中ということを甘く考えて、同棲したいと言ってきたことに、なめているのかと怒ったんです。仮釈放中は、犯罪はもちろんですが、変な場所に出入りするなど非行に結びつく行動も、取り消しに繋がる可能性があります。同棲ですぐに取り消されるかは不明ですが、身元引受人で同居していた母親の元を離れると簡単に言うこと自体、彼は自分が仮釈中だということを軽んじていたんです。本人は真面目に仕事もしているんだからもう大丈夫だと浅はかに考えていたようですがね。でも結局は私の思いを受け止めてくれ、同棲を仮釈が消えるまで我慢しました。そして、無事に子供が生まれて、先日連れてきてくれたんです」

 ここまで話すと、中溝社長はサングラスを外して涙を拭った。

「奥さんも幸せそうで、本当に何もできなかった男が立派になって、家庭を築いて生活しはじめている。生活が充実していれば再犯に手を出す確率だって下がる。たまにあるこういう嬉しいことが、何物にも替えられないんですよ。僕はね、『跳ね返り』を信じているんです。こっちが何かしてあげたら、それがいい形で跳ね返ってくることがある。こっちが何もしなければ、向こうだって何もしてくれませんから」

 社員のプライベートに介入する会社は、現代社会では敬遠されることも多い。しかし、懲役を繰り返していた複数の人が、中溝観光開発で社会復帰できたのも事実だ。社員たちは、この風変わりな会社と社長のことをどう見ているのだろうか。

「社長の見た目はブラックだけど会社はホワイト」実の父親に虐待され、母に対しては暴行…女性(18)がたどり着いた“異端”のソープランドのビル管理会社とは へ続く

(「文春オンライン」特集班)

中溝観光開発の中溝茂寿氏 ©文藝春秋